失った黄金



三人称視点




夜、夕方を過ぎて。



「あー久々に投げた~」

「真由って意外と身体動かすの好きだよな」



学校、最寄り駅近くのボーリング場から出てきた彼ら。

泰斗は途中で家の用事で抜けた為、翔馬と真由だけ。



「ねーどっかでゆっくりしたい~もちろん翔馬の驕りね」

「……仕方ねぇな」



暗くなった道を、彼は笑いながら歩く。

もう陽は居ない。

泰斗も塾なり家の用事なりで放課後は忙しい事が多い。


つまり、これからは翔馬と真由……二人っきりの時間が多くなるということ。



(おいおい、コレ“来た”んじゃねーの?)



邪魔者が居ない。

彼のテンションは、これ以上ない程上がっていた。



「あそこのファミレスで良いか?」

「……は? ふざけないで~」

「あ、あぁすまん」



美咲が居る場合は別だが、そうじゃない時は違う。

彼女は、お洒落な店しか基本行きたがらない。


ファミリーレストランなどもっての外だ。


しかし翔馬は知らない。

そういう時の店はずっと雑用に任せてきたから。



「あそこの喫茶店はどうだ?」

「んーここら辺うちの生徒いるからだるい~。行くなら駅の向こう側」


「分かった。真由の行きたいとこで良いぜ」

「え……良いとこ思いつかないの?」



失望した様な彼女の表情。

ちょっとした屈辱だった。


(めんどくせぇ……)


しかし、翔馬は耐える。

せっかく二人っきりなのだから。



「あーもう良い~。あそこ行こ、モンブランが美味しいとこ」

「どこだそれ、店の名前は?」

「知らな~い、陽が連れてってくれたし、陽に聞けば~」

「……ッ。別の場所にしようぜ、他にどこかねぇか?」

「え~んじゃあそこ。プリンすっごく美味しいとこ!」



(店の名前を言えよ、名前を!)



苛立ちながら、拳を握り込む。

その願いが通じたのか、彼女の口からそれは出た。



「“エルドラド”、だったかな~」

「! そこ行こうぜ、じゃあ」

「……はぁ。情けなく思ってよ~? なんでワタシが店決めてんの」

「す、すまん真由」



機嫌が悪い彼女に焦る翔馬。

携帯のマップアプリで検索して数十秒、見つける。


駅の向こう側。何度か行った事はあるものの――先導はずっと陽がして来た。

ほぼ初見。

なんとか奮い立たせて、彼は歩き出す。



(まあ、なんとかなるだろ)





「ね~まさか迷ったとか言わないよね?」

「い、いやそんな事ねーよ」

「歩くの疲れた~」



(ここら辺ビル多すぎだろ……!)



恐らく、一度は通り過ぎた。

同じ道を行ったり来たりを繰り返している。


この時間はサラリーマンが多いのもあって、距離感も掴みにくい。

初見では中々苦労する――マップアプリに頼り過ぎては逆に迷ってしまう。


そんな場所で。



「ッ、ココか?」

「ね~まだー?」

「多分この三階だ――あった! あったぜ、エルドラド」

「うっさい……」



マップのピンと位置がピッタリ重なる。

階段横、小さいビル案内を見ればそこに載っている。


なんと、幸運にも彼はそこを見つけた。

本来は駅から徒歩5分のところ、既に20分は経っているが。


ようやくありつける。



「プリン、プリン~」

「ハハッそんな好きなのか?」

「ココほんと美味しいんだよね~陽ってこういうの見つけるのは上手くてさ~」



(……機嫌も戻ったか? ったく、マジで大変だったな)



階段を昇りながら、安堵の息を吐く翔馬。

長い道のりだった。


ようやく、ようやくだった。



(アイツが見つけた店、ってのは不愉快だが……仕方ねぇ)



三階。

そのレトロなドア――に、辿り着く前に。



「ッ……!?」



時刻にすると19時頃。

平日といえど、金曜日。


エルドラドは隠れ家的ながら人気店。

数人が、その扉の前で並んでいた。


ココはファミレスではない、喫茶店だ。

いつに空くかなんて検討が付かない。

後ろに居る真由の表情を、彼は見るのが怖かった。



「…………」

「た、多分すぐ空くだろ!」

「はぁ……もう良い」



彼女は順番待ちの表にすら向かう事もしない。



「ちょ、真由ッ」

「帰る」



(嘘だろ、おい!)



心の叫びは通ることなく。


結果、その黄金プリンには辿り着けず。

二人の時間は終わって。



「待ってくれって! あ、明日だ!」

「……なに」


「明日は美咲も誘って遊ぼうぜ、なぁ」

「……」


「だ、駄目かよ?」

「……はぁ。良いけどさ――」



なんとか繋ぎ止める為、呼びかける彼。

ため息を付きながら、彼女はそれに振り返った。





「――陽も誘っといて。分かった?」









▲作者あとがき


久しぶりのあっち視点。

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