第12話 追い払った後

 失礼極まりない大志を追い返した後。


「礼節も知らない、権力に驕り高ぶったゴミのような男でしたね」


 念願のシャワーを浴び、汚れを落としてさっぱりした気分で子猫と戯れている最中。氷水の入ったグラスを机に置いた史輝は普段以上に毒の強い言葉で大志を表現した。棘と毒のみで構成された言葉と声には、強い苛立ちが感じられる。

 私は史輝にお礼を言ってからグラスに口をつけ、冷えた水が喉を通る心地よい感覚を味わった後、溜め息交じりに返した。


「そんな表現でも否定できないくらい、ムカついたよね。あの偉そうな態度と言い、言葉遣いといい……私たちが依頼を受けるの、当たり前みたいな感じでさ。貴族なんだろうけど、何様って思ったよ」

「彼は僕の知っている貴族そのものでしたね。庶民を見下し、権力を振りかざし……刀を抜いた程度で済んだのは奇跡です。自分の自制心を褒め称えたい」


 春の暖かな空気が流れ込む窓の傍に立ち、史輝は頭上に広がる青い空を見上げながらそう言った。

 本来、どれだけ偉そうな態度を取られたからといっても、貴族を相手に刀を抜くことは許されない。権力を持つ者たちに知られれば、きっと史輝は処刑されてしまう。場合によっては、私諸共。

 けど、私に史輝を咎めるつもりは毛頭ない。寧ろ、権力に屈せずよく行動したと褒め称えたいほど。報復については大丈夫。いざという時は守ってもらえるよう、これまでに多くの恩を売り、信頼を築いてきたのだから。

 史輝が権力者を毛嫌いするのも頷ける。これまでにあんな貴族としか接してこなかったのならば……嫌うのは、もはや当然とまで言える。温厚な私ですら、今回は苛立ちと不快感を隠せなかったのだから。

 カラン。グラスを揺らして氷と接触する音を奏でながら、私は膝上の子猫を撫でてうんざりと言った。


「あぁいうのがいるから、一般市民の貴族に対する印象が悪いんだよね」

「人は良い印象よりも、悪い印象のほうが記憶に留めやすいですからね」

「そーそー。全く、親の顔が見てみたいよ。あんなのが透花様の婚約者だなんて、本当に信じられない」


 透花様は正に良家のお嬢様という、礼儀と気品に溢れる美女だった。相手を不快にさせるどころか、話せばとても良い気分にすらなれる。

 それに対して、大志は敬語を使うこともできない礼儀知らず。家の権力を振りかざして脅迫を行うような大たわけ。

 全く釣り合わない。部外者の私が言うのもあれだけど、二人は全く見合っていないと思う。


「透花様が乗り気でない理由は、とてもよくわかりましたね」

「うん。家柄だけを見て、親が勝手に決めたんだろうね。貴族の恋愛はとことん不自由というか、不憫というか……居たたまれない気持ちになる」


 富と権力がある代わりに、自由な恋愛を奪われていると言ったところだろうか。優雅な生活を送ることができるのは、確かに魅力的に思える。けど、庶民は自由な恋愛が許されている分、こちらのほうが幸福度は高いかもしれない。誰かに決められた相手と生涯を添い遂げるなんて、私だったら絶対に嫌だから。

 透花様を不憫に思いながら、私は大志とのやりとりを振り返りつつ、史輝に尋ねた。


「ねぇ史輝。薬師院大志は……なんで魔骨を破壊したいんだと思う?」

「それは、婚約者である透花様の身を案じる、以外の理由ですか?」

「うん。あんなに必死に……それこそ、自分の家の力まで持ち出して脅しに来るなんて、何かあると思わない? 実害が出ているわけでないのに、必死過ぎる」

「確かに、魔骨の破壊は犯罪。露見すれば一族の名誉を損なう行為ですから、おかしいというのは頷けます。そうですね……」


 私の問いを受けた史輝は顎に手を当てて思案し、やがて、答えではなく問いを私に返した。


「一般的に魔骨の力は、どの程度認知されているのでしたか?」

「え? 神力を与えることがあるってことと……あとは喋るとか、何かを伝えるとか、そんなところかな。後半はあくまでも噂だけど」

「では、後者の噂を信じているのではないかと」


 推察を口にし、史輝は壁に立てかけていた刀を手に取り、刀身を鞘から引き抜き続けた。


「透花様の下に魔骨が現れたことを知り、思わず噂を鵜呑みにして行動してしまうほどマズイ何かを、隠しているのかもしれません。それこそ、魔骨を破壊するという犯罪に手を貸すよう僕たちに頼むほど、見境がなくなるほどのことを」

「何かって……なに?」

「それは神と、本人のみが知ることです。少なくとも、今は第三者に露見していないことでしょう」

「……」


 心の中にモヤモヤとしたものが残るけれど、私はこれ以上考えないようにした。

 この件については、後回しで構わない。私たちが引き受けた依頼はあくまでも透花様のもので、大志の依頼ではない。どれだけ考えても予想に過ぎないことで、透花様の下に魔骨が現れたことに直結するわけではないのだから。

 これついて考えるのは、今ある依頼を片付けたあとで。

 予定通り、もう一度透花様の魔骨に会おう。そこで声を聴くことができれば、解決に近付くことができるはずだから。


「……杞憂だといいんだけど」


 呟き、私は数枚の桜の花弁が舞う窓の外に視線を向ける。

 その時、少し強い暖かな風が室内に吹き込み、それに心地良さを感じたのか、膝の上で眠っていた子猫が、にゃー、と小さな鳴き声を上げた。

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