生首、派手に転げる(11日目:坂道)

 翌朝、日が昇ってから街を出て、旅を再開した。

 昨日の不気味な空模様はどこへやら、今日は澄んだ空が広がっている。

「何となく、君の屋敷から遠ざかる方向に進路を取っているが、それで構わなかったかね、コンラート君?」

「それで構わない」

 冷たい風にマフラーをなびかせながら、コンラートははっきり言った。その碧い瞳は少し不安気だったが、昨夜よりはずっと、落ち着いている。

「――適度なところで、休めるところがあればいいのだがね……」

 どうだね、ジェフ? ランフォードが隣を歩くジェフに尋ねると、ジェフは肩をすくめた。

「この辺りに休める場所があるかは、一目見ただけではわからないぜ、ラン。随分と坂が多いからな」

 確かにジェフの言う通りだった。今歩いている辺りは、坂道が多くアップダウンも激しい。なのであまり遠くを見通せないのだ。

「しかし、今日は風が強いね。コンラート君も病み上がりだ。出来れば早いところ、休める場所を確保したいのだが……」

 ねえ、コンラート君? ランフォードが抱えているコンラートに話しかけたそのときだった。

 ひときわ強い風が吹いた。凍り付くような風が。

 その風が、コンラートが巻いているマフラーを吹き飛ばしてしまったのだ。マフラーは風にあおられ、宙を舞う。

「――待ってくれ!」

 コンラートが叫んだ。だがそれでマフラーが返ってくるはずもなく。

 ひらひらと、つぎはぎだらけの薄いマフラーは遠くに飛ばされていく。

「――どうしよう……」

「そうだね。何とか走って追ってみようか」

「――いや、ラン。お前は走るな」

 ジェフは、ランフォードの抱えていたコンラートの頭を、片手で持ち上げた。

「首だけ騎士。大切なものなら、お前が自分で掴んでこい」

 ジェフはおもむろに、コンラートの首を振りかぶると、投げた。

「うわああああああ!」

 コンラートの首は飛んだ。なかなかの距離を、飛んだ。

 地面に落ちてなお、止まることは許されなかった。そこは下り坂、コンラートの首は勢いよく転がっていく。

「――ジェフ! 何と言うことをするのだね!」

「見ての通りだぜ? ――いいか、ラン。俺様、共に旅をすることは承知したが、首だけ騎士を甘やかす気はさらさら無いぜ?」

 やれることは、自分でやってもらう。ジェフはそう言ってのけた。



 一方、坂道を転がっていったコンラートだが。

 下り坂が終わって、何度か道を弾んでからようやく止まることが出来た。

「……い、痛い……」

 なかなか容赦の無い男だ。何となく、騎士時代に受けたしごきを思い出させる。

「――そうだ、マフラーは?」

 コンラートは周囲を見回した。すると、近くの草むらにマフラーが落ちているではないか。

 また風が吹いたら飛ばされてしまう。コンラートは、必死に頭を持ち上げた。反動をつけて、少しずつ転がって、草むらに近付いていく。

 やっとのことでマフラーのところにたどり着いたときには、うっすら瞳に透き通るものが浮かんでいた。――自分の力で、取り戻せたのだと。

 さあ、どうやってまた首にマフラーを巻こうかと思案しているところに、ランフォードとジェフがやって来た。

「――自力で取り戻せたじゃないか、首だけ騎士」

 ジェフはぽんぽん、とコンラートの頭を叩く。

「転がったから、顔が汚れてしまったね。怪我が無くて何よりだ。顔はどこかで綺麗にしなくてはね」

 ランフォードはコンラートを気遣ってくれながら、マフラーを巻き直してくれた。

「これはどうあっても、街にたどり着くか、どこか水の使える場所を確保しなければね。――どこか、そういう場所の当てはあるのかね、ジェフ?」

「全く無い。――そのはずだったんだが、運が良いぜ?」

 ジェフはその長い指で、道の先を指す。

 そこには、澄んだ水をたたえた湖があったのであった。

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