6話 新類
「それでは、この実験のことを話すためには、無知なる大上君に、基礎知識を話さねばならないね」
烏間や健介、灰咲も袋音も黙る。
「いいね、静かな生徒は大好きだ。では、まずそこにいる烏間などの人間はどうやって生まれたのかを説明しよう」
そこで柳生は白衣のポケットから小さな瓶を取り出す。中には青色の溶液で満たされている。
「この中には、コピー細胞、というものが入ってある。2001年、とある人物はアフリカでの動物研究をしている時、たまたまこの宇宙からの贈り物を手に入れたのだ。この細胞は隕石に付着していたんだ」
唐突にスケールの大きい話に、けんすけはたじろぐ。
「そしてその……まあ、今はF博士とでも呼ぼう。そのF博士は細胞を研究していくにつれて重大なことに気付く。それは細胞があらゆる生物のDNAを記憶できることだ。それも部分的に」
柳生はそこで咳払いをして一息つく。
「そして、F博士はマウスを使ってとある実験をした。それは茶色い毛のマウスのDNAをコピーした細胞を、灰色の毛を持つマウスに組み込んだのだ。すると、灰色の毛を持つマウスは自由自在に毛を茶色くしたり、灰色にすることができるようになったのだ。これはなにもマウス同士じゃなくてもできる。ライオンのたてがみだってマウスに付けることができた」
健介は聞いているうちに気持ち悪くなってきた。なにせ、自分はその既存の実験よりもさらに未知のことをさせられているのだから。
「それで人間とカラス。人間と狼。人間とピューマ、のようにあらゆる組み合わせを使って、大国は密かに軍事力を強化している。兵器だけでなく、足軽も大事な戦力だからね。そして、人となにかの生き物を混ぜた人のことを、業界では新類と呼ぶ。さて、ここまでの話は一応理解できたかな?」
健介は微かに頷く。
「よしよし。では、ここからが私の実験だ。まず、コピー細胞は一人につき一種類の動物しか埋め込むことはできない。そこの烏間君が今から熊になることは不可能だ。それは他の生物同士の構造が繋がりすぎると、崩れてしまうからだ。けど、僕は違う。僕は成功したんだ……ふふ。他の生物の特徴自体を人間のモノにすることをね!」
そう言われても健介はピンと来なかった。
「いいかい? 烏間君の生やすカラスの羽は、所詮カラスが持っていた羽なんだ! だが、僕は、人間のコピー細胞にカラスの羽の形状を覚えさせて、人間の細胞のままにすることを可能とした!」
健介はなるほど、と思うのと同時に自分がその被験者であることを理解してまた吐きたくなってきた。
「あぁぁぁああぁ!! ここまで長かったよ! 数えることおよそ400人! 全員異形の死体となっただけだった! けど、君、大上健介だけは僕の実験体の唯一の成功者だ! 僕は君に新・生物と名付けるよ」
健介はついに胃から込み上げてきたものを吐き出した。自分の体がぐちゃぐちゃにされている。そんなことを想像するだけで健介は涙が出るほど気分を害する。
「君にはいーっぱい特徴を付けたよ。なんなら、まるでアニメやドラマのように、動物にすらないような性能を取り付けてあげた。君はまだ自覚していないだけだ……さあ、一緒に僕と来てくれ」
柳生は健介に向けて手を差し伸べる。そこで灰咲が柳生の腕を思い切り蹴り上げた。骨の砕けるような音すらした。
「ふざけんなよ!
何人かの兵士たちが灰咲の体を押さえる。柳生は痛がる様子もなく「そんな怒りなさんな」とせせら笑う。
「これは凄いことなんだ狼ちゃん。この力さえあれば腕や足、体の一部を失った人の力にもなれる」
灰咲は押さえつけられても、歯を食いしばりながら柳生のことを睨みつける。
「そうしてないのがあんたでしょ……」
「これからしようかなー。なんちゃって! じゃあ、兵士の皆さん大上君を連れてって。あと反抗する奴が現れたら全員殺してね」
健介は絶望でただぼーっとしているだけで、兵士に引っ張られても抵抗しなかった。
「長々と話してくれてありがとう。おかげ様で逃げれそうだ」
烏間はこっそりとロックを解除していた丸い玉、を柳生とその周りの兵士に投げつける。すると、丸い玉からは一気に電流が放たれて兵士たちを気絶させていく。残念ながら健介にも直撃したので、健介も気絶する。いや、この際無気力になった方が扱いやすいのかもしれない。
柳生が身を守る動作の隙をついて、マルクとラルクが健介を連れ去る。
「あいつら、逃げるぞ!」
一人の兵士はマルクとラルクを銃で殺そうとするが、その横顔を袋音が殴打する。
「行こうか」
烏間はそう言いながら煙玉を落とし、兵士たちの視界を塞ぐ。
四人と二匹は来た道を全力で走って戻る。だが、そこで灰咲は獣の匂いを嗅ぎ取る。
「あいつら……!」
戻る道には、地下二階で戦った海美と二人のギャルがいた。
「やっほー。バーバリーは諦めんからな」
「クソビッチが」
灰咲は率先して茶髪のギャルに殴りかかる。
「マルク、ラルク! 私のことはいいから早く行って!」
マルクとラルクは「クゥン」と悲しげに鳴きながらも、命令通り健介を連れて逃げ出す。
烏間は振り返ることもなく狼たちと逃げていく。ついに外に出るための鉄の扉を発見して、烏間と袋音、狼たちは病院の裏側の空き地に出る。
しかし、そこには既に兵士たちが銃を向けて取り囲んでいた。
「……袋音、逃げろ。俺が時間を稼ぐ」
烏間はそう言って、腕を羽に、足をカラスの脚に変化させ、その脚で弓を構える。
「さあ、銃撃戦といこう」
烏間は躊躇いなく兵士たちに矢を放つ。袋音は、敵が銃を撃つ前に殴る、を繰り返して健介を背負うマルクとラルクの脱出経路を確保する。
その間に、袋音は空がなにやら騒がしいことに気づく。上を向いてみると、彼女の視界には大量のカモメがいる。カモメは急降下していくうちに次第に人の姿になっていく。
「そんな……」
袋音は呟く。カモメの新類の兵士たちは一斉に袋音に銃を向ける。八方塞がりだと袋音は大人しく両手を上げた。
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