レッド・カーペット



「まさか、ドラマCD? で誤魔化すとは思わなかったよ」

「ま、まあな。咄嗟に思いついて……」



アレから、もう一、二時間。

フードメニューはとっくの前に平らげて、話に花を咲かせて。


途中、せっかくカラオケ来たから一曲歌う? となって“大マジ一億ゴールド”を入れて俺が歌った。

彼女にも曲入れたらって誘ったんだけど。



《——「か、勘弁してや!」——》



歌うのが嫌だったのか、顔を真っ赤にして断られてしまった。

……ま、苦手なら仕方ない。


本当に大マジが好きで、コラボメニューの為に来たんだろう。



「じゃあ、そろそろ出ようか。時間的に追い出されそうだし」

「……お、おん」

「ほんとに歌わなくていいの?」

「だ、大丈夫や! お腹いっぱいやで!」

「そう?」



あのパフェ、そんなにお腹に来たのか。

まあデカかったし。



「……な、な。最後に、一番好きなシーンとか教えてや」

「えっと、そうだね……やっぱりシーズン2のラストかな」


「!」

「はは、分かる? 切ないんだけど、ツヴァイの優しさで涙腺に来ちゃったな」



シーズン2、最後のワンシーン。

主人公が転移先から学園へと帰ってきてしばらくして。

北の国は気温が低く、特に夜が深くなればかなり冷える。


大丈夫だったのか他の王子から心配されるが、彼女は全く覚えがない。

むしろ、暖かったと言って全員不思議そうな顔をするのだ。



「分かるで。あそこで、旅の最初からツヴァイ様に助けられてたんやって分かるんよな」

「……うん」



視点が変わり、一人で居るツヴァイの私室。彼の独り言で。

彼女が眠る間、ずっと彼は魔法で彼女の身体を暖めていたと分かるのだ。


そしてその事実を知るのは、俺達視聴者だけ。



「そんな報われなさも、ツヴァイ人気に拍車が掛かっとる。うちは知ってるでー! ってな!!」

「はは。あの世界じゃ――彼しかその優しさを知らないもんね」

「……いや、あっ。そっか、四期は見てないんか」



何かを言おうとして口ごもる彼女。



「その、シーズン3の途中でさ……」

「見んでええで」

「え」

「見んでええで。三期はあかん。巷じゃ、ご期とか言われとるぐらいに」

「そ、そうなんだ」

「全部アニオリやし、低予算やし酷いもんや。あのイキリハゲと同じぐらい」

「結構言うね木原さんは」

「四期は制作戻っとるからそっから見てな〜」

「ははっ分かった」



笑いながらそう言う彼女に笑ってしまった。

多分彼がココにいたら、俺はぶん殴られているだろう。



「……な、なぁ。なんで朝日様は、あんなのとまだ付き合ってあげてるんや?」

「そりゃ……怖いからだよ」

「へ?」

「威圧感もあるし身長も体格も人望もあっちが上。怒ったらどうなるかなんて分からない。機嫌悪い時はずっと俺、ビクビクしてた」

「……」

「ごめんね、情けなくて。さっきも助けてくれなかったら……もしかしたら行ってたかもしれない」



見栄を張ろうとも思った。でもきっと見苦しい。

それに……彼女達の前だと、どこか素直になれるんだ。

なぜかは分からないんだけど。


ただ、男として幻滅されたかもしれない。

そんなの気にするだけ無駄だろうけど。



「……じゃ、なんでなんや」

「へ?」

「なんでずっと、うちらを助けてくれたんや?」

「それは……俺のせいで、君達が——」

ちゃうで」



きっぱりと言う彼女。

今だけは、俺の目をしっかりと捉えて。



「バーベキューの時も、うちらはなにも言い返せんかった。だから朝日様が助けてくれた。んでヒメが堪えずに反撃して……恨みを持たれた」

「それは——」


「カラオケの時やって、そもそもヒメにハゲは来とった訳やろ。朝日様は関係ないやん」

「……でも、その発端は。最初俺が木原さんのとこに入ったせいで」


「違うわ。それを言ったら、発端はイミフの振り分けをやった先生のせいや」

「!」



何も言えない。

その言葉は全て、俺を優しく覆う様に。



「朝日様は——なんも悪ないんや」

「……っ」

「だから、ずっと“俺が悪い”なんて顔せんといてや。バーベキューもカラオケも、ずっとそんな顔なんや」

「なんで、そんな」

「感謝してるんや。あんたのおかげでうちらはな、正真正銘助かったんや」



真正面。

前髪から覗く目が、俺を捉えている。



「あんたは。そんな怖いとおもっとる相手に、うちらの為に歯向かってくれたんやろ? ちゃうんか?」

「それは——」

「なぁ」

「!」




思わず逸らす。

全部、見透かされそうで。




「ありがとうな、朝日様」




それだけ。

芯のこもったたった一言。


初めてだった。

ここまで、真っ直ぐの感謝の言葉は。


心の底。自分でも気付かないぐらい奥底、欲していた何か。

その何か、たくさんの中の一つを今。



「……ああ、そう、か——」



雪崩なだれ行くカラオケルーム。

世界が変わっていく様な、ぼやけた視界の中で理解した。


その何かを。

俺はきっと、今受け取ったんだ。


“ほっぺが落ちる”と同じ様に。

“泣くほど嬉しい”なんて言葉は、陳腐ちんぷな表現だと思ってたよ。




「……へっ? す、すすすまん朝日様! は、ハンカチハンカチ——ない! カバンか——」




慌ただしく焦る彼女。

人前で泣くことなんて、何時以来だろうか。


不思議と恥ずかしさは消えていた。

運命なんて恥ずかしい言葉を並べるつもりはないけれど。


なぜか彼女達の前では、ありのままを出せる気がするんだ。



「ごめん、大丈夫だよ木原さ——」

「ゔぁ゛!? 痛ったた……た?」



声を掛ける。

その瞬間、彼女の肘が横にある大きなアニメートの袋に当たって。



「…………ん?」

「あ゛っ」



どさっ、コロコロと。

中身を全てぶちまけて。



「…………」

「 」



それは、まるでレッドカーペットの様に。


飛び出した、絨毯の様なそれ。


パタン、と。綺麗に——その全容を見せてくれて。




「……ツヴァ……イ……?」



絶句した。


背景には乱れたシーツ。

そして真ん中。


濡れた髪。

薄いシャツは開けて、露出が広がっている。

……あられもない姿の彼が描かれたそれ。



「…………あの、さ」

「 」


「大丈夫。大丈夫だから! 見なかったことにするからさ!」

「 」


「し、死んでる……」

「 」






――レッド・カーペット(終)――







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