九州上陸②
休憩も終わり、愛姫一行は博多と呼ばれている港町に到着する。漁業の町と呼ばれることもあり、周りには荷車いっぱいに新鮮な魚を詰め込んで町の奥に運ぶ男達の姿が見られた。
規模はそこまで大きくないとはいえ活気がある事から、ここを仕切っている城主が非常に優秀であると分かる。
「では姫様。この左月、宿の確保をして参りますのでしばらくお待ちくだされ」
「いってらっしゃーい」
そう言うと左月とそのお付きは城下町の奥に入って行った、が直ぐに引き返して来る。
しつこく忠告を入れる左月に、「はい、はい」と愛姫は適当に流すと、少し不安な表情をしながら再度城下町の奥に入って行った。
左月は愛姫に「目立つような事をしないでほしい」と忠告していたが、それには理由があった。
旅芸人に変装しているとはいえ、道中安全に進むとは限らない。中には路銀を奪い取ろうとする不届き者もいたが、その都度愛姫がシメてしまった。
途中、町に滞在していた時にはどこかの役人と口論になり、危うく小規模な戦に発展する可能性すらあった。愛姫の素行に慣れていない左月からしたら毎度キモを冷やされるため不安になるのも仕方がない。
ただでさえ珍しい桃色の髪が目立っているのに、このお転婆の性格である。目立つなという方が無理なのだ、と同行している喜多とお打は半分諦めていた。
(昔の博多ってこんな感じだったのね)
物珍しい様子で周りの風景を堪能する愛姫。
博多と言えばグルメだろう。明太子に博多ラーメン、夜の屋台街なんかも有名だ。旅行では
勿論、ここではそんなものは存在しない。精々あるのは堀割を進むどんこ船ぐらいだ。
(それであれが――)
愛姫は山の上に建つ大きな城を眺める。
立花山城。港町である博多を一望出来る絶景スポット。そして、戦国最強のひとりと呼ばれた武将が住む城だ。
「姫様ぁー、左月様が戻って来るまでどこかで休憩しませんスかー」
グッタリしたお打が愛姫にお茶を打診する。確かに、いつ戻ってくるのか分からないので休憩はありだ。喜多達も歩き疲れているし、馬に乗りっぱなしの愛姫もお尻が痛い。
「そうね。じゃあ、あそこのお店でくつろぎながら待ちましょうか」
丁度目の前に茶屋があったため、三人はそこで団子でも食べながら休憩をとる事にする。
「姉ちゃん、茶を三つとオススメの団子十本くれっス!」
「ちょ、ちょっと! 団子十本は頼みすぎじゃない⁉」
夕飯が食べられなくなる、と心配したものの「大丈夫っス!」とお打は目を輝かせる。
(あっ。でも、これはこれで――)
食べてみると夕飯が食べられなくなる不安など吹き飛んでしまう。
食べかけの団子串を置き、茶を啜ろうとした、その時。後ろから男がひとり店の外に吹き飛ばされ、衝撃で周りの椅子や茶菓子なども巻き添えになり、店内は悲惨の事になっていた。
何だ何だ、と店の中を確認する喜多とお打。
中ではガラの悪そうな男五人がひとりの女性を囲っていた。
「おうおう、随分と威勢のいい姉ちゃんじゃねーか!」
「へへへ、べっぴんのうえ気も強いなんて。たまらねーな!」
「…………」
どうやらガラの悪そうな男達がナンパをしているようだ。
クリッとした鉛色の瞳、紫色の長い髪に高級そうな着物から、どこか身分の高そうな人に見えなくない。
それでもナンパを止めない男達。流石の女性も呆れたのか、自身に纏わりつく蠅を払うかのように口を開く。
「うるさいな、さっさと消えな! それとも外にいるお仲間同様、アンタ達もぶっ飛ばされたいのかい⁉」
「……おい姉ちゃん、口の利き方には気を付けろよ?」
先ほど店内から吹っ飛んできた男は、あの紫髪の女性に手を出し殴り飛ばされたようだ。おおかた一番の下っ端で、仲間から声を掛けてこいと言われたのだろう。
それにしても男五人に対して明らかな喧嘩腰、殴り飛ばすほど気荒い性格、どこかの姫と似たような所がある。
「ブヒィ、まぁまぁそんな邪険にするなブヒィ。俺達はただ姉ちゃんと酒が飲みたいだけなんだブヒィ」
「……あん?」
男達の後ろから気持ち悪い笑い声をだし、紫髪の女性を誘う大柄な太った男こそこの集団の頭である。豚のような丸い顔の男は手招きをして、こっちの席に座れと女性を誘う。
「お生憎様。アタイは甘味を食べに来たわけであって、家畜と酒を飲みに来たわけじゃないんだよ。わかったらお仲間抱えてとっとと失せな!」
家畜と呼ばれて黙っている男達ではない。ひとりが紫髪の女性の肩に触れる。
「はぁぁ――!」
男は一本背負いをもらい、背中から地面に叩き付けられる。鈍い音と共に男は白目をむき、身体は衝撃の反動か痙攣を起こしている。
次は誰だ、と紫髪の女性は他の男達を睨みつける。男達は女性の気迫に畏縮してしまい後ろに一歩下がるが、後ろから豚顔の男がゆっくりと現れ女性の前に立つ。
「ブブヒィ。威勢がいい女嫌いじゃない、寧ろ大好物ブヒィ」
鼻息を漏らし、口から垂れるよだれを長い舌で舐め取る豚顔の男に、紫髪の女性は鼻をつまむ。
「臭いねぇ……。アンタ酒飲む金があったら、先に風呂にでも入ってきな! 臭すぎて甘味も楽しめないよ!」
「ブヒィ。なら姉ちゃんが綺麗にしてくれブヒィ。何ならここで舐め取ってくれてもいいブヒィ?」
あまりの気持ち悪い言葉にブルっと身体を震わせ、紫髪の女性は顔色を青くする。豚顔の男は手を広げながら、ゆっくりと女性に近づく。
「ブヒブヒブヒィィ! 姉ちゃんが布団の上で、どんな声で鳴くか楽しみブヒィー!」
「……気色悪いねぇ。ちょ、ちょっと、それ以上近づくんじゃないよ!」
豚顔の男が紫髪の女性に襲い掛かろうとした、その時だ。
「お ま え が鳴いてろ」
「ブブヒィィィー⁉」
豚顔の男は悲鳴を上げながらその場に膝をつく。ピクピクと身体を震わせながら、何やらお尻の方に手を伸ばしている。
よく見ると、豚顔の男のお尻の部分に服越しではあるが串団子が刺さっている。
「ホラホラ、一本じゃ物足りないでしょう。おかわりは沢山あるからどんどん食べてね?」
二本目。三本目。豚顔の男の尻に片足を乗せ、次々と串団子を刺していく。その都度店内に男の痛々しい声が響いた。
「ブビィー! お前誰ブヒィー⁉ やめろブビィー!」
「何寝言言ってんの⁉ ホラッ、もっと尻穴締めなさいよ。団子が串に残ってるじゃない!」
ホラホラホラホラ、と今度は突き刺さった団子を抜き差しする。豚顔の男は途切れない悲鳴を出すも、次第に白目を向き口からは泡を吹きだした。
完全に気を失ってしまった豚顔の男を見て、尻に団子を刺していた者はようやく手を止める。
「チッ、これだから男は。無理矢理される女の気持ち、少しぐらい分かったでしょう?」
「あ、アンタ何やって――⁉」
紫髪の女性が声を掛けると、豚顔の男の尻に片足を乗せた女性が振り向く。
先程まで豚顔の男の相手をしていたのは愛姫だ。綺麗な髪には団子が刺さり、頭には安っぽい茶碗が乗っている。
「ケガはして無いよね?」
「ああ……、大丈夫だよ」
無事を確認すると、ふたりは残党に視線を向ける。
本来見逃してもよいのだが、大事な髪と服を汚されたため、愛姫は残党をシメる事にした。紫髪の女性も元々被害者であったため、その戦いに加勢する。
「ふー、スッキリした。最近ご無沙汰だったから良い運動になったわ」
「フフッ。面白い女だな、アンタって」
残党をシメ終わったふたりはお互いに向き合う。
「しっかし見ない顔だね。旅人の方かい?」
「そう。私は旅芸人をやってる
「愛か……。アタイは誾千代、立花誾千代だよ」
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