穢れの子③
突然の報告に愛姫は固まってしまう。時期的にはそろそろだと思ってはいたが、まさか本来謀反を起こす側の男が最初にやられるなんて想像していなかった。
「義姉上?」
立ち止まっている愛姫を不思議に思った小次郎が話しかけてくる。
愛姫は「何でもない」と小次郎に言い、お打と一緒に急いで自室に戻る。
――――――――――
「その話、本当なの⁉」
お打は首を縦に振った。
それは愛姫が義姫の所に向かった
どうやら明智軍の間者らしく、今回の事を輝宗に伝えて欲しいと言い、息絶えたようだ。
「これは姫様にと……」
お打は血の付いた一枚の書状を愛姫に渡す。書状の表には『終生の友へ』と書かれており、裏には明智光秀と書かれていた。
内容はこうだ。
伊達領から戻った光秀の見たものは、狂気に満ちた信長の姿だった。驚いたのは中国と四国を統一後に、日ノ本だけに留まらず
そんな所に大量の兵を送り込めば、周りの諸大名は隙が出来た織田に必ず牙を向く。
そう思い暴走する主君を止めようと何度も話を試みるが、すべてが空振り。挙句の果てに「謀反の心あり」と中国と四国進軍の期間まで自室で監禁されたようだ。
(あの書状の裏にはこんな事が……。
どんなに血を流しても終わらない信長の天下布武は、ついに外国にまで手を伸ばそうとしていたため、以前から秘密裏に準備していた『信長暗殺計画』を遂行する。
だが、暗殺当日に妙な事が起きる。明智軍は毛利討伐を命じられている
しかし、辿り着いた本能寺はもぬけの殻だった。異変を感じ、その場をすぐに去ろうとしたが時すでに遅く、周りは毛利攻めに向かっているはずの羽柴軍に包囲されていた。
何とかその場から逃げ出せたが、討ち取られるのも時間の問題だろうと書かれている。
「信長は光秀が裏切るのを分かっていた? 秀吉も戻っていたって事は随分前から知ってたって事になるよね……」
文に違和感を感じながら、ブツブツと独り言を呟く。そんな愛姫を見て、お打は首を傾げている。
「ねぇ、ずん。この手紙を持って来た人って他にも何か言ってたとか聞いてる?」
「他っスか? んー何か言い残してたかなぁ……」
腕を組みながらお打は書状を受け取った忍びの話を思い出す。
「あっ! そういえば、光秀殿の死体は確認してないって言ってたっスね、確か」
「え、そうなの? 討死って言ってなかった?」
「恐らくもう駄目だったのか、切腹間際だったと思うス。流石の光秀様も織田を敵にしたら生きてる訳ないっスから」
「……そっか。ずん、ひとつお願いがあるんだけど良い?」
愛姫は少し納得いかない表情を見せつつも、お打に極秘の任務を与える。
――――――――――
同年 秋。
作物の収穫がある程度終わりを告げ、伊達軍は雪が降る前に丸森城奪還を再度計画する。
そして、雪がチラチラと舞い始める十二月――。
「イエーイ! 楽勝、楽勝!」
丸森城の天守へ掲げられた竹に雀の家紋旗。遂に、伊達軍は念願であった丸森城を奪還した。これは史実より約半年も早い出来事であり、愛姫の存在が丸森城攻略に大きな貢献をした事になる。
主役が顔を出した事で、天守の真下からは愛姫コールが飛び交っていた。
「最高の眺めね! 舎弟達と校舎で集会してた時を思い出すわー!」
「お見事です! 姫様!」
横からひょっこり姿を現したのは、侍女頭の喜多だ。
「難所であった丸森城も予定より早く奪還出来ましたし、残りの
相馬
ふたりが有終の美に浸っていると、後ろから黒漆の甲冑を着た漢が姿を見せる。
「よぉやった愛! 流石、
天守から現れたのは重苦しい三日月の兜を外した政宗だ。更に、後ろから小十郎と
蓮華とは愛姫隊に付けられたの異名なのだが、その名は
極楽浄土と言えば聞こえはいいが、逆に言えば争いの無い死後の世界に行けるという意味だ。
つまり会ったら生きては帰れない、という意味が皮肉にも込められているのだ。
「愛ちゃん、マジパネェわ! あの義胤と互角に渡り合える女とか化物かよ⁉」
「何それ、褒めてんの?」
愛姫の肩に腕を掛け、ウザがらみをする成実。根は悪い奴ではないのだが、ノリが未来のチャラ男風なのが少々苦手だ。
「ちょ⁉ 成実殿⁉ 姫様に対して何て無礼な……」
「えー大丈夫っしょ! 俺と愛ちゃんの仲だもんねー、ね、ね?」
「……処すわよ?」
愛姫が横目で冷たくあしらうと、喜多が笑顔で脇差を抜き成実に向ける。調子に乗ってしまったと、成実は後退りし、小十郎の後ろに隠れてしまった。
「阿呆が……。じゃが、悲願だった丸森城を予定より早く落とせたのは大きい。この吉報、さっさと親父に届けようぞ!」
「そうね。じゃあ皆、準備は良いかしら⁉」
愛姫の合図と同時に、皆が武器や腕を天に掲げる。勝鬨の声は丸森城周辺だけでなく、遠く離れた総大将の輝宗の本陣にまで響き渡った。
今回の戦で「独眼竜 伊達政宗」と「蓮華 愛姫」の名は瞬く間に全国へ広がったのである。
――――――――――
相馬戦から米沢城に帰還すると、輝宗は手柄の大小に応じて褒美を与える
これによって特に恩賞を受けたのは政宗と愛姫だった。これは次期当主を政宗に置くための輝宗が考えた露骨な策略でもあったため、小次郎派の一門衆や
論功行賞も終わり、自室に戻った愛姫は侍女頭の喜多にお茶を勧められる。どうやら城下町で珍しい物が手に入ったらしい。
「こちらでございます」
「おお!」
両手をわきわきと動かし、興味津々の眼差しで喜多の差し出した黄色と茶色の円状物に目を奪われる。
「あはっ! これカステラじゃない!」
「なんと⁉ 姫様ご存知だったのですか⁉」
「ご存知も何もカステラって言ったら長崎でしょ⁉ いやぁ、ようやく私の知ってるスイーツが出てきて嬉し涙が……」
長崎の事が分からない喜多に、未来の地名を説明する愛姫。左月同様、喜多も愛姫の言う未来の出来事には疑う事無く熱心に聞いてくれるのでありがたい。
この頃は長崎県と佐賀県辺りをまとめて
「んー美味しい! 甘さはちょっと足りないけど、フワフワ生地にしっとりとした口当たりが最高だわ!」
「これは……非常に美味で御座いますね! 姫様はこんな美味しい物を未来で毎日食べていたとは羨ましいです!」
毎日は食べてない、とツッコミを入れつつカステラを堪能するふたり。輝宗から褒美を与えられるという事もあり、非常に上機嫌である。
そんなふたりの下に、天井からひとりの忍びが姿を現した。
「姫様、只今戻りましたっス」
お打である。彼女には調べてほしい事があり、愛姫の命により単独で動いてもらっていたのだ。
「あっ、何だか良い匂いがするっスね! わちきもひとつ貰っていいスか⁉」
カステラに伸びる手を叩き付ける。これは頑張った人だけが食べられる特別のスイーツなのだ。
「アンタは先に報告があるでしょうが……」
「イテテ……、姫様手厳しいっス……」
手の甲を擦りながら報告をするお打に、愛姫は驚きの表情を見せる。
「それ、本当なんでしょうね?」
「モチのロンっス! 直接近づいて確認したんで間違いないっス!」
ふーん、と天井を見上げながら考え事をしていると、部屋の外で愛姫を呼ぶ声が聞こえる。どうやら輝宗が呼んでいるようだ。
「ちょうど良かった。ずん、喜多さん、アンタ達も一緒に来なさい」
悪い事を考えてそうな顔を見せながら、愛姫はふたりを連れて輝宗の部屋に向かった。
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