聞こえた声



バスケ部の練習が終わって、帰ろうとした頃。

メッセージアプリの通知。

表示される名前は――『翔馬』。



『美咲練習終わったか? 俺ら○×で遊んでたんだけど真由も居るから来いよ』


「はぁ……」



先輩達の鬼特訓を受けて、一息付いたらこれ。

狙いすましたかのように、部室で着替え終わった瞬間。


既読スルーなんてわけにいかないし……特に用事もないから断るのも変な感じ。

正直早く帰って、溜まったアニメを消化して昼寝したい。


でも……。



『今日はちょっと疲れちゃったかも』

『そんな色々行かねーからさ。来てくんね?』



…………はぁ。


『分かった いまどこ?』



返信してまた溜息。

こういう時、バッサリ無理! って言える人になりたい。





革のジャケットに派手目なサングラス。

ただでさえ威圧感あるのに、服装までアレな人。

そんな、翔馬が手を降る。



「待ってたぜ」


「お、おまたせ……」


「おう」

「美咲〜!」

「練習お疲れだな、美咲」



じゃあ帰らしてよ——なんて言える訳もなく。



「で、陽はまだ〜? 一番最後なんて珍し~」

「! 陽君来るの!?」



と思ったら真由がそう言う。

まさかだった。

嬉しい意味で。でも、前の翔馬は苦笑いで。



「あぁそれなんだけどよ、別に呼ばなくてもよくねって」

「違うグループで仲良くやってるんだろう? だから——」


「——いや、何勝手に決めてんの?」



そんな翔馬達に、強い口調で言う真由。



「翔馬達じゃロクなとこ連れてってくれないし。陽居なきゃ駄目でしょ」

「! わっ、ちょっと真由言い過ぎ」


「ハハッ、俺達も結構ココら辺で遊んで来たし大丈夫だって」

「……昨日の事もう忘れたんだ〜」

「ッ、それは」


「? おい翔馬、昨日アレから——」

「なんでもねぇ!」

「は〜、勘弁してよ。早く呼んどいて」

「……ッ」

「それまで服とか見よ美咲〜」

「う、うん……」



分からないけれど、翔馬と真由の間で何かあったらしい。

……雰囲気も悪いし、帰りたい。


ただ、陽君が来るんだったら別だ。

何が何でそうなったのか分からないけど。

あのカラオケ以降、一言も話せてないし。



「……チッ。泰斗、陽に電話しろ。今すぐ来いって」

「なんで自分なんだ? 別に構わないが——」



泰斗は不服そうに携帯を取り出し、操作して。

少し長い呼び出し時間。



「あぁやっと出たか。今から○×駅に来いって翔馬が」


「……何? 無理?」



聞こえてくる泰斗の通話。


そっか。陽君……断ったんだ。

ちょっと残念だけど、スカッとした自分も居る。

そして、ちょっと羨ましいとも思う——



「——変われ」




でもその様子に痺れを切らし、翔馬が奪い取る様に携帯を取った。



「おい陽。つべこべ言わずに来いや。せっかく誘ってやってんのによ」


「ちょ、翔馬君!」

「もー放っときなよ美咲〜」


「あ? おい聞こえてんのか」

『ごめん』



思わず近付く。

通話口、聞こえてくる彼の声。


いつも優しいそれは、普段よりも語気が強くて。



『大事な用事中なんだ。だから邪魔しないで、翔馬』

「ッ」



そんな声、初めて聞いた。

でも——それに青筋を立てる翔馬。



「予定なんてお前にねーだろ」


「チッ、早くしろ!」


「嘘付くんじゃねぇ」



通話口に向けて吐き出す彼。

強い剣幕。

電話の向こうに居る陽君には、何も出来ない。


……やっぱり、私は私が嫌いだ。

こんな時でも、怖くて彼を止められない——



『——“おい、準備はまだ時間かかんのか?”』



え?

なんで?


通話口、今確かに——



『——“早くしねーと置いてくぞ……ったく”』



「つ、ツヴァイ……?」


「美咲、何か言った〜?」

「なっなんでもないっ」



ぐるぐると頭を回していく。

ツヴァイの声優さんが今陽君の家に――?


常識で考えよう。そんなわけない!

でもなんで? アニメを何周もした私が聞き間違える訳ない、あの声は確かにツヴァイの声だ。


……あっ。

確かあのカラオケの時。

三人の彼女達も、コラボメニューをアレだけ頼んでた。



《——「なんかあの三人と仲良くなったらしいぜ」——》



休みだし彼は彼女達と遊びにいってるのかもしれない。

そして今、翔馬からの電話。


そこから『大マジ』好きな人が近くに居て、彼を助けた……ってこと?

咄嗟に。完璧な台詞のシーンを引っ張ってきて。

凄すぎない?


でもなにあの台詞!

一期から放送中の五期でも聞いたことない……!



「ッ。す、すまん真由。なんか家族の用事みたいでよ。陽抜きで行こうぜ」

「……は〜もう良い。美咲行こ」


「…………」


「美咲?」

「……あっ。ごめん」



ちょっとの間、周りの声が聞こえなくて。

変なスイッチ入っちゃった。


私——なんでこんなところ居るんだろうって。

頑張って練習して、今から折角の休日。

録画したアニメを見るのを、楽しみにしていたはずなのに。


決めた。なんか吹っ切れちゃった。



「……何かさっきの男の声、違和感があったな。音質がおかしいというか」

「! 泰斗、それマジか?」


「機械を通した様な……とにかく変な声だったぞ」

「……あ? もっかい電話するか、訳分かんねぇ事しやがって」


「僕は音響には詳しくてな。断言でき――」



後ろ、そんな風に話す二人。

……変に勘が良い。



「――さっきの声は陽君の従兄弟だよ。私聞いたことあるもんっ」


「!? そ、そうなのか美咲。すまん翔馬間違いだ」

「………あぁ? なんだよ泰斗。とにかく陽は無理ってことで、美咲も良いよな?」



少し怒った様に嘘を付いたら、二人はすぐに信じた。


……ごめんね。でも陽君の為だから。

きっと彼はこっちに居るより、“あっち”の方が楽しいもんね。




「……私さ、やっぱり練習で凄く疲れちゃった。ごめん帰る」


「「「えっ」」」




だから私も、楽しい方へ。


固まる三人には悪いけど、私にも“大事な用事”がある。

踵を返した帰り道は——どこか清々すがすがしい。



「ごめんね、ばいばい」




だから……また話聞かせてね、陽君。







▲作者あとがき


今夜もう一話更新します。

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