第五話 月と親友①

「ここにするかの」

 

 連れて来られたのは、本陣から少し離れた、木や岩などの障害物が全くない平坦な崖側。

 政宗の象徴でもある三日月が、夜空をうっすらと照らしている。

 

 立っているのも難儀なため、二人は草の上に腰を下ろす。政宗と二人きりで話なんて初めての事だ。


(気まずい……)

 

 戦場で言い争った後だ。刀を渡された以降会っていなかったため、何て声を掛けたら良いかわからない。


(月が綺麗ね。……ないな、私はロマンチストか)

 

 首を振り、変な方向に考える自分を払拭する。

 

 援軍が遅い。銃弾が私に当たったらどうする。誰がチンチクリンだ。

 言いたい事ならいくらでもあるが、そんな空気でもない。

 

 三角座りをしながら頭を悩ませていると、政宗の方から口を開く。


「すまなかった」

「へ?」

 

 まさかの第一投目が謝罪の言葉。予想外な変化球に、愛姫の意識は棒立ちである。


「まだ怒っておるのだろう、あの事を」

 

 当たり前だ。チンチクリン、質素な身体と言われて喜ぶ女がいるなら連れてきて欲しいものである。

 だが、あの政宗が自分から非を認めるなんて、弓矢でも降らなければ良いが。


「当然でしょ。アンタには女性に対する配慮ってもんが無いの?」

「ん? ああ、すまないと思っている」

 

 何だか気の抜けた返事だ。

 

 コイツは本当にあの政宗なのだろうか。柄にもなく、頭まで下げてくる。

 説教している自分が何だか馬鹿馬鹿しい。


「あーもう調子狂うなぁ、もう良いわよ。許す、許すから」

「――っそうか!」

 

 頭を上げると、ホッとしたような表情を見せる政宗。

 らしくないが、意外な一面を見られた事にクスリと笑う愛姫。


「じゃが、あれも愛を思っての事。非があったわけじゃないのよ」

 

 照れた政宗の言葉に、愛姫の表情は虫を見る目に変わる。


(駄目だコイツ……、早く何とかしないと……)

 前言撤回。やはりコイツは女の敵、私にとって最大のストレスだ。と、愛姫は小太刀を政宗の首に近づける。


「な、何をする⁉」

「何をする? 自分に聞きなさいな。チンチクリン且つ質素な身体ボディで悪かったわね。私を思っての事? どうもありがとうございます。お返しは要らないので、ゆっくりご堪能ください」

 

 小太刀を握る手を押さえ、怒り心頭になっている愛姫を必死に止める。

 あと数センチ奥に入ると、刃は政宗の首に達してしまいそうだ。


「ちょっと待て! 何を誤解しておる⁉ それにお前がチンチクリン且つ質素なのは今に変わらんじゃろ」

「むかちーん! やっぱりアンタはダメだ。ここでアンタを殺して、私は生きる。それが伊達の正規ルートなのよ」

 

 ここまでのやりとりで政宗は何かを理解したのか、愛姫から力ずくで小太刀を奪い取った。


「あー!」

「わかった、お主何か勘違いしておるな⁉ 儂が話しているのはヤブの事ぞ!」

「ヤブ?」

 

 誤解が解けたのか、愛姫の顔色は徐々に落ち着きを取り戻す。


「ヤブってアンタが斬った?」

「そうじゃ、そのヤブじゃ。その件について謝っておったのよ」

 

 誤解を解ききった政宗は、愛姫に奪った小太刀を返す。

 納得いかない所は数か所あるが、とりあえずは話を聞こうと冷静になる。


「あれから俺が会いに行っても、まともに相手もせんではないか」

「そりゃ……だって、アンタの顔見るたびにムカつくっていうか……」

 

 今度は愛姫の歯切れが悪くなる。


「だからこうして謝っておる」

「いや、それに関してはもういいわ。過ぎた事はしょうがないし、時代も違うしね。私もあの時は何が何だか……」

 

 当時は頭にきて政宗を蹴り飛ばしたが、後々冷静になって考えると愛姫を想っての事だったと理解出来た。

 

 そのため、この世界に来てから数日で、その件に関しては何とも思っていない。

 寧ろ、政宗を避けているのには違う理由がある。


「じゃあ、何故じゃ。何故その後も儂を避ける?」

「…………」

 

 言えない。言ってもどうせ理解できない。

 と顔を赤くして、政宗の顔とは反対方向を向いて場をしのぐ。


「おい、こっち向け」

「やだ」

 

「じゃあ、理由を申せ」

「やだ」

 

 早く諦めてくれ、と心の中で願う愛姫。

 いこじになって理由を話さない愛姫に対し、政宗は彼女の顔を掴んで対抗する。


「は、な、せ」

「やだ」

 

「駄目だ、話すまで退かん」

(近い、近い!)

 

 政宗の顔と愛姫の顔の距離が極端に近くなり、後数センチで唇が接触しそうな位だ。

 自分が攻める分には良いが、攻められるのには慣れていない。


「わかった! 言うから!」

 

 諦めて降参する。このままだと本当に接触しかねないからだ。

 良し、と言い手を離す政宗。無理やり首を曲げさせられていたので、頬が少しヒリヒリする。


「じゃあ言うわよ。一度しか言わないからね」

「……うむ」

 

 変な緊張が二人の周りを渦巻く。

 ゴクリと政宗は喉を鳴らした。


「アンタ、ダブるのよ」

「ん?」

 

「だから、アンタはすぐダブるの! だから嫌いなの!」

 

 ダブる。同じ事や物が重なり合う事の俗語である。


「私がやってたソシャゲの『覇道無双』で、ガチャってのがあってね。そこでレインボー家紋が出れば、超強いキャラが貰えるのよ」

「がちゃ? れいんぼ? キヤラ?」

 

「そこで毎回アンタが……『伊達政宗』がダブるのよ! もう政宗艦隊が出来るぐらいダブんの。大して性能良くないのに」

 

 その後もソシャゲの話を政宗に話した。クリスマス、正月、サマーフェス。どんなイベントが来ても、伊達政宗がダブる事を。

 そんな未来のゲームの話を言われても、当然政宗は理解できない。


「はい、この話終わり! 終了!」

 

 顔を真っ赤にし、手を叩いて話を一方的に終わらせる。

 理解できない話とはいえ、自分の運の無さをさらけ出しているようで恥ずかしい。


 立ち上がり帰ろうとしたが、政宗に引き止められた。分かるように説明しろと、再度詰め寄られる。

 仕方なく愛姫はこの世界の人でも分かるように、おみくじを例えに説明した。


「じゃあ何か? 儂は貴様のやる娯楽のせいで、今までこんな扱いを受けて来たのか⁉」

「私のせいじゃないわよ。運営が絶対操作してる。お金落とすからっていい気になって……」

 

 愛姫の丁寧に嚙み砕いた説明で、何とか事の真意にこぎつける事が出来た政宗。

 

 当然一方的な理由で避けられていたわけなのだから、怒ってもしょうがない。

 顔は俯き、身体をプルプルと震わせている。


「そんなの知らんわ! こちとら、毎晩お前の機嫌を取ろうと必死に出向いていたじゃ。儂の大事な刻を返せ、阿呆が!」

「はぁ? アンタ通りで毎回私の部屋の近くにいると思ったら、そんな事で来てたの? 聞けば『たまたま通っただけ』っていつも言うじゃない。あれ嘘だったの? この根性無し!」

 

 言い争いはまだ続く。


「やかましい! 部屋に入れば毎回用足しに行く、膀胱ユルユル女が!」

「あぁん、何だとコラ。本当にトイレ行きたかったんだよ。それに、この身体はまだピチピチだ。お前の梅干しみたいなちっこい、シワシワな心臓と一緒にすんな!」

 

「何じゃと!」

「何よ!」

 

 本日二度目の喧嘩。互いのおでこを擦り合わせ、獣同士が威嚇するかのように睨み合う。

 が、今回は互いの誤解を解いた、解かれたが重要だった。「ぷっ」と笑い声を漏らし、ふたりは声高らかに笑い合う。


「あ――はははは!」

 

 両者の眼にはうっすらと涙が。あまりにくだらなすぎて、お腹がねじれそうな位痛い。

 政宗は誤解が解けて良かったと思っている。

 

 愛姫は個人的な理由で嫌っていたが、話せば悪くない奴と思った。

 約半年間ほとんど会話がなかったふたりだが、その空白を一気に埋められたような、そんな気がした。


 ただし、チンチクリンと質素な身体は忘れていなかったので、最後に腹パンはしておいた愛姫だった。


 ――――――――――


 その後も、伊達の攻勢は止まらない。

 

 愛姫隊も前線に出る事により、形勢はさらに有利となり、着々と領地を広げていく伊達軍。

 政宗の予言通り、援軍の畠山は今回の敗北で兵を退いた。


 そして、初陣から約一年。


 難所のひとつであった小斎城主・佐藤為信ためのぶを調略し、城を実質的な支配下に置く。

 これらの功績を手土産に、伊達軍は出羽国米沢に悠々と一時帰還したのだった。


「はぁ……、畳の匂い最高。こんなに良い物だと思わなかったわぁ」

 

 自室でだらしなく寝そべる愛姫。今日は喜多が用事でいないため、久しぶりのひとりである。

 戦では野宿も当たり前だったため、屋根の付いた寝床のありがたさ、土臭くない空間に感激する。


 ガサッ、ゴソッ。

 何かが天井を張っている音を一瞬、愛姫の耳は捉えた。


「うへぇ……、やだネズミぃ? 勘弁してよ……」

 

 仕方ない、と部屋にある突っつき棒で木板を叩いて追い払おうと試みる。


(ん? あん?)

 

 天井の木板には外せる所と、外せない所がある。特に中央の板十枚程度、人一人分ぐらいが何かの重みで外れにくくなっているのがわかる。

 突っつき棒を置き、外れない天井を眺める愛姫。


「こんな大きいネズミがいるか――!」

 

 天井に向かって飛び蹴りを入れる。

 すると、ギャン! の声と同時に、ひとりの人間が天井から落ちてきた。


「え……、女?」

 

 なんと天井から落ちてきたのは、黒い忍び装束を着た緑髪の女性だった。

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