第四話 戦場に舞う①
相馬義胤が近づく数分前の伊達本陣。
どっしりと座り、味方の吉報を待つ輝宗。眼を閉じ、微動だにしないその姿勢からは、巨大な不思議なオーラがにじみ出ている。
が、輝宗も別に目を閉じたくて閉じているわけではない。何かを見ないようにしているのだ。
「…………」
ブス――とした表情で、何かを輝宗に訴える。視線の送り主は、本陣護衛の任に付いている愛姫だ。
(クッソ暇じゃないの。あのオヤジ、また私にウソを……)
本陣の護衛は並み大抵の奴には出来ない、お前が適任だ。と、期待の眼でお願いされれば、期待されていると勘違いしてもおかしくない。そんな事も考えず「任せなさいよ、お殿様!」と意気込んでいた自分に腹が立つ。
不満の眼差しを送り続ける愛姫を見かけて、ひとりの男が近づいてくる。
「姫様、如何なされたかな?」
「
愛姫に話しかけてきた男。名は
「別に……、何でもない」
「その顔で何でもないは無理で御座ろう。大方、本陣の護衛が不満と言ったところですかな」
流石は「智の不入」と言われる事だけはある。あっさり愛姫の考えを読み取ってしまった。
「本陣に何もないという事は、それ即ち優勢の証拠。血を出来るだけ流さず勝利出来れば、なお良し。殿も姫の身を案じておられるのよ」
兵士の中には、多数の農民がいる。都合の良い駒のように扱われても、みんな自分の土地を守ろうと必死になっているのだ。
仲間が戦っているのに、自分だけ安全の所にいるなんて本来耐えられないが、無理を言ってここに同行しているのを忘れてはならない。
湧き上がる気持ちを抑えて、今はただ我慢する。
「解ってるって。本陣に敵が来たら叩く、それが私の仕事でしょ?」
愛姫の返答に、ニコリと笑顔になった不入は、輝宗の側に戻っていく。
すると入れ替わるように、本陣の外から喜多が入ってくる。表情はあまり芳しくない。
「どうしたの?」
「あ、姫様。妙なのです。伝令の報告では、総大将である相馬義胤は三百騎程度の騎馬隊を連れて、伊達本陣に真っすぐ進行中との事。ですが、そこは当軍の鉄砲隊が配置されており、平地で隠れる所も御座いませぬ」
確かにおかしな話だ。いくら相馬の騎馬隊が優れているといえど、横一線にずらりと並んだ鉄砲の前では無力である。
仮に突破できたとしても、その奥には第五陣、第六陣と守りは完璧なのだ。と、喜多は追加で説明してくれた。
「へぇ、その相馬の騎馬隊ってそんなに凄いんだ?」
「ええ。その強さ、あの武田の騎馬隊に匹敵するほどと言われておりますよ。私は直接戦った事ないのですが」
喜多も輝宗の侍女時代、その武勇を買われ、戦に出向いた事があるそうだ。もっぱら輝宗の側にいたようだが、敵兵も何十人と倒している。そこで付いた通り名が「伊達の般若」らしい。
「アハハハ! 伊達の般若⁉ それ、相当顔が怖いって事でしょ。見てみたいかも」
「もう、姫様! そんな人を化け物みたいに」
ピリピリしていた本陣に、女性達の楽しそうな笑い声。周りの兵士達も、少しだけ気を緩められる空気になった。
しかし、そんな時間もあっという間に、ひとりの伝令兵にかき消される。
「伝令! 本陣北西に敵の伏兵が出現。数五百。その他伏兵も多数確認されております」
「ふ、伏兵じゃと⁉」
「第五陣の政景隊が応戦しておられます。鉄砲隊も奇襲の弓兵と戦闘を開始」
「はっ⁉ いかん、それでは中央の守りが!」
これは義胤の作戦である。どんなに強固の守りでも、バランスを崩せば脆くなる。それに、この一帯は相馬のテリトリー。どんな伏兵を忍ばせていてもおかしくはない。
「第四陣へすぐ反転するよう、第六陣の原田には援軍が来るまで、義胤を意地でも通すなと伝えよ」
「ははっ!」
伝令兵はすぐさま本陣を飛び出す。事態は一刻を争うのだ。
「愛姫隊は――――、って愛姫と喜多はどうした?」
「た、確かにおりませんな」
さっきまで本陣の端にいたふたりが見当たらない。兵士に聞くと、ついさっき援護のため出陣すると言って出て行ったらしい。
「まさか姫様達は、六陣の援護に向かったのでは⁉」
「何ぃ――⁉」
輝宗が伝令に指示を出している最中に、ふたりは本陣を飛び出し、六陣の援護に向け馬を走らせる。
いよいよ、愛姫の初陣も幕を開けるのだ。
――――――――――
本陣から約五町(約五百メートル)離れた所にいる、伊達第六陣。そこでは既に戦闘が行われていた。
鉄と鉄が互いにぶつかり合う金属音。
轟く雄叫びと、悲痛な叫び。
天に舞う血しぶき。
倒れる両軍の兵士達。そこは既に修羅場と化す。
だが、倒れた兵を見ると、圧倒的に伊達軍が多い。相手は相馬の騎馬隊、機動力で劣る第六陣は劣勢に立たされていた。
その中央で激しくぶつかり合う、ふたりの武将。総大将の義胤と、第六陣の大将である原田である。
「義胤ぇ! ここは通さん!」
「む、原田の跡取りか。親父に似て、良い腕をしとる。だが――」
義胤に果敢に挑む青年。名は
互いに乗馬した状態での攻防。どちらも互角に見えたが――。
「ふん!」
義胤の素早い切り上げに、宗時の大太刀は空を舞う。
その一瞬を逃がさんと、槍を宗時に向けて突き出す。
「ぐぁぁぁ!」
義胤の槍が、宗時の右肩を貫く。激痛と槍の押す力で、宗時は落馬し、喉元に槍を突き付けられた。
「惜しいのう。まだ若いが、これも戦場の習い。許せ」
「はぁはぁ……」
首を刎ねようと槍を振りかぶる義胤。観念したのか、宗時は眼を閉じる。そんな時だ。
「ハァ――――!」
「ぬっ⁉」
強烈な一撃を瞬時に反応し、間一髪受け止めた義胤。余りの威力に、馬は数歩後退し、槍を持つ手は衝撃で痺れてしまう。
その強烈な一撃を放った原因の何かが、そのまま地に脚を付けた。
「貴様、何奴⁉」
義胤の眼の前に立っているのは、銀色の軽装和服を身に纏った、ツインテールの桃色の髪をした女の子だ。
「『
「むっ、女?」
ドヤ顔で派手に登場したのは、さっきまで本陣にいた愛姫。
想定外の出来事に、義胤は目を丸くする。
「お主、何者じゃ?」
「よく聞いてくれたわね。私は伊達軍のスーパールーキー、喧嘩上等の
「愛姫様⁉」
「――――って最後まで言わせろや! このおたんこなす!」
セリフを途中で割込み、先走った宗時を睨みつける。折角馬の上で考えた、きっと聞かれるであろう決め台詞がパーである。
宗時は小声で「すみません」と愛姫に謝った。
義胤は宗時の読んだ名に驚きを隠せない。
「ほう? お主は伊達の子倅の。武術を嗜むか?」
「ったく、少々ね。我流だけど」
「ここは戦場ぞ。それをわかっていながら、儂の前に立ちはだかるか?」
遊びで来たのであれば帰れ、そう義胤は愛姫を睨みつける。
しかし、愛姫はまったく退こうとしない。当然だ、仲間を助けに来たのだから。
義胤はため息を付き、持っていた槍を握り返す。
「いいだろう。女を斬るのは心痛むが、これも戦場の習いじゃ。許せよ」
槍を構える義胤に対し、愛姫は「ちょっと待った」と静止を試みる。
「なんの真似じゃ?」
「馬から降りなさいよ」
「あ?」
「私馬乗れないし、アンタに合わせられないわ。だから馬降りてちょうだい」
時間が足りなかったせいで、馬術までは練習出来なかった愛姫。ここまでは喜多の馬に同乗して来たのだ。
腑抜けた提案に、義胤は苦笑するしかない。
「伊達の姫君よ。お主は相手が鉄砲を持っていれば、卑怯だから刀を使えと申すか?」
「……言わないわね。好きにすればいいと思うけど」
「なら同じ事。儂は相手が女だろうと手加減はせぬ。奥州一と呼ばれる相馬の騎馬術でお相手しよう。――ハッ!」
そう言い放つと同時に、馬を愛姫目掛け突撃させる義胤。
動物特有の、獲物を見つけた時に放つ威圧感。甲冑を付けていない愛姫がもろに食らえば、命すら危うい。
かといって横に避ければ、義胤の槍の餌食になる。
(……なら、方法はひとつ)
愛姫は足元の石を、義胤が乗る馬目掛けて蹴り飛ばす。
石は馬の額に直撃。突進の力も加わり、激痛のあまり前足を上げ
義胤は暴れる馬を静止させようとした、その時だ。
強烈な破裂音と共に、周りの騎馬隊が扱う馬よりひと回り大きい馬が、五メートルほど宙を浮く。
倒れはしないが、馬は悲鳴を上げ、口からは衝撃の強さを示す体液を垂らす。
一瞬の出来事に何が起きたか分からなかった義胤だが、右足を上げていた愛姫を見て瞬時に理解する事が出来た。
「そんな
「小娘が――!」
この瞬間、愛姫のデビュー戦が切って落とされた。
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