第3話 父の威厳を取り戻せ! 熱戦! 音速剣士シュババイン!

3-1

 水曜日である。

 水曜日の昼休みである。

 俺はひとり、ハッピーピエロ函斗駅前店のすみっこで、シャイニングチキンバーガーを頬張っている。


 週末になると観光客でごった返すこの店も、さすがにど真ん中の平日だと、客のほとんどが地元民だ。とは言え、多少待たされるくらいには客の入りは多い。

 腕時計を一瞥する。あまり悠長に食っている時間は無さそうだ。出来ることなら閉店まで長居したいくらいなのだが。


 フレンチポテトフライを一口かじる。ため息が出る。


 前回の戦いから3日経った。

 いまだに、家族からはまともに口を聞いてもらえない。

 いわゆる「スーパーロボットのおやくそく」とやらを守らなかったのが、相当彼女たちの逆鱗に触れたらしい。

 効率・確実性を重視することの何が悪いのか。

 陽子はともかくとして、佳美奈と志門——いわゆるZ世代とやら——はタイムパフォーマンスを第一に生きてるんじゃないのか。どうしてあそこまで軽蔑されるのか。


 更によろしくないことに、職場の連中からも蔑むような扱いを受けている。

 先週までは棚橋フィーバーが巻き起こっていたというのに、今週に入ってからはロクに目も合わせてもらえない。

 チヤホヤされたいわけではないが、冷たくされるのは勘弁だ。俺はとても悲しい。


「ふぅ……」


 ため息ばかり出てしまう。今日はなんかコーヒーが苦く感じる。


「おや、棚橋仁様ではないですか。奇遇ですねえ」

「げっ」


 シャイニングチキンバーガーの二口目を行こうとした瞬間である。

 聞き覚えのある声がして上を向くと、知世建設の儀武君枝がそこにいた。


「外食なんて珍しいですね、いつも陽子様お手製のお弁当を食べてる気がしますが」

「……俺だって無性にハッピーピエロに行きたくなることくらいあるさ」


 言えない。

 月曜日の弁当が白米とふりかけだけで、

 火曜日の弁当が白米だけで、

 今日に至っては弁当箱が空でフタの裏に500円玉が貼り付けてあったなんて言えない。


「なるほど、今日は弁当箱に500円玉しか入ってなかったんですね」

「人の心を読むんじゃない」


 儀武は何の断りもなくテーブルの向かいに座る。

 両手には山ほど料理の乗ったトレーを持っている。

 それにしても随分とたくさん乗っかっている。おおかた、誰かと待ち合わせしていて、その知り合いの分を先に注文していたというところだろうか。


「知り合いでも待ってるなら、空いてるテーブルに座ったらどうだ? そこ以外にも席は空いてるだろ」

「え? 誰も待ってませんけど?」


 儀武は目を丸くした。


「……それまさか全部1人で食うのか」

「そうですけど」

「え?」

「え?」


 トレーの上には、


 エビチリバーガー

 トンカツバーガー

 焼きカレー

 ハッピーポテト

 オムライス

 シャイニングチキン焼きそば


 が、乗っていた。


「こ、この量を全部1人で食うのか……」

「夜に飲み会があるので少し控えめにしてますが、ってそんなことは良いんですよ!」


 儀武は人差し指を立てて腕を突き出した。


「特訓しませんか?」


 思いがけない言葉に面を食らう。


「特訓ってなんの特訓だ?」

「スーパーロボットの操作に決まってるじゃないですか!」

「いらんいらん、前回のやり方で残りの10体も倒せるだろ」


 俺は平手を振った。ハエを追い払うときの動きだ。


「あんな戦い方ですと、序盤のうちにますよ?」

「いやいや、あれが最良かつ最強の戦法だろ」

「あれは相手が弱かったから通用したんですよ? それにもしあの戦法がこの先も通用したとして、あんな塩試合を続けてたら、ご家族様にずっと口を聞いてもらえなくなりますよ?」

「うっ……」


 それだけは嫌だ。しかし、コイツに頭を下げるのも、「おやくそく」とかいう茶番に付き合わされるのも嫌だ。


「私に頭を下げるか、ギスギスした家庭生活を過ごすか、選んで良いですよ?」


 儀武が自信満々に言う。

 頭に駆け巡る、家族不仲、離婚、一家離散のストーリー。


「大切なご家族と離れ離れになっても良いんですか?」


 そんなこと言われたら、いや、言われるまでもなく、答えなんて最初から一つしかないのだ。


「……よろしくお願いします」


 俺には、家庭より大事なものなど無いのだ。


「はいっ! じゃあ今から特訓に参りましょう!」

「いいい、今から!? 俺はこれから午後の仕事だぞ!」

「ご心配ご無用です! こんなこともあろうかと、仁様の半休を申請しておきました!」

「な、なんだと!? そんなこと勝手に出来るわけないだろ!」

「今川さんって方に事情を話したら快く承諾してくれましたよ?」


 今川さん……そんなに俺がおやくそくを破ったのが嫌だったのか……


「『鍛え直してあげてください!』って仰ってましたよ?」

「今川さん……ああもうわかったよ、それ食い終わったら行くぞ」

「もう食べましたけど?」

「なん……だと……」


 儀武の目の前にある皿は全て空になっていた。

 俺は慌ててシャイニングチキンバーガーをコーヒーで流し込んだ。



スーパー庭付き一戸建てロボットツヴァイフォーマー第3話

「父の威厳を取り戻せ! 熱戦! 音速剣士シュババイン!」

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