戦場に舞う③

 形勢逆転。

 

 砂塵自体を撒き水で抑えるアイデア、学校の事務員がグラウンドに水撒きしていたのを思い出したのだ。

 吹き飛ばされた義胤はまだ立ち上がれない。


(やばっ、脚が――⁉)

 

 これまでの無理が祟ったのか、愛姫の両脚は言うことを効かない。立っているだけでやっとである。


「……効いたぞ、伊達の……姫君」

 

 握りしめた槍を使い、上体を起こす。甲冑のおかげか、義胤は思ったよりも平気そうである。


「そのまま寝てても良かったのに」

「はん、主の蹴りで目が覚めたわい」

 

 義胤はついに立ち上がる。

 それと同時に、胴の隙間から黒い破片がパラパラと落ちる。どうやら鉄板の一部が欠けたようだ。


(アレのせいか。感触は良かったのに……、なんて分厚い甲冑付けてるのよ)

 

 脇腹を気にする仕草も見せつつも、義胤はそのまま愛姫に向かって前進する。


「天晴じゃ。まさか女ごときに必殺ノ型を破られ、ここまで追いつめられるとはな」

「ふん、女性差別? 今時、そんなんじゃモテないわよ」

「ふむ、確かに見かたを変えないといけないかもしれんの」

 

 そう言うと、槍先を愛姫に向ける。


「助けは間に合わん。諦めい」

「…………」

 

 後ろでは喜多が大声で叫んでいる。こっちに来たいのだが、敵の騎馬隊が思ったより善戦している。

 義胤が槍を大きく振りかぶり、首跳ねの動作に入る。


 愛姫は諦めて目を閉じた……。


 ズドォォォン!

 その時だ。大きな銃声と振動が一帯にこだまする。


「何奴⁉」

 

 横の森から現れたのは、三日月の前建をした兜を被り、采配を手にした青年だ。


「政宗⁉」

「伊達の子倅……、何故ここにいる⁉」

 

 よく見ると、その後ろには成実と伊達鉄砲隊が数を揃えて構えていた。

 第三陣は森の中で待ち伏せをしていたが、伏兵の一報を聞き、最低限の兵力を残し、引き返して来たのだ。


「若ぁ、間一髪だったみたいだな」

「ちぃ、貴様の小便がなければもっと早く着いたわ、阿呆が!」

 

 来る途中、成実が小便をしたくなり、二分程度遅れたのは内緒である。


「鉄砲隊再度構えぃ!」

「まずい!」

「てぇぇ――い!」

 

 ズドドドドォン!

 政宗の合図で放たれる鉄砲の雨。相馬の騎馬隊をどんどん撃ち倒していく。


「成実、お主は喜多の援護に行け!」

「あいよ」

 

 馬に乗った成実は喜多の援護に、政宗は義胤に向かって突っ込んで来た。


「義胤ぇぇ――!」

「むん!」

 

 互いにぶつかり合う両者の刃。愛姫の前で激しい攻防が広がる。

 伊達の次期当主と相馬の現当主のぶつかり合い。お互い一歩も引かない、引くことが出来ない。

 そんな戦いが繰り広げられると思いきや、義胤は政宗の刃を弾き、一定の距離を取る。

 

「ふん、ちと分が悪いのぉ。よーし、撤退じゃ」

 

 義胤は近くにいた騎馬隊の家臣に指示を出す。


「撤退⁉ 大将首が目の前にあるのに、撤退でありますか⁉ もうすぐ援軍も到着します。ここで退くのは……」

「あん? 貴様は馬鹿か。今の時点で援軍が来ないのは、伊達に抑えつけられているからじゃぞ」

 

 義胤は軽快な動きで馬に脚を掛ける。


「それに鉄砲隊の銃声で馬が怯えておる。どちらにせ潮時よ」

 

 訓練されているとはいえ、馬の生き物である。仲間の馬が次々と銃声の前に倒れれば、矢弾に当たらなくても混乱して使い物にならない。


「阿呆が、逃がすと思うか?」

「吠えるな若造。鉄砲隊といえど、連れて来たのは少数。次の発砲までに何人生き残っているかのう」

 

 冷静だ。援軍の数を見るや否や、大体の展開が予想できる。

 

 これは幾多の戦場を見てきた義胤だからこそ出来る考え方だ。

 それだけ相馬の騎馬隊には、絶対的な自信がある証拠だ。


「く…………」

「退くのも戦略のひとつよ、伊達の子倅。血気に吞まれ、功を焦り、愚行に行くこそ阿呆と知れ」

 

 政宗は義胤に向けていた刀を降ろす。折角の好機に手が出せない、歯を食いしばる政宗からは悔しさを感じる。


「義胤ぇ、次は無いぞ! その首この『独眼竜』が必ず貰い受ける」

「独眼竜……、本物か否か、次が楽しみじゃわい」

 

 お互い睨み合いながらも、表情は笑っていた。

 政宗と義胤、後に生涯の好敵手ライバルとなる二人が初めて刃を交えた戦場の瞬間である。


(何か良いなぁ、男ってちょっとずるい)

 

 二人の絵を見て羨ましいような、焼いちゃうような、そんな気持ちになる。

 そんな愛姫に、義胤は顔を向ける。


「楽しかったぞ、伊達の姫君。子倅が竜であれば、お主はその『逆鱗げきりん』と言ったところか。互いに血気溢れた者同士、交えんようでよう交じる。良い相方ふうふじゃの」

「なっ⁉」

 

 その言葉を聞いた途端、愛姫と政宗は顔を真っ赤にする。緊張が解けているとはいえ、大衆の前で「夫婦仲良いね」と言われたみたいでこっぱずかしくなる。


「誰がこんな糞ガキと仲が良いですって! 独眼竜の逆鱗⁉ それってアンタと一心同体って事⁉ キモキモキモのキモの助ぇぇ! 考えただけで寒気がするわ!」

「何じゃとこのド阿呆が! こちとら仕方なく同盟婚で繋がった関係じゃ! お前みたいなチンチクリン、即刻田村に返しても良いのじゃぞ⁉」

 

「あ――ん? 誰がチンチクリンだ、このボケ! そのチンチクリンの裸を風呂場で見て、竿おっ立ててたのは誰ですかねぇ⁉」

「はぁ? 出来る漢の竿はいつでも立派なんじゃ! そんな質素な身体に誰が欲情するか、勘違い女が!」

 

 おでこをすり合わせて、互いに威嚇をする。今にもひと悶着ありそうな雰囲気だ。


「何よ!」

「何じゃ!」

「やめい、二人共!」

 

 間に入って喧嘩を止めたのは成実だ。ため息を付きながら、お互いの身体を押し離す。

 少し前に愛姫との不仲を揶揄ったが、何でこの二人の仲が悪いのか、何となく理解した成実だった。


「ん? それより成実、義胤はどこじゃ?」

 

 周りを見渡しても、相馬軍は一人もいない。

 成実は二人が喧嘩している最中に、さっさと引いていったと説明した。


「でも若、本当に見逃して良かったのかよ? アイツ等また……」

「よい。今回攻め落とせなかった事で、畠山は恐らく兵を退く。そういう奴じゃ」

 

 相馬に援軍を送っていた畠山だが、伊達との関係も悪かったわけではない。後ろ盾がいるにしろ、ほぼ隣国の伊達に喧嘩を売るのは、畠山も旨くはない。必ず関係改善に動く、そう政宗は考えている。


「なるほど。じゃあ今は……」

「うむ、勝鬨かちどきじゃ!」

 

 政宗が刀を天に掲げた瞬間、大きな大歓声が響き渡る。

 空気が揺れ、大地が揺れ、そして愛姫の耳も揺れた。

 

 今まで聞いた事のない大歓声に、疲労が溜まったはずの身体に活力が戻ってくる感じがする。それぐらい、愛姫には刺激的だったのだ。


(身体がビリビリ痺れて、スゴイ! 喧嘩の時とは違う。何だろう、これ。よくわかんないけど、今は嬉しい!)

 

 アドレナリン。戦いや喧嘩の中で、己の闘争本能を駆り立てる物質。愛華や愛姫が自身の生を一番感じる時に分泌されるホルモンである。

 

 しかし、今脳内を駆け巡っているのはエンドルフィンという物質。物事の達成になどにより得られる『幸福感』を刺激する。

 前世では、出来て当然が当たり前。これは愛華の記憶でほとんど得る事が出来なかった、彼女にとって特別な刺激なのだ。


「ほれ」

 

 政宗が自分の刀を愛姫に渡す。小太刀の二倍はあるのでないかと思われる刀身に重量。こんな物を振り回していたのかと思うと、男なんだなと認めざる得ない。


「ん?」

「今回の勝利、少なくとも愛の手柄じゃ。最後はお前で締めるがいい」

 

 そう言うと、後ろを振り向いてその場を去ってしまう。振り返る瞬間、政宗の顔は笑っているように見えた。


「若も素直じゃねぇな。ありゃ愛姫様に手柄取られて悔しいんですぜ」

「そうなのかな? アハハ」

 

 成実の手を借りながら立ち上がると、刀を両手で握り、天に掲げる。

 掛け声は「えい、えい、お――」が基本らしいが、何でも良いと成実は説明する。


「じゃあ……。敵将、討ち取ったり――!」

「いや、討ち取ってはないっすよ」

 

 ゲームで敵を倒した時流れるテンプレボイスに、思わずツッコむ成実。

 歓声と同時に大きな笑いが一帯を響かせ、政宗と愛姫の初陣の勝利を祝福した。


 ――――――――――


 一方その頃、二人の喧嘩の最中に撤収していた相馬軍。

 さっきまで余裕を見せていた義胤だが、馬を走らせる表情は険しい。


「痛っ……、アバラが折れたか……。あの女、どこにあんな力が……」

 

 脇腹を押さえながら手綱を握る。押さえていた部分はよく見るとへこんでいるのがわかる。

 愛姫の回し蹴りは、中の銅板だけでなく骨すら砕いていた。


「田村め、とんだ化け物を送り込みおったな……」

 

 そう唇を噛みしめながら、疾走と本陣に馬を走らせるであった。


 ――――――――――


 夜の伊達本陣。負傷した者の手当てや、明日以降の軍議が行われていた。

 今日の勝利を祝い、軽い祝いの場が設けたい所だが、明日以降も戦いがあるのでそうも言ってられない。


「これで良し!」

「ありがとうございます! 姫様」

 

 人手が足りないため、愛姫も進んで負傷した兵士の治療に周る。それだけ今回の伏兵はダメージが大きかった。

 他の兵士の傷を診ていると、後ろから黒い影が忍び寄る。


「愛、ちと面を貸せ」

 

 後ろから現れたのは政宗だ。

 愛姫は立ち上がると、二人で月が良く見える崖に向かって消えて行った。

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