第16話 面

 少女が吸血鬼について思い返してみれば、いつも吸血鬼は笑みを浮かべ、穏やかな態度で接してくれていた。

 吸血鬼は生首の従者だ。なのに吸血鬼は、何かと少女の為に気を配っている。

 自身の食事は外出時に適当に済ませるくせに、少女の食事に関しては、少女が好きなものや食べたいものを買いに行き、時には調理もし、食事中は生首と共に傍にいてくれた。

 手が空くたびに洋館中の掃除をし、洗濯済みの少女の服にアイロンを掛けて届けてくれたりと、嫌な顔一つせずに色々とやってくれる。

 それが少女には、不思議だった。

 少女は、吸血鬼の主を生首にした女の娘。恨まれることはあっても、尽くされる覚えはない。なのに何故、優しくしてくれるのか。

 ──どこか、傷ついたような笑みを向けてくるのか。

 皿洗いをしている最中に、無表情で泡まみれのスポンジを眺める吸血鬼の横顔を、時折見掛けることがあった。


『……アスター?』

『……あぁ、カエデ。何かご用ですか?』


 名前を呼べばすぐに表情はいつもの笑みに切り替わる。面を被ったような不自然さで。それが少しだけ、少女は気になった。

 ちゃんと笑った所を見てみたい。

 だけど、どうすればいいのか。

 自分がそもそも、表情の変わらない人間だというのに。

 吸血鬼が整え、自身が寝返りを打ったりして乱したベッドに横たわり、天井を眺めて少女は考える。

 考える。

 考える。

 考える。

 考え……。


『花楓は本当に、そのお面が好きね』

「……っ」


 いつかの記憶を掘り起こす。

 父と二人で祭りに行った時、少女は屋台で面を買ってもらった。当時好きだったアニメの主役、黒猫のキャラの面。

 すぐに顔に被せて、はしゃぎ回ったら転んだ。特に少女が泣かなかったせいか、父は笑いながら少女の汚れを払い、手をしっかり繋いで道を歩いた。

 祭りが終わり家に帰っても、次の日になっても、次の日になっても、次の日になっても、何日経とうと、暇さえあれば少女は黒猫の面を被り続ける。

 転んだらどうするのと怒っていた母も、その内、娘の子供らしい姿を微笑ましく思ったのか、笑みを向けてくるようになった。


『花楓は本当にあのキャラ好きよね』

『可愛いよね』

『本当にね』


 在りし日の記憶に、疼く胸はなかった。

 ただただ、ヒントを見つけられた、としか思わず、ベッドから抜け出る。


「……カエデ」


 起こさないよう気を付けたつもりだが、どうやら生首は目を覚ましたらしい。少女が視線を向ければ、半分瞼の開いた、いかにも眠そうな生首の姿が目に入る。


「まだ、寝てていいよ」

「そうか」


 瞼が完全に閉じた生首を眺めながら、面のことを考える。いつの間にか使わなくなった面。どこに仕舞ったかよく覚えていないが、もしかしたら納屋にあるんじゃないかと少女は思う。

 父が買ってくれたおもちゃは、段ボール四箱分。そんな大量の物を収納できる場所は限られていた。

 最初に納屋を見に行こう。それでもし見つけられたら、アルコールシートなどで拭いて、それから……生首に被せてみようか。

 似合いそうな気がする。

 そんなことをしたら吸血鬼が怒るかと、少女は少し思ったけれど、一度でいいからこっそりやってみたかった。

 椅子に掛けていたクリーム色のカーディガンを寝間着の上から羽織り、足早に外へ出る。

 吸血鬼とは遭遇しない。

 また生首の胴体を探しに行ってしまったのかと思いながら、少女は納屋を目指して足を動かし──ふいに止める。


「あれ?」


 温室の扉が少し開いていた。

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