3-2
「きみ姉ちゃーん! 準備いーよー!」
志門がVRゴーグルを装着して、コントローラーを手に持っていた。
また、津軽海峡の上空である。
ただ今日は目の前に飛んでいるのは、この
「仁様、スーパーロボットです」
「んっふっふ〜、アインフォーマーはツヴァイフォーマーの
「オレそれ知ってる! 『クロウト向け』ってヤツだ!」
「そうです志門様! 漢のロマン、試作機です!」
「うおおおおお!」
よくわからないが盛り上がっている。
本当は儀武が練習相手になるはずだったのだが、志門がやることになった。野球の練習が中止になったので暇らしい。
儀武曰く、志門は「操作にだいぶ慣れてる」らしい。儀武に連れられて、この家を造った知世建設に遊びに行って、ちょくちょくロボット操作のシミュレーターで遊んでいたそうな。いつの間にそこまで仲良くなってるんだ。
「でも、きみ姉ちゃん、ツヴァイフォーマーに攻撃して大丈夫なの?」
「大丈夫です、練習モードですので、実弾の代わりにCGが出てきます。それを相手に当ててください。ただし、近接戦闘は控えてくださいね。本当に壊れてしまうので」
「りょーかーい!」
志門が元気よく返事する。きみ姉ちゃんなんて呼び方が気になるが、そこは今は言及しないことにする。
志門がコントローラーをガチャガチャと動かす。アインフォーマーがこちらに向かって手を振る。
あれに直接乗り込むのではなく、こちらから遠隔操作するらしい。まあ、その方が安全か。
「とーちゃん、本気でやって良いんだよね?」
随分と生意気なことを口にするようになったもんだ。普通なら怒るところかもしれないが、少し感慨を覚えてしまう。無邪気に遊ぶだけだったのが随分遠いことのように思えてくる。
だが、シミュレーターで訓練してたらしいとはいえ、子供相手にですら俺は負けてやるつもりは無い。シミュレーターはシミュレーターだ。実戦に関しては俺に一日の長がある。
そして、敗北から得られる糧もある。男はそれで大きくなる。俺は志門にそれを教えてやるつもりだ。
「本気で来い志門! 俺も本気で行くぞ! クレイヴ・ソリッシュ!」
「ああ! また初手で必殺剣を出した!」
儀武が嘆いている気がするがもちろん無視する。
「おやくそく」も大事だが、それだけでは社会という大きな海を泳いではいけない。清濁併せ呑め志門。強くなれ。
「天地斬!」
「イェーイ! 10連勝!」
「なんだと……」
YOU LOSE。デカデカと画面に表示されていた。この画面を見させられるのも10回目だ。
「ふんぬっ!!!!!」
俺はクッションに強烈な右フックを食らわせた。
「とーちゃん、いつもイライラしても物に八つ当たりすんなって言ってるじゃん」
「八つ当たりじゃない、アンガーマネジメントだ。志門、もう一回やるぞ」
「えー、嫌だよ、とーちゃん弱すぎるし、きみ姉ちゃんとやりたいー」
「バッ……この野郎! 父親に向かって弱いとは何事だ!」
「まあまあ仁様落ち着いてください」
儀武が間に割り込んできた。
「仁様は天地斬に頼りすぎなんですよ」
「あれがこのロボットの一番強い攻撃なんだろ? だったらそれを初手で使うのが一番効率的だろうが」
「でもさー、とーちゃん。天地斬って当たれば一撃なんだけど、大振りだから避けやすいんだよね。それに一回使うと次に天地斬を使えるようになるまで5分間空けなきゃいけないじゃん? とーちゃん天地斬ぶっぱしかしないから、そこだけ注意すれば楽勝なんだよね。あとは逃げるか小型ミサイル撃つかくらいしかしないし」
「くっ……」
俺の中で、息子に言いくるめられる悔しさと、息子の成長を喜ぶ嬉しさが戦っている。いつの間にこんなに考えて遊べるようになったのか。クソッ、若干悔しさが優勢だ。
「つまり、志門様の方が、仁様より考えて戦ってらっしゃるってことですね」
「くそおおおおお!」
儀武のくせに正論を言いやがって。
「じゃあどうすれば良いってんだよっ!」
「天地斬以外の武装も使えば良いんですよ。仁様はツヴァイフォーマーの説明書ってどこまで覚えました?」
「説明書は……」
読んでない、とは口に出せなかった。
儀武が呆れたような目でこちらを見てくる。
「……そんなことだろうと思いましたよ」
露骨にため息を吐かれる。
「こちらをご覧下さい」
百科事典と見紛うほどの大きさの本を取り出した。表紙には『ツヴァイフォーマー取扱説明書』とある。
儀武が赤いポストイットの貼られているページを開くと『ツヴァイフォーマー武装一覧』と記載されていた。イラスト付きで武器の説明がびっしりと書かれている。
「ツヴァイフォーマーには今日現在122の武器が搭載されております」
「そんなにあるのか……」
「日曜日までに全部覚えてください」
「ぜぇんぶぅ!?」
「当たり前じゃないですか。今の仁様はチョキしか使えないのにジャンケンしてるようなもんですよ?」
「それにしたってなあ……」
122は多すぎる。それだけ覚えても全部を活用するとは到底思えない。スマートフォンですら一度も開いたことのないアプリがいくつあるって話だ。
「今日はせめて10くらいは覚えてください」
「まあそれくらいなら……」
「じゃあ練習試合しながら覚えていきましょう。まずは防御の基本『ヘキサバリア』を使ってみましょう。志門様がミサイルを放つので、直撃する前にR3ボタンを2回、Bボタンを1回押してください。では志門様、よろしくお願いします」
「りょーかい!」
志門が何かコマンドを操作すると、アインフォーマーの胸の辺りに光が集まりだした。なんかしらんけどヤバそうな気配がするぞ!
「仁様早く!」
「えーとえーと、R3を2回、Bボタンを1回!」
強烈なレーザーがこちらに向かってくる。
直撃する。思わず目を閉じそうになった瞬間、眼前に六角形の光が広がった。これがバリアか。レーザーはバリアに防がれて、こちらに到達する前にかき消えた。俺は安堵の息を吐く。
「次は『トライバリア』を使います。L1ボタン、R2ボタン、Bボタンの順に押してください」
今度はミサイルが前後左右から飛んでくる。くっそ、次から次へと!
「L1! R2! B!」
今度は無数の小さい三角形が周囲に展開してミサイルを防いだ。
「仁様グッドです! 『トライバリア』は『ヘキサバリア』より強度に劣りますが、敵弾を追尾しながら防いでくれるので便利ですよ」
「なるほど!」
「じゃあ次の攻撃行くよー!」
志門が複雑そうなコマンドを入力すると、今度は今までと比較にならないほどの数の機雷が前後左右上下から飛んできた。どーするんだこれ。
「『オールレンジ・レーザー』で撃退しましょう! R1、R1、→、X、Y、Y、L2、R4の順に押してください!」
「わ、わ、わ、えーと、えーと、R1、R1、→、X、Y、Y、L2、R3!」
レーザー。尻から出た。ミサイルは全て直撃した。
画面にYOU LOSEの文字が浮かぶ。
「仁様! 『オールレンジ・レーザー』を撃ってくださいって言ったじゃないですか! 『テイル・レーザー』を撃ってどーするんですか!」
「やかましい! いきなりコマンド難しくなりすぎなんだよ!」
「きみ姉ちゃんも、とーちゃんも、ケンカすんなよー。まだ4日あるんだしさ」
4日。それまでに122のコマンドを覚える。出来るのか。出来る気がしない。まだTOEIC満点の方が勝ち目がある気がするぞ。
「そのコマンドを全部覚えてようやくスタートラインですからね」
ため息が出てきた。誰か、代わってはくれないだろうか。
ポケットが細かい振動を繰り返す。スマホを取り出して画面を見る。
『訓練おつかれさまです!』
『そろそろ戻ってきてくださいねー』
『今日はミートグラタンです!』
陽子からLINEが来ていた。買い物が終わったようだ。とりあえず機嫌は治ったようだ。ツヴァイフォーマーの訓練をするって伝えておいて良かった。
憂鬱な事はゼロにはならないが、まずは一家離散の危機を回避したことを喜ぶことにしよう。
俺はツヴァイフォーマーの帰還コマンドを入力した。
今のところ、天地斬以外に自信を持って入力出来る唯一のコマンドだ。
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