第15話 猫(白)

「昔ね、花楓が猫を飼いたいと言ったんだよ」


 とあるビジネスホテルの一室、備え付けの青いパジャマに袖を通した黒髪の男は、クイーンサイズのシングルベッドに横たわり、天井を眺めながら思い出を語る。


「好きなアニメの影響でね、黒猫を欲しがっていた」

「貴方達は魔法使いだから、いいバディになっただろう」


 返事をしたのは、テレビの前に配置された丸テーブルに、敷物もなくそのまま置かれた白い生首。つまらなそうにバラエティ番組を眺めながら、黒髪の男の言葉に耳を傾けている。

 黒髪の男は苦笑しながら首を横に振り、結局黒猫は迎えなかったのだと告げた。


「椿さんが嫌がったんだよ、君のお世話があるのに、他の動物の面倒なんて看てられないって。花楓が納得するまで……花楓に納得させるまで、お話していたな」

「それ、小生は悪かったと言うべきか?」

「気にしないで、家族の問題だよ」


 そうは言われても思う所はあるようで、何かを言いたそうに顔を歪める白い生首。いつものごとく、言葉にすることはできそうにない。

 天井を眺める黒髪の男の視界にも当然相手の顔は見えず、黙り込む白い生首は気にせずに、続きを口にする。


「それから数日、花楓はひどく落ち込んでいつも以上に口数が少なくなるし、椿さんの機嫌も悪くなるしで大変だったからさ、アニメに出てくる黒猫のぬいぐるみを買ってあげたんだよ。このっくらい大きいやつをね」


 両手を広げてみせるが、テレビに顔を向けている白い生首からは絶対に見えず、自力で振り返ることもできない。それでもどんな動作をしているかは音で何となく分かるから、普段自分を抱えて歩く黒髪の男の両腕を思い出す。

 それなりに大きいなと白い生首が返せば、値段もけっこうしたよと現実的な答えがきた。それこそ妻の機嫌が悪くなりそうなものだが、そういうことは気にしない人だったんだと、黒髪の男は付け加える。


「花楓はすごく喜んでくれてさ、修行と食事の時以外はいつも一緒にいたよ。いらないだろうに、服とかも布を用意して魔法で作ってあげてさ、おままごとセットの食べ物のおもちゃでご飯あげるフリしたり、猫可愛がりってやつをしてたね」

「表情の変わらない娘だったのに、可愛い所もあったんだな」

「僕に似ちゃって可哀想にね」

「貴方はけっこう笑っている」

「君と旅をするようになったからね」


 黒髪の男は身体を起こすと、テーブルまで近寄ってテレビを消し、白い生首を持ち上げる。


「そろそろ寝よう。明日は早い」

「どうせ小生は運ばれるだけだ、寝るまでテレビを観ていたい」

「ちゃんと寝ようね、アヴィオール様」

「融通の利かぬ男め」


 大した抵抗もできずに運ばれ、枕に置かれた白い生首。心なしか瞼は少し下がり気味だ。黒髪の男はその様子にくすりと笑いを溢し、隣に横たわる。


「……ぬいぐるみだけじゃなくてさ、色々買ってあげたんだよ。タンバリンとか、フラフープとか、ヘアゴムや服とか。それに確か……お面も買ってあげたな」

「お、めん?」

「花楓と二人で夏祭りに行った時に、お面屋で売られていたから買ったんだ。嬉しかったのかな。祭りの間はずっと、家に帰っても、次の日になっても、花楓は黒猫のお面を被り続けていたよ」

「きに、いったな」

「みたいだね、しばらくの間は付けてたけど……あれ、どうしたんだろうな、最終的に」

「……」

「アヴィオール様?」


 耳を澄ませば寝息が聞こえた。

 黒髪の男は吐息を溢し、起こさないよう注意しながら動いて、照明を落とす。暗くなった室内、枕に頭を埋もれさせながら、明日の予定を脳内で確認する。

 もはや妻子のこと、娘の為に買った黒猫グッズ、特に行方の分からなくなった面のことなど、黒髪の男の頭からは抜け落ち、やがては夢の世界へと旅立っていった。

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