3-3

 コーヒーを一気に飲み干した。熱と苦味が一気に喉を駆け抜ける。

 風味を一切度外視した、濃さを追求した一杯だ。不味い。もはやその味は嗜好品というより薬品だ。もっとも、俺もそのつもりで飲んでいる。


 頭の中に靄がかかっているようだ。景色がなんだか揺れている気がする。眠い。あまりにも眠い。コーヒー。何杯飲んだかもう覚えていない。


 ここ数日はほとんど寝ていなかった。

 この自宅ツヴァイフォーマーの武装を覚えるために多大な時間が必要だったからだ。122もある武装の名称、特徴、消費エネルギー量、発動コマンドなどなどを、そりゃあもう必死になって覚えた。大学試験の時ですらここまで必死に勉強していない気がする。


「ジンさん、頑張って!」


 陽子が声を掛けてくれる。俺は手を振ってそれに応える。今日も笑顔が眩しい。

 こんなロボットの操作方法を睡眠時間を削ってまで勉強出来たのは、やはり家族の存在が大きいと実感する。家族を守る。そのためなら無限に頑張れる。


「仁様、来ましたよ! あれが今回の敵、セカチ星人の操縦する音速戦士シュババインです!」


 前方に紫色のロボットが飛んでいた。ツヴァイフォーマーの半分くらいのサイズだろうか。羽のようなパーツをはためかせて飛ぶ様は、クワガタを想像させる。嫌だなぁクワガタ。俺は虫が嫌いなんだ。


「シュババインの特長は、なんと言ってもスピードです。目にも止まらぬ速度で縦横無尽に飛び回り、あのサーベルのような剣で突き刺してきます」


 あいつのせいで俺は眠れぬ日々を過ごしたのか。そう思うと怒りがふつふつと込み上げてくる。


「……何の考えも無しに天地斬を放っても当たりませんからね?」

「わかってるよ! 志門とも相談して作戦は色々練ってきた。ただなあ……」

「ただ?」

「本番になって発動コマンドを間違えないかだけが不安なんだよな……無理矢理詰め込んだだけに」


 一応、全コマンドは覚えてきたし、入力する練習もした。しかし、それが実戦の臨機応変な対応が求められる場面で、間違えずに出せる自信はあまり無い。たった一つのボタンミスが致命的な事態を引き起こすという事実も、俺にプレッシャーをかけてくる。


「ああ、それなら安心してください!」

「へ?」

「ツヴァイフォーマーの武装は音声入力にも対応しています! 『オールレンジ・レーザー』とか『スライス・ミサイル』とか叫べばコマンド入力したのと同じ動作をします!」


 つまりそれはコマンドを覚えたり反復練習したりする必要が無かった……ってコト!?


「先に言えよおおおおおお!!!!」


 俺はこの女を倒すべく拳を振り上げた。


「あ、仁様! 敵機が接近してますよ!」

「くそおおおお! オールレンジ・レーザー!」




・オールレンジ・レーザー

ツヴァイフォーマーの全身16箇所から弱誘導性の緑色のレーザーを放つ。

威力は弱いが、攻撃範囲が広くエネルギー消費量も少ないため、敵が多数いる場合や、素早い敵を相手する時に使うと良いだろう。


消費エネルギー:15SRP

使用コマンド:R1、R1、→、X、Y、Y、L2、R4




「くそっ! 本当に音声入力で出るじゃないか!」


 緑色のレーザーがツヴァイフォーマーの全身から射出され、敵機シュババインに向かう。

 シュババインはそのスピードで、レーザーとレーザーの間をすり抜けるように回避する。何回か掠ったようには見えるが、有効打は与えられてないように見える。

 これはまともにやったら長期戦になりそうだ。かくなる上は——


「クレイヴ・ソリッシュ!」

「え?」


 空気を吸う。そして叫ぶ。


「天地斬!」


 斬撃がシュババインに向かう。が、難なく避けられる。


「ちょっと仁様!? 無闇に撃っても当たらないって言いましたよね!?」


 儀武が喚いているが無視する。敵機は空中で反転してこちらに向かってくる。

 次に天地斬を撃てるようになるまで5分。俺は敵に背中を向け、ブーストを使って全速力で逃げる。


「あーもう言わんこっちゃない! このままだと追いつかれてなぶり殺しですよ!」


 シュババインは想像以上に速い。あっという間に距離を詰められる。バックカメラを一瞥する。サーベルが真っ直ぐにこちらに突き立てられ——


「とーちゃん今だ!」


 俺はコマンドを入力する。レーザー。尻から射出される。『テイル・レーザー』だ。シュババインの顔面をあざやかに撃ち抜いた。


「ふはははは! 油断したなバカめ!」


 続いてコマンドを入力する。何回も何回も練習したコマンドを。


「『ミスト・ネット』と『アシッド・シャワー』そして『ウィーク・フラッシュ』を立て続けに!?」


 儀武が驚愕している。まさかここまでスムーズに入力出来るようになるとは、思わないだろう思わないだろう。土曜日に散々練習したからだ。志門、ありがとう。


「ねーねー、かみちゃん、あれってどういう武器なの?」

「……相手を弱体化させるための武器だよ」


 陽子も佳美奈も俺の戦いっぷりに夢中のようだ。今まさに俺は父親の威厳を取り戻した!


「『ミスト・ネット』! 『ミスト・ネット』! もう一つおまけに『ミスト・ネット』!」

「と、とーちゃん、さすがにそれはやりすぎじゃ……」

「良いか志門。ライオンはウサギを狩るときですら全力を出すんだ。誰が相手でも全力でやれ!」


 そう、これが俺の背中だ。よく見て育ってくれ子供たちよ!


「仁様! 天地斬の冷却時間クールタイムが終わりました!」

「よし行くぞおおおお!」


 シュババインはまさに殺虫剤を当てた後の虫の如く、ヨロヨロと飛んでいた。俺は思い切り息を吸う。今度は確実に当てる。


「天ッ地斬ッ!!!!」


 斬撃。今度はシュババインを真っ二つにした。

 画面に「1729NP」と表示される。

 爆発四散するシュババイン。

 今日も棚橋家と函斗市の平和は守られた!





「今日はなかなかお見事な戦いぶりでしたね」

「そうだろうそうだろう!」

「まさかあそこまでコマンドがスムーズに入力出来るようになってるなんて!」


 弱体化デバフ攻撃大好きだからそこは特にもう十分すぎるくらい練習した。音先入力出来ると知っていたら、ここまで練習しなかったが。


「今週の函斗ケーブルテレビの平均視聴率は95%だったらしいですよ!」

「そうかそうかそれは良かった!」


 函斗市のほぼ全員に俺の素晴らしい努力の成果が知れ渡ったということか。これで職場や市民の評判も元通りになるだろう。


 敵は残り9体。このままいけば、全部楽勝で終えられる気がする。

 俺は大きくあくびをした。それはそれとしてものすごく眠かった。40を超えてからの徹夜はとても厳しい。


 台所から醤油と三温糖を煮込んだ甘い香りが漂ってきた。今日は豚の角煮だ。陽子の作る豚の角煮だ。それを腹一杯食べたら眠ろう。泥のように眠ろう。健康には良くないかもしれないが、今日くらいは許されるだろう。




第3話 了

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