いざ、初陣!③

「左月、母上め……、余計な事を」

 事の経緯を説明し終わる輝宗。

 

 愛姫に関しては、左月からも直接打診された。当初は断固否定的だった左月を、ここまで言わせたのだ。腹心の願いを簡単には無下に出来ない。

 そして決め手になったのは、輝宗の正室である義姫からも打診があった事だ。左月の失言の件もあり、輝宗は義姫に頭が上がらなかったようだ。

 

「じゃが安心せい。あくまでも愛姫には『戦には同行させる』と言ったまでよ。余計な事は考えず、隊の指揮に集中するのじゃ」

「……まぁ、父上がそう申すなら」

 二人が話している所に、左月が割って入る。

 

「姫様に関しては『愛姫隊』として小隊を組んでおられる。それに万が一でも喜多がおります。配隊も本陣故、安全かと」

「それも……そうじゃな」

 安全の確認が取れて、政宗はホッとする。口ではなんだかんだ言いながら、愛姫を心配している。

 

 その日の軍議は、しばらくした後に終了した。

 そして明日政宗の初陣が切って落とされる事になる。

 


 次の日。場所は相馬の本陣から離れた緩やかな麓。馬に正座をし、骨付き肉に被り付く甲冑を纏った男がいた。

 その男の下に、伝令兵が近寄る。

 

「ご報告します。伊達本隊に動きあり。先陣の鬼庭隊が右翼に展開中、後方からは後藤隊が前進中との事」

「…………」

 返答に応えるのは、肉の咀嚼音そしゃくおんだけ。報告を受けた男は伝令の顔を見ず、ひたすら真っすぐ平地を眺めていた。

 

「と、殿? 聞こえておりますでし――アダッ!」

 伝令の顔に、男が食べていた骨付き肉の骨が当たる。よく見ると伝令の周りには、食べた肉に付いていたであろう骨の残骸が無数に散らばっていた。

 それどころか、ここで何か獣を取って、捌き、焼いた痕跡すらある。今食べているのがその獣であると、伝令は確信した。

 

「聞こえてるよ。ったく、この猪あんまり美味くねーな。脂がのって美味そうに見えたんだがな」

 馬の上で正座をしながら、肉を食べていた漢。名は相馬義胤そうまよしたね。相馬家第十六代当主である。

 大将が本陣を離れて大丈夫かと思われがちだが、これが義胤の最大の特徴。無類の戦好きのため、自ら先陣を切る事が多く、家臣も頭を悩ませている。

 しかし無謀と思われるこの陣形は、大将が先頭に立つことにより味方の士気が上がり、大槍が如く騎馬隊で次々と薙ぎ払う事から、周りから「豪槍の陣」と恐れられていた。

 

「さーて、腹ごしらえも済んだし参るか。ってさっき何か言ってた?」

 聞いてないじゃん、と思う兵士達。伝令がもう一度説明する。

 

「あいわかった。他の隊に先陣には近づくなと伝えろ。恐らくそれは罠じゃ、舐めおって」

 すると伝令はもうひとつ事を思い出し、義胤に伝える。

 

「それと殿、伊達本陣には女もいるようで……」

「おんなだぁ――?」

 驚きを隠せない様子。すると表情は驚きから鬼の表情に一変する。

 

「輝宗ぇ……何のつもりじゃ」

 こめかみがピクピクと反応している。義胤はその女が遊女ではないかと思っているのだ。

 

「偵察隊からは戦服のような着こなしと申しておられますが……」

「たわけ。兵数有利の伊達が、女を戦に出すわけなかろう」

 ニヤリと不気味な笑いを見せる義胤。何か考えがあるようだ。

 

「フン、余裕でいられるのも今のうちよ。遊女と戯れてる所を襲い、首だけでなく、竿ごと切り取ってくれるわ!」

 そう言い放つと、本隊に出撃指令をだす義胤。いよいよ戦の始まりである。

 それと同時刻、輝宗は変な悪寒を感じたという。

 


 同時刻、伊達軍第三陣拠点。麓から少し上がった森の中に、大将を政宗に置く政宗隊は待機していた。

 顔からは覇気がにじみ出ており、この後世に名を轟かす独眼竜の片鱗が見えるようであった。

 

「初陣とは思えぬ面構え。いや、緊張からびびっちゃったかな?」

「ぬかせ成実しげざね。此度の戦、どのように武功を上げれば、父上が隠居を考えるか模索してたところよ」

 政宗相手に揶揄いの言葉を投げる男。名は伊達成実だてしげざね。輝宗の叔父にあたる伊達実元だてさねもとの嫡男。母は輝宗の妹である。歳は政宗の一歳下で、後に「伊達三傑さんけつ」と呼ばれる一人。

 

「お――怖い怖い。我ら陰謀の加担者になるのは御免ですぞ、若」

 反対側から現れた、長身の大男。名は鬼庭綱元おににわつなもと。輝宗の側近、鬼庭左月の嫡男。この男も、後の「伊達三傑」の一人である。

 

「お二方、探しましたぞ」

 後ろから声を掛けるのは小十郎だ。当然小十郎もその一人であり、「竜の側に武、、知の三将あり」と名を轟かす事になる。

 

「敵先陣が動きました。我々も動かんと参ったものの、何処にもいらっしゃらないので、戻ったら案の定……」

「ハハハ、すまねぇな小十郎。若の顔がどうも辛気臭いって言うから見に来ちまった」

 そう小十郎の背中を叩く成実。やる気満々で、誰にも臆さない態度。これがこの男のスタイルだ。

 

「小十郎、お前は今回相馬の動き、どう見る?」

 政宗隊の軍師でもある小十郎。政宗は素直に動いた相馬軍が気になっていた。

 

「ふむ……、若も感じておられましたか」

 先陣僅か三百程度の兵で考え無しに突っ込むなど、いくら豪槍の陣を組もうと自殺行為である。何か策があるのではないかと、小十郎も感じていたのだ。

 

「伏兵か……」

「恐らくは。そう思い、既に草を張り巡らせておりまする」

 草とは忍びを意味する。相馬のあまりにも素直な動きに、小十郎は一手先に動いていた。

 

「いつ戻る?」

「数刻(約二、三時間)も掛かりませぬ。ここ一帯は我らが草の庭のようなもの。まずは軍議通り、我々は木の陰から鉄砲隊で待ち構えましょう」

 ひとまず作戦通りに動くことが決まった。話が終わったのを見て、綱元が政宗に話しかける。

 

「ところで若。今回の戦、愛姫さまも参陣してるらしいじゃないですか。仲直り出来たんですかい?」

「ぐ……」

「綱元殿……」

 聞いちゃまずい事を聞いたのか。政宗は歯を食いしばりながら怒りを抑え、小十郎は顔に手を付け呆れた表情をする。

 

「え? 嘘、まだだったの⁉」

「おいおい、なんだよ。何の話をしてるか、オイラにも教えてくれよ」

 成実の耳元で静かに説明する綱元。それを聞いた成実はニヤリと悪い顔をする。

 

「ダ――ハハハ、マジかよ若⁉ まだ愛ちゃんと仲直りしてないのかよ。腹痛て――!」

 成実の大笑いに、政宗の表情は一段と激しくなる。それを見て小十郎は両者を落ち着かせた。

 一通り落ち着きを取り戻した政宗に、小十郎は真剣な眼差しで話をする。

 

「ですが、若。お二方が言う通り、いつまでも不仲では困ります。次期当主の夫婦仲が円満では事が他国に広まれば、侵略のきっかけになりかねませんぞ」

「っち、わかっておるわ!」

 愛姫は政略結婚の形で伊達家に嫁いだ。しかし、それが不仲と知れれば隣の相馬、西からは蘆名、南からは佐竹と攻め込まれる可能性は高まる。

 まだ当主ではない若夫婦という事で大きな問題にはなっていないが、いつまでも火種を残して置くのは良くないと小十郎は言っているのだ。

 

「フン、愛から謝ってくれば儂は許す気でおるのだがな」

 次期当主の子供っぽい言葉に、小十郎は政宗に詰め寄る。

 

「まだそんな事を言っておられるか!」

 小十郎の怒号が鳴り響き、周りの空気が一瞬で凍り付いた。

 

「どちらが先とか関係ありませぬ! そんな女々しい態度をとる暇があるなら、さっさと若から漢を魅せられよ」

「女々しいじゃと⁉︎ 小十郎、貴様!」

 怒りに任せて、小十郎の胸ぐらを掴む。

 その瞬間、二人の間に割り込むように、一人の忍びが現れる。

 

「お待たせしました」

蔵人くらんどか」

「ちっ」

 政宗は小十郎の胸ぐらを離す。納得いかない様子で、後ろを向いてしまった。

 忍びの名は世瀬蔵人よせくらんど。伊達家に仕える忍び達の組頭である。

 

「すまぬな、見苦しい所で」

「いえ、それより小十郎様、大変な事に……」

 蔵人は調べた内容を説明すると、小十郎の表情は一変する。

 

「伏兵が五千⁉ 馬鹿な、精々今の相馬に出せる兵力は三千だったはず。何処で五千も調達出来たのだ⁉」

「それに関して既に調べは、畠山で御座います」

「畠山⁉」

 その場にいた四人は一斉に声を上げた。

 畠山家。かつては奥州管領おうしゅうかんれいに就く名家であったが、その力は徐々に衰退。隣国とは顔色を窺いつつ、上手くやっている小国である。

 

「いや待て、畠山は伊達の援軍に来ているのではないのか」

「形上は。ですが、動きが明らかに不審。恐らく裏で糸を引いてるのは……」

「蘆名……か」

 周りがどよめく中、現状どう動くべきか考える小十郎。

 しかし、作戦を考える時間など敵は与えてくれなかった。

 伝令兵が一人、大慌てで走って来る。

 

「伝令! 相馬と思われる伏兵が、本陣の北西側から接近。只今、政景まさかげ隊が交戦中との事」

「なっ⁉ いかん、それは罠じゃ!」

 小十郎は焦った様子で、伝令兵に政景をすぐに戻すよう伝えた。

 

「どういう事じゃ小十郎?」

「伏兵は寧ろおとり、これは相馬の『首魁討ちしゅかいうち』なり。緩んだ中央を一点突破し、得意の豪槍の陣で一気に本陣に攻め込む気で御座ろう」

「まずい! 本陣には愛がおる!」

 政宗はすぐさま馬にまたがり、反転の準備を始める。

 

「成実ぇ、お主は儂について来い! ここの指揮は小十郎、お前に任せる!」

「あいよ!」

「御意」

 坂道を急いで馬で駆ける政宗達。中央にいる第六陣が突破されたら、その先は愛姫と輝宗がいる本陣である。それだけはなんとしても阻止しなければならない。

 相馬の槍先はすぐそこまで迫っていた。

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