助け船


陽視点





「……なんで今なんだよ」



スマートフォンの着信音。

二人だけのカラオケルームに、刺すようにそれは鳴り響く。


泰斗といえど、傍に“彼”が居る事は容易に想像出来る。

今までがずっとそうだった。


この土曜日。

この時間。

面倒な事になることは、容易に想像出来る。



「でっ、出んでええんか……?」

「ああごめんね。ちょっと出てくるよ」



かといって、出なければ月曜日に絶対面倒な事になる。

今だけ電源切ってやり過ごすって手もあるんだけど――


それじゃ、彼女に変に思われてしまう。


……それに、“万が一”もある。

何か大事なことかもしれない。

刻一刻を、争う事かもしれない。



「あっ、その、うち気にせんからココで出てええけど!」

「……ありがとう、ごめんね――」



立ち上がり、スピーカーの音をゼロに。

この部屋はある程度防音があるから、外の声とかは聞こえない。


だがココから出たら流石にうるさい。

カラオケに居ると一発で分かってしまう。

……そうなると、きっと面倒だろうから。



「っ」



一呼吸。

俺は、『通話開始』を押した。



「もしもし、泰斗?」

『あぁやっと出たか。今から○×駅に来いって翔馬が』


「……ごめん、今は無理だよ」

『何? 無理?』



そこは、普段俺達が集まる最寄り駅。

翔馬も居る。きっと真由も居るんだろう。



《――「一生“俺ら”に近付くな、害虫野郎」――》



……あんな事を、彼は言ったはずなのに。


いつも通り。

何も心配するようなことじゃなかった。

だからすぐに断った。


この苛立ちが、声に出てしまいそうだから。



「今は駄目だから。そう言っといて——」

『——変われ』

「!」



そして、ガサガサと音がした後。

変わる声。


聞き慣れた、低い声。



『おい陽。つべこべ言わずに来いや。せっかく誘ってやってんのによ』

「……っ」



あの言葉を忘れたのか、覚えているのかは分からない。

俺をハブって、今更何を言っているのか分からない。


都合の良い時だけその言葉を忘れて、声を掛けてくるのか?




『あ? おい聞こえてんのか——』

「——ごめん」



それを口にするのを飲み込んで、受話口に声を掛ける。



「今、大事な用事中だから」




木原視点





「もしもし、泰斗?」


「……ごめん、今は無理だよ」


「今は駄目だから。そう言っといて——」



受話口に喋る彼の声。

いつもより小さい声量で話しとるから、ちょっと聞こえづらいで。


それでもなんとなく、うちのせいで朝日様の用事が消えてまう事が分かった。



「だから、駄目だから。そう言っといて——」


「……っ」


「——ごめん」



苛立ちはするが、出来るだけ抑えとる……みたいな彼。

さっきのソーダフロートの時とは真逆の様に。


うちのせいで、朝日様の用事が駄目になってまう。

お願いやから、気を使わんでくれ。

“こんな”自分との用なんて——



「——大事な用事中なんだ」

「!」



でも。


その瞬間、彼の感情が現れた気がした。

取りつくろった何かじゃなく。


本当にうちとの時間をそう言ってくれてるんやって。

そう思えたんや。



「だから邪魔しないで、“翔馬”」

「!」



そして聞こえるあのハゲの名前。

そこでようやく、電話の相手がアレやと気付いた。



《——「一生俺らに近付くな、害虫野郎」——》



……あんな台詞吐いたんはどっちの方なんや。

むかつく。

めっちゃむかつく、うちのことじゃないのに。



「……嘘じゃない」

『予定なんてお前にねーだろ』

「……」

『チッ、早くしろ!』



荒々しく、大きなハゲの声はスピーカーから漏れていく。

困っている朝日様。

『うちとカラオケに居る』、なんて言えないんやろ。


彼は優しいから……ハゲからうちに飛び火するから。

全部自分で解決しようとしとる。


時折見える彼の瞳。

またや。

朝日様は全然悪ないのに、まるで“自分が全部悪い”なんて思っとる。



「っ」



……何が、“陰キャに優しい陽キャはいない”や。

おるやんか。目の前に!


バーベキューの時も。

カラオケで絡まれた時も、朝日様はずっと助けてくれたんや。


それなら今ぐらい、うちが力にならんとあかんで!



「今はほんとに無理だから——」

「(机を叩く)」


「!」



こっちを向いた彼に、その画面を見せる。

理解出来たか分からんけど、とにかく操作。


スマートフォン、『ミュージック』。

『気怠げ第二王子とのピクニックデート♡』——『トラック002』――


スピーカー音量マックス、再生時間は『1:32』!




『——おい、準備はまだ時間かかんのか?』



『——早くしねーと置いてくぞ……ったく』



——ストップや!



「……」

『……』


「あー……って感じでさ、今から、その従兄弟と出掛けるんだよね」

『ッ、そうかよ——』


「じゃ! 従兄弟怒らせたらほんと凄いヤバイから! ごめんね!」



——ブチッ


そして、朝日様は電話を切る。

ふはははは! 家族の用事はムリ言えんからなぁ!


なぁハゲ! 今頃電話の前で不安がっとるんやろ?

その脅迫めいた声が家族様に届いたらどう思うやろなぁ!

ふははははははは! IQ5兆の朝日様の勝ちや!



「……ふう」

「だ、大丈夫かいな」



彼の首に、汗が一筋。

いやほんま。

あのドラマCD見せて、完璧にノッてくれた朝日様は流石やな——



「ナイスアシスト。助かったよ」



でもって輝く瞳。

その満面の笑みに、うちは思わずくらっと来た。


……写真撮ってええか?


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