7話 これからの日常

 大人しく降参を示す袋音は、遠くからトラックが走る音を聞く。明らかに普通のトラックの速度ではない音に、袋音を囲んでいる兵士たちは音のする方向を見て警戒する。


「何人かは目標をしっかりと捕らえておけ。俺らは周囲を警戒する」


 数秒後、病院の曲がり角から巨大なトラックが飛び出てきて、袋音たちのいる空き地へと突入してくる。


 トラックの外装を見て、袋音は複雑そうに顔を歪める。


「なんだ!?」


 兵士たちはハンドガンを一斉にトラックへ向ける。すると、トラックの天井が開いて何匹もの鷲が飛び出てくる。


「な、う、撃て!!」


 兵士たちは引き金を引く。何匹かには当たるが、空は暗くなってきた上にワシたちは素早く動き回るので中々狙いは定まらない。


 ワシたちは爪に刃物のような外装を取り付けており、降下と同時に兵士たちの頭に刃物を差し込んでいく。


 一匹のワシ、それもワシの中で最大級のオウギワシが地上へ降り立ち、その姿を人間へと変化させていく。


 そこには左目に眼帯をした50代ほどの男が現れる。白髪混じりの髪は雑にオールバックにしているが、逆にそれがこの男のカッコよさを引き立てている。


 ロングコートを羽織っていて、裾から出ている手のひらにはいくつものタコができている。


楯鷲たてわしさん……お久しぶりですね」


 袋音は緊張した様子で楯鷲に話しかける。


「おう……そいつが例のガキか?」


 楯鷲は葉巻のヘッドをナイフで切り落とし、火を点けながら袋音に尋ねる。


「そうですね」


 マルクとラルクも若干怯えた様子で楯鷲の前で座っている。マルクの背中に乗っている健介は、相変わらず気を失っている。


「あの、烏間とか、結愛(灰咲)ちゃんがまだ戦っていて……」


「分かってるよ。もうそっちの対応にも向かわせてある」


 袋音は「ありがとうございます」と小さな声で言って灰咲や烏間の帰りを待った。


 しばらくすると血だらけの烏間と、いくつも噛み跡がある灰咲が、男たちに担がれてやってくる。


「リーダー! 連れてきましたぜ!」


 楯鷲は担がれている烏間の方に向かう。


「借りができたな。カラス」


 烏間はちゃんと聞こえるように舌打ちをする。


「お前らとはできるだけ関わりたくなかったよ」、と烏間は台詞を吐く。


 楯鷲は微笑する。続いて灰咲の方に向かう。


「久しぶりだな」


 灰咲は喋る気力も残っていないが、ジッと楯鷲を睨みつけていた。


「ピューマ三匹によく戦ったじゃねぇか。ま、肝心の三匹はすぐ逃げちまったがな」


 そして烏間と灰咲は、楯鷲の部下に連れられてトラックは搬入される。


「袋音も乗るか?」


「……はい」


 袋音は渋々頷いた。楯鷲が登場してから病院周りはすっかり血の海になっていた。だが死体をどうするわけでもなく、楯鷲たちはすぐにトラックに乗って出発した。


 騒がしいトラックの中、袋音と楯鷲は向かい合うような席に座っている。トラックの中は、リムジンのように改造されていて、真ん中に長いテーブルがあってそれを囲むように席が置かれてある。


「災難だったな、今回の任務は」


「はい。まさか、柳生がこれほどまでに規模の大きい組織を、私たちにバラさずに作り上げてるなんて」


「んで、肝心の研究レポートとかは見つけたのか?」


 袋音は首を横に振るが、録音機をポケットから取り出す。


「彼の言葉は集めることができました。ハイになって色々喋ってくれたんです」


 袋音は柳生の演説を楯鷲に聞かせる。聞き終えた後、楯鷲は缶のビールを一口飲んでから口を開く。


「なるほどねぇ。んで、その第一号の新・生物ってのがこのガキか」


 袋音は次の楯鷲の言葉を警戒する。


「処遇はどうする」


 袋音はやはりか、と苦々しい表情をする。


「まだ学生だし、私たちで警戒するのは……」


「駄目だ。こいつも色々叩き込んでやらねぇとな。灰咲みたいに」


「わ、私は反対です! 望んでいないのに体を改造されて、それなのに私たちの一存で戦いの人生に身を置くなんて……」


 楯鷲は「はぁ」とため息を吐く。


「んな虫のいい話が通用するか。よく考えろ。このガキは柳生と繋がりのあるヤブ医者どもの美味しい実験対象だ。否が応でもこのガキは裏社会から狙われる。そんな時、身を守る術は必要だ。なんなら、こっちの戦力にしちまえばいい」


「それでも……人員を大上君の護衛に割けばいいだけじゃないんですか?」


「おいおい、任務は大事だぜ? このガキも任務で守る人間も等しい命だ。どちらかを優先するなんざ出来ない」


 袋音は黙ってしまう。楯鷲の言っていることは筋が通っているし、反論のしようがないと袋音は思った。それでも、彼女はやはり大上のことを可哀想と思わずにはいられなかった。




 健介は誰かの話し声で意識が覚醒する。暗い闇の中にいた健介は、瞼をゆっくりと開いて、眩しそうに目を細める。


 そして視界の先には……二人のツインテールの女子がいた。一人は水色の髪の毛で、もう一人は深い青色だ。


「え……」


 健介は掠れた声で言う。すると、水色の方の女子が「あ!!」と大きな声を出す。


「起きたよー! ワシ野郎! 起きたぞーって、この人は誰なんだっけ」


 すると青色の方が水色の女子の頭にチョップを入れる。


「叫ぶなうるさい。あの、騒がしいでしょうが、おはようございます。ここは新類協会の本部です」


 健介は瞬きを何度か繰り返す。


「うわー、お目目パチパチするのはやーい! 私とどっちがはやいかな?」


「だーもう! うるさいから秋穂あきほはどっかいって!」


 秋穂と呼ばれた、水色のツインテールの女子は笑いながら、凄まじい速度で部屋の外へと走っていく。


「ごめんなさい、ほんとに。あ、私は古森宵華こもりよいかと言います。さっきのうるさいのが打長秋穂うちながあきほです」


「う、ううん。全然大丈夫だよ。けど、俺はなんでここに……?」


 宵華は「どう説明しよう」と言わんばかりに戸惑う。だが、そこで「俺が説明するよ」と部屋の入り口から男の声が聞こえる。


 そこには、健介はまだ顔を知らないが、楯鷲がいた。楯鷲の後ろで、秋穂はなぜか縄跳びをしている。


「ワシ野郎を呼んできた!」


 秋穂はそう言いながら縄跳びを続けている。


「秋穂、ワシ野郎とか言わないでお願いだから。その人は、トライイーグルの団長さんよ」


「」


 宵華は顔を青ざめながら秋穂に懇願する。健介は、楯鷲の存在だけで発している威圧感に圧倒されている。


「まあ好きに呼んでくれ。そんで、大上健介はお前で間違いないな?」


 健介は緊張しながら頷く。楯鷲の後ろで謎の行動をとっている少女のおかげで、なんとか気は紛らわしている。


 楯鷲は健介が眠っていたベッドの横にある椅子に座って喋り始める。


「柳生病院のことは覚えているか?」


 健介は、朧げになっていた記憶が一気に流れてきたような気がして、震えながら頷く。


「そうだな……んじゃ、お前が気絶している間のことを話してやろう。烏間、灰咲、袋音はお前を守るために戦っていたんだ。誰も死んじゃないない、よかったな」


 健介は三人の顔を思い出し、自責の念に潰されそうになる。


「まあ気にすんな。お前を任務に一緒に連れて行ったのはカラスのせいだからな。んで、お前は気絶して、怪我もあったわけだからここで看病しているんだ。一応、自宅の方にも連絡入れておいたぜ」


 続いて健介は母親の顔も思い出し、またもや申し訳なく思った。


「んで、ここからが重要な話だ。お前は柳生のおもちゃになって、日本だけでなく海外の研究者たちの的になった。それで二つの選択肢が生まれる。てかまあ、ぶっちゃけると一つしか道はないが……この新類協会で働くか、この場所で外出を許されずに生きていくかだ」


 健介は突然の選択に言葉を失う。なにがどうなっているか、健介はまるで分からなかった。


「え、僕が灰咲や烏間さんみたいに戦うってことですか?」


「そうだ」


 健介は全力で首を横に振りながら「嫌です!」と答える。


「やっぱな……」

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新・生物 @kazumaru0305

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