第19話 探し物

 医師による診断を受けた結果、健康状態に異常が見られなかった私は翌日の午前には退院することができた。気を失った原因は、極度の過労ということになっている。流石に魔骨の声で失神しました、と馬鹿正直に説明しても信用されないどころか、下手をすれば妄想疾患として精神病院送りになってしまう。ただでさえ時間がないのにそんなことで足止めを喰らうことは御免だ。それを回避するためについた小さな嘘ならば、神様も笑って許してくれるはず。

 面倒をかけた医師や看護師にお礼を告げて病院を後にした私と史輝は一度探偵事務所に戻り、心配をかけた透花様への連絡や子猫の餌やり、入浴に簡単な食事と必要なことをこなし、再び外へ出た。

 これから行うことは以前と同じ、調べもの。無数の本を読み漁り、その中から自分たちの求める情報を収集する大変な作業である。

 やること自体は変わらない。だが、今回は調べる情報が、求めるものが以前とは違うため事務所の書庫では行うことができないのだ。書庫に置いてある書物には、音葉が求める情報が記載されていないから


「あれだね」


 事務所を出てから、およそ二十分。

 私は前方に見えた半球状の建物を指さした。

 周辺の建物とは比較もできないほどに大きいその建造物は、国立資料館と呼ばれる公共施設だ。地理、歴史、文芸、文学、数学など、様々な分野の資料が軒並み揃えられている。帝国政府が国の発展と優秀な人材を育成するため、誰でも学びが得られるようにと建てられたそうだ。

 入館無料。休日になると学生が大人まで様々な人が足を運ぶのだが、今日は平日。資料館の周囲にはあまり人はおらず、恐らく、建物内も似たような状況であると推察した。


「初めて来ましたが、遠くから見るよりも大きいですね。中々の迫力だ」


 建物の入り口である重厚な鉄扉へと進む途中、史輝が上を見上げて呟いた。間近で見る建物と遠くから見る建物は、まるで違うように見える。それを実感しているらしい。

 そうだね、と返事をして、私は鉄扉を開けて中に入る。


「国が相当なお金を使って建てたものだからね。諸外国に追い付くために、富国強兵を推し進めているんだ。戦力以外の分野にも手を伸ばして、人材の育成を図っているんだって」

「正しい税の使い方だとは思うので、文句はありません。利用者も満足しているようですし──凄いな」


 建物の中、そのメインフロアに足を踏み入れた史輝は思わずそんな感想を口にした。中央に飾られた三美神を模ったと思しきブロンズ像を中心に、円を描くように無数の本棚が立ち並んでいる。その中には隙間がないほどに本が敷き詰められており、その冊数は数えることが困難なほど。効率的に光を取り入れる設計になっているらしく、壁には幾つもの窓。また天井は吹き抜けになっており、最上階の透明な宿から入る日光が、建物内を幻想的に照らしている。資料館というよりも、一種の美術館にも思えた。


「外国の有名な建築家に依頼したんだって。デザインにも、かなりこだわったみたい」

「圧巻ですね」

「うん。外国の観光客も、結構ここを訪れるみたいだからね」


 果たして、政府はここが観光地になることを予想していたのか。いや、観光地にするという思惑もあって、高名な建築家に依頼したのだろう。でなければ、態々ここまでデザインに凝った資料館を造るとは思えない。

 見上げていた天井から視線を外した私は、付近にあった階段を上り、二階へと赴いた。

 資料館の二階は主に、戦史に関する書物や資料が並んでいる。古代から近年、国内だけではなく世界中で発生した戦争や、用いられた戦術や武器。また武器の製造方法や種類など、些か物騒な知識を養うことができる。

 私が資料館を訪れたのは、ここに来るのが目的だ。しかし、何も戦争に関する知識を養うことが目的ではない。戦術や武器の種類などが知りたいわけではないのだ。


「先生。ここで何を探すつもりですか?」


 その史輝の問いに、私は手近な本棚にあった本を一冊手に取り、パラパラと頁を捲りながら答えた。


「昨晩、私が夢で見た場所」

「夢で見た場所ですか? それは……本当に実在する場所なので?」


 疑わしい、と言わんばかりに史輝は言った。だが私は彼の言葉に、反応に、怒りを示すことはない。そんな疑問を持つのは当然だ。夢で見る場所が実在するなんて保証は何処にもない。空想上の場所だった、という可能性も大いにある──いや、そちらの可能性のほうが高いだろう。それを真面目に資料館で探すなんて、正気の沙汰ではない。

 けれど、私には確信があった。


「私が見た夢は、普通の夢じゃない。魔骨が見せた夢なんだよ」

「魔骨が見せた?」

「うん。つまり──魔骨が伝えたいこと、そのもの」


 言葉を発することのできない『意志の魔骨』。彼らは人に意志を伝える際、夢として伝えることが多いらしい。直接声を聴くことができる私は経験が少ないけれど、噂や逸話としては寧ろ、夢のほうが多い。

 あの夢は無視していいものではない。魔骨が夢を見せるということはつまり、あの場所は実在するということ。あの場所に、魔骨が伝えたい何かがあるということだ。証拠や理由はないけれど、私には揺るがない確信がある。絶対に、あの場所に行けば何かがわかる、と。

 私の説明を聞いた史輝は顎に手を当てて思案し、やがて、口を開いた。


「先生の言いたいことはわかりました。けど、どうして戦史の資料を? 場所を探したいのならば、普通は地理の資料を探すべきでは?」

「夢で見た場所が恐らく、戦争で使われた場所だからだよ」


 本を閉じ、それを本棚に戻しながら答えた。


「どの時代の戦争でも、学び舎が一時的に拠点として使われることが多かった。しかも、夢で見た校舎の近くには帝国軍の旗が突き立てられていた。となると、あれは恐らく鬼辰戦争中の光景。つまり、鬼辰戦争中に拠点として使われた校舎、それも川と山に隣接しているものを探せばいい。昔と違って、今は写真も一緒に掲載されているはずだよ」

「……もしかしなくとも、今日はそれを探すまで帰らないおつもりで?」

「勿論。でも、目的がはっきりとしているから、前ほど時間はかからないはずだよ」


 鬼辰戦争、拠点として使われ川と山に面した校舎。足がかりになる要素は揃っているため、時間はかかったとしても、今日中に見つけることができるはず。寝不足になり、心身共にボロボロになることはないはず……と、私は考えていたのだが。


「探すものはわかりました。その目的もね」


 やや低い声音で言った史輝は足音を立てずに私の背後に近付き、両手をそっと、私の肩に添えた。

 やや圧を感じ、私は反射的に身体を強張らせた。


「あの、史輝?」

「僕は先生の助手ですので、貴女の決定には従うまでです。それに異存はありません……ですが」


 史輝は私の肩に添えた手に力を込め、耳元に口を近づけ、言った。


「無茶は絶対に許しません。先生はまだ病み上がりなのですから、制限時間は設けます。その時間内に見つけることができなければ、また明日ということで」

「ち、ちなみに時間は?」

「夕方。陽が落ちるまでですね。勿論、途中で休憩は何度も挟みます。いいですね?」

「りょ、了解」


 私はその返事をするしかなかった。反論は許さない、と背後の史輝からとてつもない圧力をかけられていたため。流石は元軍人であり、戦士。こうなると、か弱い一般人である私は抵抗する気力すらなくなってしまう。

 何とか、制限時間内に見つかりますように。

 心の中で祈った後、時間を無駄にしないようにと、私は史輝と共に資料の捜索を開始した。

 

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