覚悟③

「遅いわよ、愛。どれだけ待たせるつもりかしら」

義姉上あねうえ……」

 自分の姉でもない人を姉と呼ぶのには、まだ抵抗がある。

 喜多にも言われたが、忘れていてもある程度愛姫を演じないと面倒になりそうなので仕方がない。

 のぼせた彼女を別室で横にさせ、義姫の前に座る。

 

「で、私に何の用ですか?」

「こ、これ! 愛姫様⁉」

 義姫の隣で愛姫の言葉使いを注意する男。名は村田宗殖むらたむねふゆ。輝宗の叔父、政宗の大叔父である。血気盛んな政宗との仲は、あまり良くないらしい。

 

「よい、宗殖。わらわこそ急に参ったのだから仕方がない。後、義姉上と呼ばなくてよいぞ。そちらの方が、お互い楽じゃろうて」

 聞いた通り、一癖も二癖もある女だ。

 この女から政宗が産まれたと思うと、納得である。

 

「そう。じゃあ義姫さん、今日は何の用で来たの?」

「うむ。そちの話が気になっての。生まれ変わった話、もう一度詳しく聞かせてくれんか」

 意外だった。まさか信じてくれるのかと思い、面倒だが義姫にもう一度説明する。

 

「ふむ。聞けば聞くほど信じられんの」

「義姫様、愛姫様が言っている事はおとぎ話ですぞ。こんな戯言信じてはなりませぬ」

 じゃあ聞くな、と遠い目で見る愛姫。

 

「じゃが、その話を真実に出来ん事もないぞ」

「え?」

 何か考えがあるようだ。面白いので乗ってみる。

 

「何なに?」

「これから近く何が起こるか教えよ。それなら、そなたの言う事が戯言ではないと信じようぞ」

 確かにそれなら信じてくれそうだが、数年後の話なのでどう受け止められるか。

 

「うーん」

 必死に前世の記憶を呼び起こす愛姫。引っ張り出すならインパクトのある出来事が良いだろう。

 

「どうじゃ、話せそうな事はあるか」

「そうねぇ、今から約二年後に武田は滅びるわよ、確か」

 愛姫の言葉に、義姫と宗殖は目を丸くする。

 

「武田とは、『甲斐の闘神』勝頼がいる武田か?」

「そんな呼び名なんだ。そう、その武田。残念よね、家臣に裏切られるなんてさぁ」

 義姫と宗殖はお互いの顔を見ると、クスリと笑い始めた。

 

「フフフ。何を言うかと思えば、あの武田が滅びると」

「ガハハ。愛姫様、やはり皆が言う通り、狐に化かされておるのではあるまいな」

 想定内の反応だが、やっぱり面白くはない。愛姫は顔を膨らませ、二人から目を逸らす。

 

「ふん! 信じられなきゃ信じなければいいわ」

「フフ、あいやすまぬ。少し予想外過ぎての。だが、中々良い線を突いているのかもしれぬ」

 笑った顔を戻し、「は?」と驚きの顔に変わる宗殖。

 

「確かに六年前『長篠の戦』で織田徳川連合軍に敗戦以降、武田の家内事情は芳しくないと聞く。この情報は織田や北条にも入っているじゃろ。いつ攻め滅ぼされてもおかしくないかもしれぬ」

 帯の隙間から扇子を取り出し、口元を塞ぎながらそう話す義姫。予想外の回答に、愛姫も驚きを隠せない。

 

「信じてくれるの?」

「いや、少し違うの。あくまで可能性はあると申してるだけじゃ。その答えは二年後にとっておくとしようではないか」

 ようやくまともな人間にあった気がする。愛姫の中で、義姫の印象が少しだけ変わった。変わったといっても、畜生から嫌味なオバサンに変わった程度だが。

 とはいえ、話が通じそうな人間に出会えて、少しだけホッとする。

 

「他にはないのかしら?」

「そうね――、ん――」

 腕を組みながら、天に向かって考え出す愛姫。しばらく考えたのち、とある出来事を思い出した。

 

「そうそう! そういえばソシャゲでの話だけど、確かその時期が来る前に信長が京都でパレードをするイベントがあったわね」

「そしや……? ぽれーど?」

「愛姫様、さっきからよくわからん言葉が混じってますぞ。我々にも分かるように説明してくだされ」

 面倒だが分かるように、たとえ話と身振り手振りで説明する。理解できたのか、義姫と宗殖はお互い内容を確認し始めた。

 

「なるほど。要約するに、京で信長は馬揃えをすると。それは武田が滅亡する前、早ければ年明けの話だと。そういう話か?」

「そうね。合ってると思う」

 ふむ、と相槌を打ちながら話の内容を理解した義姫。隣の宗殖は相変わらずの苦笑いだ。

 

「義姫様、まさか信じるおつもりですか⁉」

「まさか。しかし、嘘を言っているような眼には見えん。幸いその予言する馬揃えは近き出来事。なら気楽に待とうではないか」

 すると、義姫は立ち上がり部屋を後にしようとする。後ろからは宗殖も同行する。

 戸を開けると、そこには義姫の侍女達が外に数人待機していた。

 

「今日は楽しかったぞ。真実であったなれば、またそなたの知る夢物語を聞かせてくれ」

「考えておきます」

 帰り際、ニヤリと笑う義姫。愛姫は静かに彼女らが立ち去るのを見送る。

 部屋の戸が閉まると、奥の部屋からのぼせていた喜多が入ってくる。どうやら、体調は戻ったようだ。

 

「姫様申し訳ございません! お付きでありながら、姫様のお手を借りてしまうとは」

「良いって、良いって。ここのお風呂って熱いし、長時間入ってたらのぼせちゃうからね」

 この城の風呂は特別熱い。出羽国の気温からそう調節されているのか、普通の人間だと熱すぎるレベルだ。愛姫は前世の時から熱い風呂に入っていたため、この程度の熱さなら慣れたものだ。

 

「風呂で貰った姫様のげき、不覚にも若き時の殿を重ねてしまいました」

 顔を赤くして、妙にウットリした表情を見せる。

 

(え、どういう……)

 ハッ、と愛姫は理解する。輝宗を思い出すたびに顔を赤らめる理由。何故こんなに綺麗な喜多が今でも独身なのか。

 今でも片思い中なのだと、そう解釈した。

 

(へぇ、喜多さんも隅に置けないわね)

「ひ、姫様?」

(おっといけない)

 不気味な表情をしていたのを見られてしまう。こんな時代でも、恋する乙女の顔はいつでも甘酸っぱい。

 

(いや、逆か。むしろ熟しすぎて、ほろ苦い)

 喜多は、いつから輝宗に恋心を描いていたのだろう。輝宗は、何故喜多を侍女から外したのだろう。

 時代が二人を引き裂いたのか、そう思いながら愛姫は考えるのをやめる。

 人の恋路。こればかりは、予言するとつまらないからだ。

 


 ときは流れ、天正九年一月。

 米沢城別館の道場。政宗と小十郎、そして輝宗が見守る中繰り広げられる、女性二人の模擬戦。道場の中央で激しくぶつかり合うのは、愛姫と喜多だ。

 

「ハァ――!」

「ぐ……早い⁉」

 蹴り一辺倒だった愛姫のスタイルは、小太刀と脚を用いて接近し、隙が出来たら蹴りをぶち込む近距離特化型に進化を遂げていた。

 フットワークにも磨きがかかり、槍専門で戦う喜多との相性の悪さを感じさせない。

 

「おお……愛の奴、小太刀を使うようになってから蹴りが一段と増しておるわ」

「上半身を使うことで、足への負担が減ったのでしょう。身体のキレが半年前とは段違いですな、若」

 愛姫の成長に驚く政宗と小十郎。以前と比べ物にならない動きは、見物人だけでなく、対戦相手の喜多にも十分伝わっていた。

 

「姫様、これはどうです⁉」

 渾身の乱れ突きを繰り出す喜多。愛姫は華麗にかわし、懐に潜り込む。

 

「ようやく射程圏内」

「姫様⁉」

 今度は強烈な蹴りの連打が喜多を襲う。今まで無駄打ちが無かった分威力もあり、防御するのがやっとだ。

 防戦一方の喜多を見て、愛姫は木製の小太刀を投げ、ワンテンポ遅らせて得意の回し蹴りを繰り出す。

 投げられた小太刀は弾かれるも、その後の蹴りは喜多の木槍を半分にへし折った。

 

「おお!」

 衝撃で吹っ飛ばされた喜多は尻餅を付く。空中から落ちてきた小太刀を掴むと、そのまま喜多の前に突き出して見せる。

 模擬戦とはいえ、愛姫の初勝利であった。

 

「――ぃやったぁぁ!やっと喜多さんに勝った――!」

 飛び跳ねて大喜びする愛姫。喜多は自分の敗北が信じられないのか、呆然としている。

 

「若、姫様はやり遂げましたぞ!」

「おお、小十郎。まさか本当に初陣までに間に合わせるとは、なんて奴じゃ」

 喜びも束の間、小十郎の表情は曇る。

 

「しかし、若。本当に姫様を戦場に連れて行くつもりですか?」

「……阿呆が。連れて行きたいと思っていると、本当に思うか?」

 政宗の表情も徐々に曇り始める。愛姫の方を見て、唇を噛む。

 

「愛は、俺の言うことを聞かんのじゃ」

「は?」

「だから何度も初陣には来るなと言っておるのじゃが、殿にお願いするからいいの一点張りじゃ」

「まさか、まだ仲直りをしていなかったのですか?」

 未だに前回の出来事に決着が付いておらず、お互いの不仲に呆れる小十郎。

 

「もういい加減若から頭を下げれば良いものを」

「阿呆が。何故俺から頭を下げねばならん。先に手を出したのは奴ぞ」

「まったく、この二人は……」

 天を仰ぎ、二人の意地の張り合いに悩む小十郎。

 政宗初陣まで残り二か月前の話である。


 

 天正九年二月。

 場所は変わり、京都御所では盛大な軍事パレードが行われていた。

 明智光秀、柴田勝家、丹羽長秀などは高級な着物を身にまとい、豪華絢爛ごうかけんらんの振る舞いで織田家の財力を天下に誇示したのである。

 中央には金の烏帽子と派手な虎柄の袴を着た漢。この団体の大将であると、一目でわかるほどの存在感だ。

 その漢に光秀が近づいた。

 

「光秀。今宵の催し、大儀である。天子共が目を丸くしておったわ」

「はっ。恐悦至極に御座います、信長様」

 中央にいた派手な漢こそ、織田信長である。

 

「それと、ひとつ奇怪な情報が間者から……。殿が気にしていた出羽国からで御座います」

「ほう」

 天皇も賢覧したこの派手な軍事パレードこそ、愛姫が予言した『京都馬揃え』である。

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