「仲良くなりたい子が居るんだ」



「あ゛あホンマ疲れたわぁ!! 納期短すぎやろボケが」

「地獄だったな、あとなまり……戻ってるぞ」



夜20時。陽の家から、県を数個跨いだその場所。


くたびれたスーツを死にそうな顔で着た二人が、駅前に出てきたところ。



「娘に会いてぇ……」

「週休2日とか幻想だよな」

「結局日曜だけよな、休み」

「忙しすぎて死にそうだ」

「こりゃ来週も帰れない訳だぜ……」

「人が足りないな……」



陽の父親……敦と、同じく出張してきた同僚。

ため息が二つ。



「!?」

「なんだ?」


「娘が……男と遊んできたらしい……」

「おい落ち着け」

「……ははっ」

「ま、まあ年頃の女の子なら当然だって」

「そんな気配、これまで全く無かったのに……!」



携帯の画面を見ると、疲れた顔から一気に絶望した表情に変わる同僚。

そんな彼を苦笑いで眺める敦。


(陽には、むしろ早くそういう相手が出来てほしいな)


いざ出来たら“こんな”風になるんだろうか、そう思って不安になる。

彼にとって仕事から帰ったら、笑って迎えてくれる息子が日々の活力だ。

でもそれは、永遠ではない。

いつか成長して結婚でもすれば、当然彼は一人なわけで。



「…………」

「…………なんでお前まで……」

「はぁ……」



結果、絶望のサラリーマンが二人。

お通夜の空気の中で、とぼとぼとホテルまで足を進める。



「帰ったら久々に電話するか……それとなく男の方についても聞こ……」

「え」

「? あぁちっこい方の娘はまだ寂しがりでな。よくビデオ通話すんだよ」

「……そうなのか」

「お前んとこは高校生一人だもんなぁ、でもたまには良いんじゃね?」

「確かに……じゃあな」

「おう」



ホテル、フロント。

敦は、自室まで小走りで戻っていった。





『もしもし、父さん?』



部屋。スピーカーから聞こえる息子の声。


一声で分かった。

“いつも”と違う、と。


ほんの少し声が高い。

風の音。周りは外。



『ごめんな、いきなり掛けて。遊んでる途中だったか?』

『ううん。大丈夫、一人でちょっと歩いてた』

『散歩か?』

『はは、そんな感じ』



ふわふわとした笑顔が、電話越しでも浮かぶ。

だからこそ、敦は直球で聞いた。



『なにか良い事あったか? 陽』

『……うん』

『そうか』



久々に聞く、浮いた様子の息子の声。

今居る場所が家じゃないのが、悔しくて仕方がない。



『ねぇ、父さん』

『ん?』


『……あの、その』

『?』


『仲良くなりたい子が居るんだ』

『どうやったら、もっと仲良くなれるかな』



こんな質問、されたことなど無かった。

まず何かを聞かれることもない。


そんな悩みなんて、勝手に持たない子だと思っていた。



(驚いたな……)



そもそも友達が多い息子の事。

きっとそれは、“特別”な友達。



《——「娘が男と遊んできたらしい」——》



さっきの言葉を思い出してしまう。



(……もしかすると、もしかするか?)



スピーカーから少し離れ、考える。

そんな経験などあまり無い敦は、今が電話で良かったと思う。



「うーーん……」


『……父さん?』



こんな風に唸りながら悩む父の姿など、見ていられないだろうから。

それでも——その甲斐あって答えは出た。



『陽は……ありのままで、その子と居れば良いんじゃないか』

『!』

『変に作ったりせず、陽は陽のままで』


『……分かった。ありがとう父さん』

『フワっとした答えでごめんな』

『ううん、スッキリしたよ』

『そうか』



束の間の沈黙。

そろそろ切るか、そう敦が言い出そうとした時だった。



『……ね、父さん』

『なんだ?』

『また休みになったら、どこか遊びに行きたいな』

『! あ、あぁ。良いぞもちろん』

『ありがとう、楽しみにしてる——それじゃ切るね』



通話終了。

残る静寂の中で、彼は窓から広がる夜景を眺めた。



(……いつからだ? 陽がわがままじゃなくなったのは)



一人で大体何でも出来た。

家事全般なんて敦より上手いし、遅くなっても嫌な顔一つもしない。


何でもないように振る舞う息子に、甘えてしまっていた。

彼を大人にしてしまったのは、紛れもなく自分自身だ。


(息子に甘える父親なんて、世界一カッコ悪いってのに)



《——「ウチはもう俺と父さんだけだから、仕事優先してよ」——》



いつもそう言っていた陽が。

ああやってねだってきたのは、いつ以来かと。



「仲良くなりたい子がいる、か」



息子を変えてくれたのは——きっとその子だろう。

そこまで鈍くないつもりだと、笑ってスーツを脱ぐ。



「何処行こっかな、と!」



出張期間はまだまだ終わらないが、スマホを取り出して検索を掛ける。


来たるべき時の為。

疲れ果てたはずの身体は、そんなことが無かったように覚めていた。

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