首だけ騎士と相思鳥(8日目:鶺鴒)

 風はいよいよ冷たくなってきて、空の色もどこか寒々しくなってきた。太陽は雲に隠されていなかったが、その光は柔らかで、ほんのりとした温もりをもたらすだけだ。

 一行は、水辺で簡単な昼食を摂っていた。パンを、温かなスープに浸して食べる。勿論、首だけのコンラートには食べさせてやる形で。

「もう少し食べるかね、コンラート君?」

「いや、もう十分だ。いつも済まない、ランフォード」

「礼には及ばないよ」

 食事を終えたコンラートの口元をハンカチで拭いてやる。いくら首だけとは言え、清潔感は大事だろう。食べるのに用いた食器を片付け、そろそろ出立しようかとしたときだった。コンラートの頭に、一羽の鳥が止まったのは。

「……な、何だ? 俺の頭に何が止まったんだ?」

 軽く爪の感触でも感じたのか、コンラートは目を見開いておろおろしている。鳥はそんなコンラートのことなど気にも留めずに、悠々と寛いでいるようだった。

 その鳥は細身で、長い尾羽を持っているのが特徴的だった。その長い尾羽を、絶えず上下に振っている。黒い頭と白い頬をしたその鳥の顔は、なかなかに可愛らしい。

「……こ、こら! くすぐったいぞ! やめるんだ! というより、一体何が起こってるんだ?」

 狼狽えたコンラートは叫んだが、鳥は意に介さず尾羽を振り続けている。

「何が起こってるか、だけどね。君の頭で鳥が寛いでいるのだよ、コンラート君。種類が何かは私にはわからないが、なかなか可愛い鳥だよ」

「種類なら鶺鴒せきれいだぜ、ラン。綺麗な鳥だろ?」

 ランフォードは頷いた。鶺鴒。他の地方では見たことがあったが、ここにもいたのか。

「何二人で納得しているんだ、ランフォード、ジェフ! 何とかしてくれ!」

「……と、言われてもねえ。鶺鴒は君の頭がお気に召したようだよ、コンラート君」

 鳥――鶺鴒は、コンラートの頭を尾羽を振って歩き始めた。鶺鴒の機嫌はどことなく、良さそうだ。

「こら! 俺の頭は巣ではないぞ!」

 コンラートは怒鳴ったが、鶺鴒は全く気にしていないようだ。歩き回るのをやめたかと思うと、今度は頭頂部に座り込んだ。

「……な、何を考えているんだ、この鳥は……」

「さあな。案外お前を気に入ったのかもよ、首だけ騎士」

 喉の奥で笑いながら、ジェフは一人納得して愉しそうに頷いている。

「はあ? 俺が気に入った? 何故だ!」

「知らないか、首だけ騎士? 鶺鴒は他の国では別名、相思鳥というんだぜ。つまりはそういうことだ」

「……全く意味がわからない。ランフォードはわかるか?」

 転げない程度にコンラートは首を傾げている。最近ようやっと首が転がらない加減をコンラートも覚えつつある。良いことだ。

「ジェフ。意地悪をしないで、ちゃんとコンラート君に説明してあげたらどうだね?」

「説明か? 自分の頭を使わないと、ぼけるのが早くなるぜ? ――まあいい、教えてやろう。鶺鴒ってのは夫婦仲や恋人の仲が良いって象徴みたいにも言われる鳥だ。相思鳥もそこからついた名前だな。仲睦まじいって意味だ。要は首だけ騎士、鶺鴒はお前をそういう相手って見たんじゃないかって、俺様言っただけだぜ?」

 説明を終えると、ジェフはくっくっくとさも愉しそうに笑った。

「何だって? ――ちょっと待て、ジェフ。だとしたら、この鳥が雌だっていつ決まったんだ?」

「きっと女だろ。そう考えた方が俺様は愉しいからな」

「ジェフは何でも楽しみ優先かー!」

 コンラートが叫ぶのに、ジェフは笑って肩をすくめて見せるだけだ。愉しさは大事だぜ? と口にしながら。相変わらずな男だ――ジェフとは長い付き合いのランフォードだが、この辺りは昔からいっかな変わらない。

「コンラート君。あまりむきにならない方がいいよ。ジェフはこういう男だ。それよりも――本当に懐いているね、その子は」

 鶺鴒はコンラートの頭の上で座り込んだままだ。よほど居心地が良いのだろう。

「いっそ、その子のいたいだけいさせてやったらいいのではないかね? ――ああ、コンラート君にもそういう相手がいたかも知れないか。決まった相手がいたら、その子を側に置いたら浮気ということになってしまう」

 私たちと違って、人間社会は一夫一妻のところも多いからね。うんうん、と頷くランフォードに視線を向けると、コンラートは小さく溜息をついた。

「――俺には婚約者も、決まった相手もいなかった。敬愛する婦人はいたが、まだ声は――って、この姿になった俺には相手がかつていたとしても関係ない! というより何故あんたら二人とも、鳥を俺の相手にしようとしているんだ!」

「それくらい鶺鴒がお前に懐いてるからだな、首だけ騎士」

 顔を真っ赤にしてコンラートは叫ぶが、ジェフは意に介していない。ランフォードもだんだんおかしくなってきた。こんなに一行が賑やかにしているのに、鶺鴒は飛び去ることもなく、尾羽を振って、コンラートの頭で遊んでいる。

 この鶺鴒も、いっそ一緒に連れて行ってやるべきかね――。

 そう提案したら、コンラートの機嫌を損ねてしまうかも知れないが。

 鶺鴒を運ぶならやはり鳥籠が必要かね、とランフォードは声には出さずに考えるのであった。

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