2-2

「棚橋課長、自宅をスーパーロボットにリフォームしたんすね」


 コーヒーを吹いた。そりゃもう盛大に吹いた。

 デスクの上に茶色い染みが飛散する。咳が、しばらく止まらなかった。


「ゴホッ、ガハッ、ふう……ふう……い、今川さん、一体どこでその情報を……」


 聞きながら、デスクの上を拭き取る。まんべんなくアルコールを噴霧し再度拭く。書類を確認する前で本当に良かった。


「函斗ケーブルテレビで中継してたのを見たんですよ」

「はあ!?」


 背中に、じわりと汗が滲む。あの茶番がケーブルテレビで放送されてただと? まったく聞いていない。


「あ、それ私も見ました」

「僕も見ました! 手に汗握る戦いでしたね!」

「あの必殺技! 久しぶりに熱くなりました!」

「課長ってクールだと思ってましたけど、ああいうホットな一面もあるんですね!」


 函斗市役所高齢者介護課の面々が次々と喜色満面で話しかけてくる。俺は頭を抱えた。今川さんだけじゃなく、課のほぼ全員に見られていたなんて。


「函斗市内の視聴率88%ですって」

「はあああああ!?」


 更に俺は驚く。函斗市の人口がおよそ15万人。KCT(函斗ケーブルテレビ)の視聴者数は人口のおおよそ8割だと言われてる。つまり12万人。それの88%だから、10万人には見られてたってことじゃないか。俺は顔に血流が集まるのを感じた。


「次回、楽しみにしてますね」

「次回?」


 そういやあの建設会社の小娘……もとい儀武が、また敵ロボットがやってくるなんて話をしてたような。


「ほら課長、これ見逃し配信の画面なんですけど、ここ見てくださいよ」

「どれどれ……」


 上川畑さんがスマホを差し出してきたので覗く。ネット見逃し配信までしているとは恐るべし……って、おい!


「おいおい、次回放送日が書いてあるじゃないか」

「今週の日曜日ですね。頑張って下さい!」

「はあああああ……」


 今日はため息を吐いてばかりだ。まだ月曜日だと言うのに、今から週末が憂鬱で仕方がない。




 ようやく日曜日が来た。ようやくだ。

 あまりにも憂鬱な1週間だった。市役所のどこを歩いてても「テレビ見ましたよ!」とか「ツヴァイフォーマーかっこいいですね!」と、声をかけられる。外勤に出ても同様だった。おまけに、買物でコンビニに立ち寄ったときですら、遠目にちらちらとこちらを見ながら「あれツヴァイフォーマーのひとだよね?」などと囁かれる始末だ。もしかしたら、俺はいま現在、函斗市で一番の有名人なのかもしれない。勘弁してくれ。平穏な日々を返してくれ。俺はリフォームをしただけじゃないか。


 しかし、悪いことだけでもない。リフォームした我が家(の内側)は最高だ。特にこの自室! 防音も音響も完璧で鍵付きだから、誰にも邪魔されることなく、心行くままジャズを楽しめる。

 上原ひろみの奏でる情熱的かつ哀愁を帯びたピアノの旋律が爆音で流れている。全身を快楽物質が駆け巡っているのがわかる。しかも一切、部屋の外側には音漏れしていない。以前は少し大きい音にしただけで「パパうるさい!」と佳美奈に怒鳴られていたものだ。ヘッドフォンで聞くという手段もあるだろうが、やはり耳だけでなく全身で浴びてこその音楽だ。


「ジャズ、最っ高ううううううう!」


 叫ぶ。これも一切音漏れしない。ジャズ最高! 防音最高! 新居最k「棚橋さん、お世話になっております!」


 椅子から転げ落ちた。心臓が止まるかと思った。もしかしてたら止まっていたかも知れない。

 知世建設の社員、儀武君枝が背後に立っていた。いや、馬鹿な。施錠してたんだぞ。

 儀武が手をかざす。音楽が、止まる。なんだその機能は。


「お取込中のところ、申し訳ございません」


 儀武が、貼り付けたような笑顔で、恭しく礼をする。微塵も申し訳なく見えないのは、コイツの行いのせいだろう。


「間もなく、次の侵略者が参りますので、サポートに参りました!」

「は、はあ……やっぱり来るのか?」

「来ます。毎週日曜日16時30分に」


 時計を見る。16時25分を指している。色々聞きたいことはある。なんで侵略者がやってくるのか。なんで毎週きっかりその時間にやってくるのか。なんで我が家が戦わなきゃいけないのか。ただ、今聞きたいことは――


「……どうやってこの部屋の鍵を開けたんだ?」

「むむ! 敵が飛んでくる音が聞こえます! 発信しなければ!」

「あ、おい! 無視するな! 逃げるな! ちょっと待て!」


 儀武がリビングまで走る。それを追いかける。家族全員が食卓に座っていた。


「とーちゃん! 遅いよ!」

「何してんのよ、敵機が近づいてるよ」

「ジンさん、コンロに豚の角煮があるから、こぼさないように戦ってくださいね」


 おいおい随分と好き勝手言ってくれるじゃないか。

 窓を眺めると、警告っぽい雰囲気の文字が次々と映し出されている。表示の意味がわからないものがほとんどだが、「caution!!」とか「approaching」なんて表示が見えるから、なんとなく敵が近づいているのは察する。


「ではお願いします!」

 儀武がコントローラーを渡してくる。仕方ない受け取る。どうせ拒否権は無いのだから、とっとと終わらせるに限る。俺はジャズの続きを聴きたい。


「ええと、Bボタンで上昇だっけ?」

「そうです! ツヴァイフォーマー……」


 儀武がきらっきらした目でこちらを眺めてくる。家族3人も同様だ。


「ツヴァイフォーマー?」


 小首を傾げながら、もう一度見てくる。くっそ、言わなきゃいけない空気かこれ。


「……ツヴァイフォーマー?」

「……発進」


 Bボタンを押す。自宅が浮かび上がる。儀武も家族もニッコニコだ。毎回このやり取りをせねばならんのか。小さくため息を吐く。前にスティックを倒す。津軽海峡に向かって自宅が飛んで行く。

 前方に「侵略者」の乗るロボットの姿が見えてきた。

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