第二章 九州同盟編 第八話 九州上陸①

 天正十一年 春。

 

 九州の筑前ちくぜんを歩く旅芸人の一行がいた。

 ひとりは馬に跨り、その周りを四人が囲むように歩いている。顔は笠で隠れているが、馬に乗っている人物からは桃色の長いツインテールがはみ出ており、顔は見えなくても女子であるということが丸わかりだ。


「ここで一旦休憩しましょ」


 歩く馬がピタリと止まると、周りのお付き達は近くにあった大きな岩へ向かい、各々座りながら休憩を取る。


「ようやく豊前に入れましたね。一時はどうなることやらと思いました……」


 ひとり目のお付きが笠を取ると、そこから素顔を晒したのは喜多だ。額から流れる汗を手拭いで拭きとって、竹筒から水を喉に流し込む。


「全く……。ここは一応敵国なんですから、無暗に喧嘩買ったらダメっスよ……」


 ふたり目のお付きも笠を取ると、顔を晒したのはお打だ。歩いて熱くなったのか、取った笠であおぐ事により顔を冷やしている。


「ふぅ……生きた心地がせんわい。姫様、老体がいる事をお忘れなきよう……」


 三人目も笠を取ると、素顔を晒したのはため息をついた左月だ。四人目も同時に笠を取るが、正体は左月のお付きの男である。


「なによ? 自分で付いて来るって言ったんじゃん」


 笠の隙間から笑った口と八重歯がチラリ。馬を降り、ツインテールの姫と呼ばれた人物は左月の前に立ち、被っていた笠を取る。


「あんな事でバテてちゃ、私の護衛なんて勤まらないわよ。鬼の左月ちゃん?」


 家老である左月を煽るのは、涼しい顔をした愛姫だ。

 何故、愛姫達が九州にいるのか。それは半年前に遡る――。


 ――――――――――


 遡る事、天正十年 秋。


 相馬戦での働きが評価され、輝宗が褒美をやろうと愛姫を呼び出した。


「おお、来たか」


 部屋に入ると、待っていたのは上座に座る輝宗と政宗。両端には左月と不入も笑顔で座っていた。


「此度の戦働き見事であった! あの相馬義胤と互角に渡り合ったその武勇、当主として儂も鼻が高いぞ」

「左様。姫様なくして、今回の勝利はありませんでしたからなぁ!」


 へへへ、と照れくさそうに頭を掻く愛姫。元々は自分の我儘から介入した戦だったため、ここまで褒められるとは思ってもみなかった。


「それにお義の件もすまなかった。愛の陰働きだったと聞いておるぞ」

「あーあれね。別に大した事してないわよ」


「いや、儂は最悪『天文の大乱』を再び引き起こす可能性があったと見ておる」

「天文の大乱?」


 天文の大乱とは伊達十四代 稙宗たねむねが越後の上杉定実さだざねへ養子を送ろうとした事で、反対した輝宗の父である伊達十五代 晴宗との間に起きた父子の内乱である。

 今回の相馬戦も、元をたどると伊達の内乱が原因となっていたのだ。


「此度の戦も祖父から続く歪んだ連鎖を断ち切るべく起こしたもの。ここで新たに火種が芽吹けば、間違いなく伊達は終わりだったかもしれん」

「うへぇ……、それは大変ねぇ……」


 天文の大乱の話を聞いて、愛姫は生前の記憶を呼び起こされた。陽徳院グループも元々はひとつだったのだが、意見の相違から家系がバラバラになったと親父から聞いた事があったからだ。


 ひとつにまとまって、散るを繰り返す。そうやって時代の波に乗れない企業はどんどん潰れ、強い企業だけが生き残った。そう考えれば、未来の日本も戦国時代と対して変わらないな。と、思う愛姫だった。


「おっと、辛気臭い話はここまでにしよう。愛にはその功績を評価し褒美を与える。何なりと申せ」

「褒美ねぇ……。いざ言われると、沢山あり過ぎて困るわぁー」


 少し考えたのち、愛姫は輝宗に複数の褒美を要求する。


「じゃあひとつめ。米山城の近くにある大きな荒地があるでしょ、あそこの開拓許可を貰えるかしら?」

「あんな荒れ果てた土地を何に使う?」


「市場を作るの! 京にも負けない巨大なマーケットをここ出羽に作って、いずれは奥州一、そして日本一の市場にしてやるわ! そのための基盤をここに作りたいの!」

「ほう……、市場とは中々――」


 輝宗も荒れ果てた土地の使い様に困っていたため、愛姫の意見に興味があるようだ。


「わーははは! 愛らしい、実に愉快な策よ!」

 

 輝宗の隣にいた政宗も大きな笑い声を上げ、愛姫の意見に賛同する。


「親父、俺からも頼む。嫁が日ノ本一の市場を作ろうとしておるのじゃ、止めるは無粋よ!」

「……ふむ、良いだろう。好きにせい」


 愛姫は無事、開拓許可を貰う事に成功する。さっそく明日から計画に移そう、とウキウキしながら段取りを考える。


「他にはないのか?」

「あっ、ならもうひとつ。私九州に行きたいんだけど、その許可も頂戴!」


 愛姫のとんでもない発言に、部屋にいた皆が意表を突かれた。

 勿論、侍女頭である喜多も今初めて聞いた話であるため、開いた口が塞がらない。


「きゅ、九州⁉ 何故そんな遠い所に⁉」

「はいはい、皆まで言わない。理由は一から説明するから」


 織田はこのままだと羽州出羽奥州陸奥を確実に攻めに来る。

 その理由は、光秀からの書状に中国と四国征伐が終わり次第みんへ攻め入ると書いてあったからだ。


 本来六月二日に死ぬはずだった信長は生きており、このままだと明出兵を本気でやるかもしれない。兵士不足を解消するために伊達を頼る可能性だってある。

 もし、断りなんてしたら。そう考えれば先手を打つに越したことはない。


「なるほど。それで今中国と四国へ目が行ってる隙に、九州の大名に同盟を持ち掛けようって話か」

「そゆこと!」


「じゃが、愛が直接出向く事もなかろう。敵国を通過するんじゃ、それがどういう意味か分からんわけではあるまい」


 政宗はそう愛姫に警告するが、今回はどうしても彼女が行かなければならない理由が他にあったのだ。

 そのために、今回お打を同行させたまである。


「若様、それに関してはわちきが説明するっス」


 お打は輝宗と政宗に、以前愛姫から頼まれた任務の内容を話す。それこそが、愛姫が真に九州へ出向きたい理由でもあった。


「薬師寺の本家?」

「そう。アンタがぶった斬った医者の薬師寺丹三郎やくしじたんざぶろうの本家が九州にいるってわかったの」


 薬師寺丹三郎。以前愛姫が病気を患った時に専属で付いた、奥州一の名医と呼ばれた男だ。

 結果は愛姫の命を救うことは出来ず、それを知った政宗は薬師寺をなで斬りにしたのだ。


 だが、愛姫は火葬中に蘇った。それも未来の日本に住む陽徳院ようとくいん 愛華まなかの記憶を宿した状態で。

 何故こうなったのか。もしかしたら、何か知っているのかもしれない。と、愛姫はお打にコッソリ調べさせていたのである。


 政宗もその件に関しては反省していた。一時の感情とはいえ、医者ひとりを斬り捨てたのだ。


「…………」


 流石の政宗も言い返す事が出来ない。この件で愛姫と幾度も喧嘩に発展しているため、政宗もこれについては手を引きたかった。

 そう思っていた所に、ひとりの家老が口を挟む。


「なりませんぞ! 姫様!」


 声を尖らせたのは左月だ。まるで我儘な子供をしつけるように、鋭い視線を愛姫へ送る。

 愛姫の言っている事は、あくまで予想に過ぎない。リスクを冒してまで九州の大名に同盟を持ち掛ける価値があるのか。と、反論する。


 愛姫だって同盟を勝ち取る自信があるわけではない。寧ろ、ほとんど九州へ外交経験が無い伊達からしたら不利でもある。しかし、愛姫はどうしても九州同盟を成し遂げたい理由があるのだ。


 それは、伊達が天下を取るには織田を超える力が必要である事。歴史は変わったが、現状織田の属国は多い。今攻められたらひとたまりもない。

 だが、九州は別である。織田の手が伸びていない今だからこそ、同盟を結ぶ価値があるのだ。


 ましてやお国に関係ない薬師寺家を探すなど単体で通るわけがない。九州同盟は伊達にも功績を残さないといけない、愛姫にとってのマストオーダーでもあった。


「ここまで説明してもダメなのかしら?」

「左様。一国の姫がどうにか出来る案件では御座いませぬ」


「そう……。じゃあ爺、アンタも同行しなさい」


 愛姫の誘いに、部屋にいた全員が驚く。その中でも左月は指定されただけあってか、非常に困惑している。


「な、何故儂なのですじゃ⁉」

「私じゃ役不足なんでしょ? だったら、お殿様の側近である爺が最適じゃない。ほぼ決着が付いているとはいえ、政宗はまだ相馬戦から離れるわけにはいかないし」


「し、しかしですなぁ――」


 困った表情を見せる左月に、愛姫は八重歯を光らせ小悪魔のような笑みを浮かべる。


「えー、もしかして自信ないのに私に説教したの? なーんだ、爺って意外と臆病なのね」

「なっ⁉」


 愛姫の挑発に顔を赤くする左月。勿論、頭に血が上りやすい左月の性格を知っていての行動である。


「私は伊達で天下を取る気マンマンなのに……。爺みたいな奴を巷では老害って言うのよねー」

「じょ、上等ですじゃ! そこまで言われて動かぬは片倉の恥。この左月、見事お役目果たして進ぜよう!」


 見事に釣れたもんだ、と笑いが吹き出る愛姫。上座では輝宗が頭を悩ませ、政宗は「阿呆が」と苦笑いをしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る