第9話 美形は得をするのが世の中の理らしい

「魔骨の形状について、ですか……?」


 私の言葉がいまいちピンと来ないらしく、史輝は表情に困惑を含ませた。

 まぁ、そんな反応も仕方ない。魔骨の形がどうとか言われても、大半の者は今の史輝と同じような反応をする。だって、それが示す意味が理解できないのだから。何を言っているんだと言われても、仕方ないことだ。

 それはわかっている。だから、これからちゃんと説明する。


「あくまでも仮説の文献ではあるけど、『意志の魔骨』の中には時折、奇妙な形状を持つものがある。それは剣だったり、犬や猫みたいな形だったり、盾のようだったり。現状見つかっているだけでも、奇妙な形状を持つ種が百以上あるらしい」

「奇妙な形の魔骨……えっと、すみません。素人の僕には、それが事件の解決に繋がる情報には思えないのですが……」

「専門家でも、大半はそう思うだろうね。現に、あくまでもこれは仮説だから」


 私は発見した文献の内容を頭の中で思い起こした。


「見つけた文献に書かれていたことはこうだよ。魔骨は自分たちが持つ役目を果たすために、最も適した形状になるのではないか。この世界に生まれたからには何かしらの意味や目的を持つことを大前提にした考えだね。剣なら戦う、盾なら護る、みたいな解釈だと思う。透花様が持っていた魔骨は鳥の形をしていたから……」


 少し俯き顎に手を当てた私は思考を巡らせ、鳥から連想される目的を幾つか、口にした。


「何処かに飛び立つ……いや、何かを運ぶとか?」

「鳥で運ぶ、ですか。となれば考えつくものは……」


 今度は史輝が考え、やがて思いついたことを告げた。


「昔の伝書鳩のように、手紙などでしょうか。遠くにいる誰かに想いを伝えるための。人が関わる鳥が運ぶものといえば、それくらいしか思いつきません」

「そうだと仮定した場合、あの魔骨は透花様に何かを伝えるために現れたってことになるね。伝えるべきことを伝えられていないから、捨てられても戻ってくる」


 勿論、この話は全て仮定であり、空想のものに過ぎない。そもそも魔骨が自分から動くなどという話は聞いたことがなく、ましてや想いを伝えるために舞い戻るなど……普通ならば夢の話だと一蹴されてしまう。

 けど、あり得ない話ではないと思う。魔骨はまだまだ解明が進んでいない未知の代物であるため、そういう力や特徴があったとしても否定することはできない。そもそも、魔骨が声を発する事自体、本来ならばあり得ないと言われることだ。しかし現実として、私は魔骨の声を聞くことができている。今更自ら動くと言われても、特に驚きはしない。

 私は砂糖とミルクで甘くなった珈琲を口に運んだ。


「本当にその通りだとしたら、もう一度、あの魔骨と向き合わないとね。何を伝えたいのかは、あの子しか知らないことだからさ」

「声、聞こえなかったのでは?」

「ほとんどね。あー、いつもみたいに魔骨の声がはっきり聞こえたら、もっと楽に進められるんだけど……」


 愚痴を零しながら、私はケーキを口に運んだ。

 勿論、それが高望みであることは理解している。そんなことを声に出しても意味がなく、結局は地道に作業を続け、少しずつ解決に近付くしかないことも。

 現実は常に回り道をしなければならない。近道はほとんど存在しないから。

 上手くいかない今に若干憂鬱な気分になりつつ、私は窓の外──眼下に広がる景色に目を向けた。多くの人で賑わう遊歩道には桜の木が無数に植えられている。それらはほぼ満開と言っていいほどに花を咲かせ、それを眺めるために立ち止まる者も多く見える。休日になれば、あの桜の木の下で花見をする者も増えることだろう。

 帰りに立ち寄って、私たちも桜を見に行こうかな。

 なんて寄り道を考えていると、私と同じく窓の外に広がる光景を見ていた史輝が、不意にこんなことを呟いた。


「この時期──満開の桜を見ると思い出しますね」

「思い出す? 何を?」

「先生と出会った時のことを」


 懐かしい記憶を掘り起こすように視線を上に向け、史輝は私と出会った時のことを懐かしそうに語った。


「満開に咲いた夜桜の下で、仲間の後を追い自決しようとしていた僕に、先生は何の躊躇いもなく手を差し伸べてくれましたね。全身血塗れで、心も荒んで酷い態度を取っていたのに……あの時の先生は、僕が見た中でも一番頼もしく見えた」

「いやぁ、それほどでも──」

「実際は常に不幸に見舞われる危険な爆弾を抱えた厄介な小娘でしたが」

「よし、次の不幸では道ずれにしてあげるから、覚悟しなよ?」

「いつも道ずれにされていますよ」


 白い歯を剥き出しにして威嚇する私に、史輝は冷静に返した。

 うん、まぁね。確かに史輝はいつも私の不幸に巻き込まれるどころか、身を挺して危険から護っている。それに、危険な爆弾を抱えていることに間違いはないので、強く否定することはできない。寧ろ、助けられていることに感謝をしなければならない。

 ただ、爆弾娘みたいなことを言われた直後に感謝を告げるのは、何だか釈然としない。お礼の代わりに、私は史輝と同じように、私たちが出会った日を振り返った。


「……確かに、あの時の史輝は凄い目つきだったね。私、睨み殺されるかと思った」

「すみません」

「全然気にしてないよ。ちょっとびっくりはしたけど……史輝が凄く大変な目に遭っていたのは知ってるから。心が荒んでも仕方ないよ」


 脳裏に浮かぶのは、桜の幹に背を預け、愛刀を抱いて座る過去の史輝。

 今のような余裕や微笑は皆無で、目が合えば死を覚悟するような目つきをしていた、人斬り刀のような彼の姿。出会った当時は、まさか今のようになるとは微塵も思っていなかった。二人の距離が縮んだ時、とても驚いたを今でも憶えている。

 懐かしさを覚えつつ、私はフォークを指先で回した。


「正直なところ、あの時は斬られても仕方ないとは思っていたかな」

「流石にどこまで堕ちても、女性を問答無用で斬るようなことはしませんよ。というか、そんな僕をよく自分の手元に置きましたね」

「見捨てられるわけないよ」


 指の腹で回転していたフォークを止め、私は史輝の目を真っ直ぐに見つめて答えた。


「あんな全身ボロボロで、血塗れで、今にも持ってる刀で切腹しそうな男の子のことを放っておくなんて、私にはできない。そんな薄情な女じゃないからね」

「それで軽率に僕を恋に落としてしまったわけですね」

「そんなつもりは毛頭ないんだけど?」


 即座に否定すると、史輝は『冗談ですよ』と笑い、続けた。


「百%の善意で僕を拾ったことは理解しています。先生はとてもお優しいですから……だからこそ、魔骨も貴女に声を届けるのかもしれませんね。貴女なら、きっと自分たちの想いに応えてくれる、と」

「……どうだろうね」


 そればかりは、自分にもわからないと言うしかなかった。

 私が持つ魔骨の声を聞く力は『力の魔骨』によって与えられた神力──ではない。ある日を境に、突如として開花した不思議な力だ。

 何故、自分にこんな能力があるのかは私自身もわかっていない。正真正銘、異能という他にない。

 ただ、この力についてわかっていることと言えば──。


「私のお母さんも同じ力を持っていたみたいだから……もっと、色々と聞いておくんだった。今になって悔やんでるよ」

「先生のお母様は──」

「他界済み」


 すぐに答えると、史輝はとても気まずそうな表情で謝った。


「すみません。無神経でした」

「いいよ、全然。気になるのは当然だし、もう割り切れてるから大丈夫。ほら、良い気分転換になってるんだから、重い空気出さない!」

「先生は無神経な言動が好きなんですね」

「どういう解釈したらそうなるの?」


 そんなやりとりを交わしながら、私は自分の心に停滞していた淀んだ気持ちが消えつつあることを自覚した。双肩に圧し掛かっていた疲労感も軽減されている。気分転換は、きっと成功しているのだろう。

 軽くなった心と気分に口元を綻ばせ、私は史輝に提案した。


「明日、透花様の館に行こうか。そこでもう一度、あの魔骨と真正面から向き合ってみる」

「声、聴けるんですか?」

「それはわからない。けど、遠くにいたままだと声は絶対に聴こえないよ」

「……そうですね。では、御供させていただきますよ、先生──」


 微笑と共に史輝が提案に賛同を示した時。


「わ──っ!」


 近くで驚きと焦りが混じった女性の声が聞こえ、一瞬後、私と史輝の身体に液体が降り注いだ。少し甘い、それでいて冷たく、美味しい液体。床にティーカップが落下し割れる甲高い音が響く中、私は衣服が身体に張り付く不快感に顔を顰めながら、髪を伝う水滴を払った。


「不幸体質極まれり」

「いつものことですね」


 独り言に、私と同じように髪や服を濡らした史輝が笑いながら反応し、彼は私に紺色のハンカチを手渡した。ありがとう、とお礼を言いながらそれを受け取ると、私たちを水浸しにした犯人であるウェイトレスの女性が勢いよく頭を下げ、店内に響く大きな声で謝罪した。


「も、申し訳ございません! お召し物を汚してしまい──」


 やや震えた声で謝罪の言葉を繰り返すウェイトレスは、とても取り乱している様子だった。考えてみれば、ここは上流階級の者ばかりが利用する喫茶店だ。そういう者たちは基本的にプライドが高く、失礼なことがあれば執拗に怒りに任せて怒鳴りつける。きっと、彼女は私たち酷い仕打ちを受けると思っているのだろう。

 私たちは些細なことで一々激高するほど気が短いわけではないし、特に彼女に対して罰を与えようとも思っていない。というか、服を濡らされたくらいで大袈裟だ。人の失敗は笑って許してあげるべき。特に、故意にやったわけじゃないんだから。

 とりあえず、何か拭くものが欲しい。けど、ウェイトレスは凄く取り乱しており、まともに話を聞いて貰えるかどうか……。

 一抹の不安を覚えながらも、とにかく声をかけようと、私が声をあげる──寸前。


「お嬢さん」


 妙に柔和な声を震わせた史輝が立ち上がり、頭を下げるウェイトレスのほうへと身を寄せた。

 ? 何をする気だろう。

 行動の意図が読めずに首を傾げると、徐に、史輝は彼女の頬に触れて暴力的な美貌の顔を少し近づけた。


「僕たちは怒っていませんので、執拗に自分を責めないように。何か拭くものを貰えると嬉しいのですが……持ってきてもらえますか?」

「…………………は、はい」


 自らの美貌を全力で活用した史輝の要求に、仕打ちに怯えていたウェイトレスは若干頬を赤らめ、長い沈黙を挟んだ後、高い声で返事をして要望に応えるため足早にその場を去った。

 平然とそういうことを……。

 大きな呆れの目で一連の流れを見つめていた私が溜め息を吐くと、ウェイトレスの背中を見送った史輝が再度椅子に座った。


「すぐにタオルを持ってきてくれるみたいなので、少しお待ちを」

「……りょーかいでーす」


 間延びした声で返し、私は机に頬杖をついた。

 美男子って本当に得だなぁ。

 若干唇を窄ませて史輝を見つめながらそんなことを考え、世の中に広がりつつある外見至上主義に溜め息を吐いた。

 人は外見よりも中身なんじゃないんですかー?

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