生首も風邪をひく(9日目:つぎはぎ)

 寒風吹きすさぶ中を、一行は歩いていた。

 コンラートの頭に止まっていた鶺鴒せきれいだが、今は尾羽を振りながらちょこちょこと一行の先頭を歩いている。なかなかの早足だ。

「なかなか冷え込みが厳しくなってきたね。街にでも寄って、防寒具を買うべきだろうか。どうだね、ジェフ?」

「そうだな。それもいいと思うぜ」

「ならば、街を目指そうか。コンラート君、この辺りから一番近い街はどこだろうか?」

 いつもならすぐに返事が返ってくるのだが、コンラートの返事は無い。

「――コンラート君? どうかしたかね?」

 足を止める。ランフォードは抱えていたコンラートの首を持ち上げ、目線を合わせた。

 コンラートはこの冷え込みなのに、額に汗をかいていた。瞳は潤み、顔は真っ赤になっている。――そういえば、普段より頬がだいぶ熱くはないか?

「――これは」

「……どうやら生首でも、風邪をひくようだな、ラン……」

 ジェフがそう漏らすのと同時に、コンラートのくしゃみと鼻をすする音が響き渡った。



「うーむ、どうしようか。流石に薬は持ち歩いていないよ。ジェフはどうだね?」

「俺様も持ってない。第一、俺様達と同じ薬が、首だけ騎士に効くとは限らないぜ?」

 そうだった。ランフォードとジェフは魔族という異種族で、コンラートは生首だが元人間だ。同じ薬が効くとは限らない。

「コンラート君。大丈夫かね?」

「……ああ……」

 コンラートはそう言うが、あまり大丈夫そうには見えなかった。頬は火照っているし、額に手を当ててみると、かなり熱い。

「ジェフ。近くに人里は無いかね? コンラート君を休ませてやらないと」

「見たところ、村や街は無さそうだぜ、ラン」

 ジェフは少し身体を浮かせて辺りを見回している。

「生首なのは俺様の魔法で何とでも誤魔化してやるが、休む場所が無いのはなあ」

「そうなのだよね。どうにかならないものか」

 ランフォードがせめてもの風避けにと、己のマントでコンラートの首を包みこんでやりながら憂い顔になったときだった。足元にまだいた鶺鴒が、ランフォードとジェフの顔を見てから、チチンチチンと鳴きながら飛び立ったのは。

「――もしかして今、鶺鴒は何かを私たちに伝えたのではないかね? わざわざ私たちの顔を見てから飛んだのだよ、ジェフ?」

「案外そうかもな。何せ、あの鶺鴒は首だけ騎士がお気に入りなんだからな。――追ってみるぜ」

 ランフォードとジェフは頷きあうと、鶺鴒が飛んだ方向へと向かったのであった。



「――おお、鶺鴒がいたよ」

 鶺鴒は、ランフォードとジェフが追いついたのを確認すると、尾羽を振って走り出した。ちょこちょこと走るのに着いていくと、目の前に一軒の小屋が現れた。

「――おお、小屋だ。君が案内してくれたのだね?」

 鶺鴒は頷いた――ように見えた。鶺鴒は飛び上がってコンラートを名残惜しそうに見つめると、チチンチチンと鳴きながら飛び去って行った。

「きっと鶺鴒は君のことを想って、案内してくれたのだね。有難く、頼らせてもらおう」

 ランフォードは小屋の扉を軽くノックした。

「済まないが、誰かいるかね?」

「はい、どちら様ですか?」

 中から聞こえてきたのは、意外なことに若い女性の声だった。

 扉から顔を出したのは、声の印象と違うことのない、長い金髪と青い瞳の女性であった。彼女のまとう衣服には、あちこちにつぎはぎがある。

「どうかされましたか?」

「私たちの連れが、熱を出してしまったのだよ。済まないが、しばし休ませてはもらえないかね?」

「まあ、熱を――勿論構いませんよ。どのお方ですか?」

「こちらの彼なのだがね」

 ランフォードはコンラートの生首をくるんでいたマントを無警戒に外した。おい、ラン――ジェフが警告の声をかけていたにも関わらず。

「こちらの方ですか――って、身体が無い! く……首だけの方なのですか?」

 若い女性は目をまん丸にしてコンラートの生首を見た。彼女は仰天してはいるが、その表情に嫌悪の色は、不思議と無い。

「そうなのだよ、彼はわけあって生首になってしまってね。でも意識ははっきりしているよ。どうだね、彼を休ませてはくれないかな?」

 ランフォードとジェフは固唾を飲んで、返事を待つ。

「どうぞ――貧しいので、ろくにもてなしも出来ませんが」

 二人が信じられないことに――彼女は、頷いてくれたのだった。



「まあ――きっと長旅の間に、お疲れになったのでしょうね」

 エルナと名乗ったその女性は、てきぱきとコンラートの休む場所を整えてくれた。籠の中につぎは当たっていたが清潔な布を敷き詰め、そこにコンラートの生首を安置する。冷たい水で濡らした布を額に置いてもらって、ようやっとコンラートも落ち着いたようだった。

「君は――コンラート君の姿を見ても、何も言わないのだね」

 暖炉の火を調節するエルナの背にランフォードが声をかけると、エルナは振り返って小さく笑った。

「そりゃあ――全く驚かなかったと言ったら嘘になりますけど、世の中いろいろあるものですし」

「ほう? 肝が据わっているな」

 ジェフがにやりと笑ってエルナを見つめる。まるで値踏みするかのように。

「そうですか? でも、人間でも恐ろしい方はいますし、変わった姿でも良い方はいらっしゃるものですし」

 エルナは話してくれた。昔、人の中で恐ろしいことにあったこと。そして、そのときエルナを助けてくれたのはどう考えても、妖怪としか思えない存在だったということを。

「だから私、見た目では判断しないことにしているんです。あなた達の目は、悪い人の目じゃなかった。――その首だけの方も」

 それで私、あなた達を家に入れてもいいって思ったんです――エルナはそう語った。良い人間に巡り会った――内心ランフォードは、ほっとする。

「だいぶ熱が高いです。何とか下がってくれたらいいんだけど」

「きっと大丈夫だよ。君の世話を受けられたのだから。きっとコンラート君は慣れない旅で疲れたのだから、こうして雨風を防げる場所で一晩休ませて貰えれば、大丈夫だよ」

 コンラートを気遣ってくれるエルナに、ランフォードは微笑んでひとつ頷いてみせた。

「粗末なものしか用意出来ませんが、食事を用意してきますね」

 エルナが席を立つ。彼女の気配が少し遠くなってから、ランフォードとジェフは顔を見合わせる。

「良い人間で良かったね、ジェフ」

「全くだ。俺様が魔法を使う前にお前が首だけ騎士を表に出したから、俺様冷や冷やしたぞ」

「それは悪かったよ。――コンラート君が何とか、持ち直してくれれば良いのだけれども」

 コンラートは籠の中で静かに眠っている。

 その顔には疲労の色が濃いが、きっと一晩ぐっすり休むことが出来れば回復するだろう。

 小屋の壁は、強風に煽られてがたがたと揺れている。

 この風にコンラート君を晒さずに済んで良かった――ランフォードは眠るコンラートを見守りながら、ほっとするのであった。



 そして、翌朝。

「良かったね、コンラート君。だいぶ顔色がよくなったよ」

 目覚めたコンラートの熱は下がっていた。まだ鼻水は出ていたが、顔色も少しよくなっている。

「本当に熱が下がってくれて良かったです。あの、本当にもう旅立たれるんですか? 私ならもう少し滞在してくださっても構いませんが」

「いいんだ。一晩休めて、首だけ騎士の調子もだいぶ良くなったからな」

「ああ。俺たちに一晩の宿を貸してくれて、恩に着る」

 ランフォードの手に抱えられたコンラートは、エルナに向かって一礼した。

「いいんですよ。――あの、コンラートさん」

「何だろう?」

「まだ本調子でないようですから、これを。その……生首でも、これなら使えますよね」

 エルナはコンラートの首に、マフラーを巻いてくれた。つぎはぎだらけのマフラーを。

「ありがとう。大切に使わせてもらう」

「何から何まで済まないね。私からも、礼を言うよ」

 ランフォードはエルナに頭を下げた。コンラートは巻いて貰ったマフラーが嬉しいらしく、碧い目を輝かせている。

「じゃあそろそろ行くぞ、ラン」

「そうだね、ジェフ。ではエルナ君、失礼するよ」

 手を振ってくれるエルナに見送られて、一行は旅に戻った。

 エルナが小屋の中に戻ったのを確認してから、ジェフが小屋に向かって手を軽く振る。

「何をしたのだね、ジェフ?」

「補強だ。だいぶガタがきているようだったからなあ?」

 何だ、彼も感謝していたんじゃないか――黄金の光に包まれる小屋を見やって、ランフォードは笑う。

「コンラート君。君を見ても大丈夫な人もいたね」

「――ああ。彼女には、心から感謝しなければ」

 つぎはぎだらけのマフラーをなびかせて、コンラートは鼻水をすすってから心よりの笑みを浮かべたのであった。

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