歌声


駅前、学校の近くよりかは大分人気が無い場所。

目の前のカラオケも少し寂れている。


今週だけで3つのカラオケに行ってることになるんだな……。



「着いたけど、ほんとに来るの?」

「」コク

「了解。じゃ入ろっか」



実を言えば、来るの初めてなんだよな。

駅から近いけど一人でなんて普通来ないし。



「ここ柳さんはよく来るの」

「」ブンブン

「ははっそっか。俺もだよ、初めて同士だね」



本当に不思議なもんだ。

そう思いながら、年季の入ったドアを開けた。





「こちらの部屋でどぞー」


「どうも」

「」ペコ



予想通りというか、駅前とか都会のカラオケより設備は古い。

防音も微妙だから、結構ドア閉めてても他の部屋の声聞こえてくる。



「で……どうしようか、歌う?」

「あたしはいい」

「え」

「歌ってほしい」

「えっ」

「」ジー

「わ、分かった」



ものすごい圧を感じる。

翔馬達が歌うのを聞いてたから、ランキングにあるような曲は大体歌える。


彼女の狙い? は分からないけど、とりあえずココらへんを歌っておこう。

柳さんが知らない曲、歌っても申し訳ない。



「じゃ——」



とりあえず、一曲だ。





《♪……》



「ふぅ……」



すでに3曲目を歌いきって、息を吐く。

やっぱり歌うのは好きかもしれない。


なんというか、スッキリする。

ただ——



「」ジトォ

「う、歌う?」



彼女の狙いが分からない。

タンバリン? も使わないし。


退屈させちゃってるかな——



「好きな曲、歌って」

「!」

「……」

「……はは。参ったな」

「」ジー



その目は、まるで全てお見通しであるかのように。

空気を読んだつもりが、むしろ駄目だったようで。



《——「陽は……ありのままで、その子と居れば良いんじゃないか」——》



さっきの言葉を忘れていた。

本当に、父さんの言う通りだ。



「ごめんね」



また間違った。

操作タブレットを手にとって、曲を探す。


……いつからだ、周りの空気を気にするようになったのは。

自分の好きなものよりも、周りが好きなものに合わせていったのは。


その方が正しいと思い始めたのは。



「……あった」



中学。

雪が窓に当たる季節。

眠れない夜、すがる様に流した深夜のラジオ。


忘れもしない。

不意に流れた、その音楽に撃ち抜かれた。



「!」

「多分知らない曲だろうけど――」



バン、と表示されるタイトル。


調べて、そのアーティストの曲を聞くようになった。

もちろん今も。

ただ、それは街で流れるようなものじゃない。

なぜならば——“人が歌っていない”からだ。


いわば機械の音声。

人の手によって打ち込まれた電子の声によって、それは創られている。



《♪》

「っ——」



流れ始めるイントロ。

息を吸い込む。


家じゃ何度も口ずさんだ。

今思えば、どうして今まで歌おうと思わなかったんだろう。

何十回と聞いてきた、その曲を。


……答えは簡単か。

初めて翔馬達と行った時。

操作タブレットでその曲を選ぼうとして、空気を読んで辞めてしまったから。


“どうせ歌わない”。


そう思ってからは頭の奥底に仕舞い込んだ。



「——♪」



だからこそ、か。

歌い始めれば驚く程に声が出た。

これまで歌った曲とは比にならない程に。



《——「下手な上に声デカくて不愉快なんだよ」——》



そんな声を掻き消す様に。


刻まえたその記憶を、打ち消す様に声を出す。

自分のものと思えない歌声が鼓膜を揺らす。



「っ、♪——」



もう、歌詞なんて見なくて良い。

目をつぶって、メロディーに乗る。


下手でも良い。

俺は、俺のやりたいままに。

ずっと我慢してきたんだ。


歌詞を頭に刻みながら。

腹の空気を、全て喉から吐き切って。



「……はっ、はっ」



間奏20秒。

息が切れる程まで歌うのなんて、初めてだけど。


楽しい。

楽しい。

楽しいんだ。


本気で歌うのが、こんなに気持ちいいなんて知らなかった!


まるで俺の居場所が――今ココだという程に。


この場所が。

こんなにも、楽しい所なんて知らなかったんだ。




「——♪」




始まる二番。

馬鹿みたいにうるさい鼓動が、マイクにまで入っていきそうだけど。


もっと。

もっと俺は歌えるはず。

もっと、もっと。もっと——





三人称視点




「……ふぅ」



(やっぱり、思った通り)



マイクを持つ彼を眺めながら、彼女はその声に聞き入っていた。


彼は歌が上手い。

イカサマカラオケの時も思っていたこと。


だから、ゆっくりと彼の歌唱を聞きたかった。

作曲する彼女にとっては、貴重なサンプルなのだ。

歌えないのにカラオケが好きだと言ってるのもそういう理由である。


今はほんの少し違う私情もあるが。



(でも、なにか違う)



三曲流れたのは、ランキングの一位から三位。

もちろん全て良い曲だし、ちゃんと彼が好きな曲の可能性もある。

歌声は音程もリズムも完璧。


でも。

違うのだ。


鈴宮に木原。

二人がノリノリで歌う時と、明らかに表情が違う。

彼はただただ、作業の様に見えた。



「好きな曲、歌って」


「……はは。参ったな」



だから彼女はそう言った。

彼は分かりやすく動揺した。



「ごめんね」



当たりだった。


そして同時に――雰囲気が変わった。



「……あった」



タブレット端末を触る彼は、どこか懐かしむ様で。

タイトルが映し出されたその曲は。



「!」

「多分知らない曲だろうけど――」



知らない訳がない。


合成音声ソフトで、電子の歌声を作り出す音楽ジャンル――それが日の光を浴び始めた、いわゆる黎明れいめい期の名曲だ。


そんな曲を、彼が今歌おうとしている。

無表情な彼女も面食らった。

まさか自分が作る曲と同じジャンルのモノを歌うなんて。

嬉しいという感情は、遅れてやって来て。

その後すぐに、それは驚きへと塗り替えられた。



「♪――」



その歌声は、さっきまでが嘘の様に強く響く。

彼の横顔は、さっきまでが嘘の様に楽しそうで。



(こん、なの……)



鳴るスピーカーに、彼の声量は全く負けていない。

なのに不愉快じゃない。

まるで透き通る様なそれ。



「っ、♪——」



恐ろしい事に、まだまだ“上がる”。

ボリュームも、ボルテージも。


目を瞑った彼は、無意識ながら笑っていた。

歌うのが楽しくて仕方ない――彼女の目にはそう映る。


もっと、もっとと。

その横顔が訴えかける。

それに応えるように、この空間を支配する様に。



(こんな歌声、聞いたことない)



気が付けば、周りの部屋の声は消えていた。

圧倒的な声量。

こんな細い身体からは予想できない。


凛々しくて、繊細で。

それでいて聞く者を燃え上がらせる様な。



(“こんなマイク”じゃ、もったいない!)



まるで。

一人の人生すら――変えてしまうと思える程の。




「はっ、はぁ……っ」




歌い終え、陽は倒れるようにソファーに座る。


溜まってきた何かを全部出しきった様に。

晴れやかな表情で、彼はマイクを握ったまま。




「……ごめん、思ってたより熱入っちゃったな」




笑ってそう言う。

少し赤くなった頬に一筋の汗。

そんな彼の荒い息が、治まるのを少女は待てず。



「や、柳さん?」



座る陽に彼女は近付く。

その衝動は、もう誰にも止められない。



「朝日……陽」

「なっなに?」



高校一年。

9月の初旬。

寂れたカラオケルームの片隅で、小さい声が響いていって。




「お願いが、ある」




柳一姫は、大口を開けてこう言った。






「“あたしの曲を、歌ってほしい”」















――第一部:ある少年のプロローグ(完)――


















▲作者あとがき



これにてほぼ10万文字。

本一冊、付いてきた方々……本当にありがとうございました!

急ピッチでコンテスト用に仕上げたものでしたが、楽しんでいただけていればうれしいです。


というわけで、連続更新はお休み。

ちまちま書いて、また投稿出来たらいいなと思います(願望)。


最後に……面白かったとか少しでも思っていただけたら、お☆様なりハート様なりブクマ様なり投げていただけると飛んで喜びます。それでは!


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カーストトップから転落したら、陰キャ女子達と仲良くなれた aaa168(スリーエー) @aaa168

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