黄金郷


「こここここここここ」

「えっ大丈夫!?」



まずい、鈴宮さんがおかしくなった。

そんな変な事言ったか?


……いやいや、“そういう”意味じゃないってのは分かるはずだ。


会って数日しか経ってないんだし……。



「……」

「ご、ごめん。変な意味じゃなくて、ただ軽く一緒に何か食べないかなって」


「……私を、食べる?」

「……」



駄目だ、分からないけどそういう意味だと思ってる。

心なしか目がぐるぐるしてる気がするし。


勝手に脳内で変な翻訳してるみたいだ。



「うん。深呼吸しようか」

「!」


落ち着くにはそれに限る。

そう催すと、彼女は分かりやすく夜の空気を吸い込んだ。


……ちょっと吸い込みすぎじゃない?



「ゴホッ……ごめんなさい」

「ごめんね紛らわしい言い方して」


「いっいえ。私が悪いんです! 行きましょう!」

「あ、行きたい所あるの?」

「……」



固まっちゃった。

変わってるけど、やっぱりこの子は面白いな。



「付いてきてくれる? 鈴宮さん」





学校の最寄り駅の近くは、都会とは言えないまでも色々揃っている。


ボーリングにバッティングセンターとか、少し歩いたらショッピングモールもある。

あの時のカラオケも。

だからこそ、学校帰りに遊んでいく生徒が多いんだ。


流石にこの時間になるとほぼ見ないけど。

代わりにサラリーマンが沢山いる。



「ど、どこ行くんですか?」

「……内緒にしとこうかな」


「えっ!?」

「はは、変な所には行かないから」


「わ、分かりました」

「勉強してたし、甘いもの食べたい気分かなって思ってさ。どう?」

「! は、はい!」



彼女と並んで歩く。

駅を通り抜けて、向こう側のビル街へ。


徒歩五分程度歩けば付く目的地。

結構入り組んでいて迷いやすいから注意だ。

一人で何度か来たら慣れたけど。



「そこ、階段ちょっと急だから気を付けてね」

「ほっほい……」



その中のビルに入って、階段を登る。

緊張しているのか——少し表情が硬いように見える彼女。



「あんまりココ辺りは来ないの?」

「は、初めて……です」


「そっか。こっちまで来るとうちの生徒あんまり居ないもんね」

「はい……周り、大人の方ばかり……」


「良い所だよ。静かな場所が多いんだ——あ、着いた」



少し重い、木製のドアを開ける。

カランカランと鳴る鈴の音。


広がるのは——レトロチックな木造の机と椅子。

甘い香りと、落ち着くジャズのBGM。


『エルドラド』。この喫茶店の名前だ。



「いらっしゃいませ」

「電話で席取ってた朝日です」


「朝日様ですね、こちらへどうぞ」

「はい」

「は、はいぃ……」



中には、丁度二人用の小さいテーブル席が一つ空いていただけだった。

他は全てお客さんが居る。

前来た時はそこまでだったのに……良い店ってやっぱり情報が広まっていくんだな。


危ない。喫茶店といえど、一応電話で席取っといて良かった。

次も真由達と行く時は電話で確認——って何考えてんだ。


もう俺はあのグループじゃない。

染み付いた思考回路は、こんな時にまで——



「だ、大丈夫ですか?」

「あ。あぁごめん。平気平気」



今は彼女と二人だ、考えたくない事まで考えるな。


せっかくココに来たんだから。



「ちゅ、注文どうしましょう……」

「そうだね、鈴宮さんは飲み物だけ選んでくれたら良いよ」


「……の、のみもののみもの……」

「ミルクティーが飲めるならそれがオススメかな」


「の、のめます、むしろすきです」

「はは。分かった——すいませんー注文お願いします」


「——お伺いします」



店員さんがシュバッと現れる。

音もなく来るから最初はビックリしたな。



「これ二つ、飲み物はこれ……デカフェのミルクティー二つでお願いします」

「承知しました」



メニュー表を指差し。

伝えると、キッチンに入っていく店員さん。



「で、でかふぇ……?」

「カフェインが無いって意味だよ。さっきはお茶飲んでたし、夜も遅いからね」



フニャフニャした顔の彼女にそう答える。

なんか溶けそう。


ちなみにさっきからずっとこんな感じだ鈴宮さんは。見てて面白いけど。



「なっなるほど!」

「うん」



《——「……要らない。今は摂取を控えているからな」——》



喫茶店に初めて行った時だったか、泰斗は紅茶を拒んだ。

それが嫌いなわけじゃなく、身体に悪い(泰斗いわく)カフェインを取るのが嫌だったらしい。


かといって皆飲んでいる中で一人だけ——というか、羨ましそうに彼が見てたのが可哀想だったから、デカフェの紅茶を取り扱っている喫茶店を探した。


その中の一つがこの店というわけだ。

まさかそれで、“大当たり”を引く事になるとは思わなかったんだけど。



「お茶が好きなんだね、鈴宮さんは。喫茶店とか行くの?」

「じ、人生初です……」


「えっ——あ、ああごめん。そうだったんだ」

「……ごめんなさい……」


「いやいや、なんで謝るの?」

「こんなお洒落なところ、私似合わないですよね……浮いてますよね……」



今度は急に自信喪失してる。

心なしか、彼女が小さく見えてくるな。



「そうかもね」

「 」



し、死んでない? 大丈夫か?

やっぱり鈴宮さんって冗談通じないな!



「でも俺だって浮いてるから」

「えっ」

「ここのお客さん、仕事終わりの人達ばかりだからね」

「……確かにそうです」

「あと、周りなんてすぐに気にならなくなるよ。きっと」



最初入る時は緊張した。

でも、それを口に入れたら——



「——お待たせしました」


「ありがとうございます」

「! ど、どうも……」


「ごゆっくり」



店員さんがお盆にのせて持ってきてくれた。

レトロなティーカップに注がれた紅茶。


そして、今回のメイン。

綺麗なガラス皿に盛られたそれ。

美しいカスタード色に、空腹を誘うカラメルと生クリームがのっている。



「プリン!」

「はは、ごめんねずっと隠してて。好きなものって聞いちゃったから」


「あっあっ。ありがとうございます。き、喫茶店のプリンなんて……初めてです」



目を輝かせる鈴宮さん。

来ただけでこんな喜ばれるとは。



「まぁ食べてみてよ」

「は、はい……」



彼女は恐る恐るスプーンで掬って。

プルプルと震えるそれを大事そうに口へ持っていく。



「!!」



目を見開く鈴宮さん。

それを飲み込むまでに、大体10秒ぐらい。



「…………」



そして固まる彼女。


『ほっぺが落ちる』なんて言葉は、陳腐ちんぷな表現だと思ってたよ。

子供の時から、なんだよそれなんて笑い飛ばしていた。


でも初めてここのプリンを食べた時、その言葉が正しいと思った。

ああ、アレはこういう事だったんだな――なんて。



「ほっぺ、落ちちゃいそう……」

「分かる分かる」



初めにスプーンですくった時、そのかたさと弾力に驚く。

それでこれ大丈夫なやつか? なんて思って口に入れた瞬間。


ほどけた様に、コクの深いカスタードが舌の上で踊る。

カラメルソースによる少しの苦味がアクセントになって、カスタードの卵感とクリームの甘さを引き立てる。


俺も最初食べた時は、数秒固まった。

美咲もしばらく放心してたっけな。



「こんな美味しいプリン、存在していたんですね……」

「はは、気に入ってもらえて嬉しいよ」


「ミルクティーも凄いです」

「相性が良いらしいよ、お互いが美味しくさせるんだって。店員さんが言ってた」


「……なるほど……」



そう言いながら、スプーンを動かす彼女。

もう既に、周りの目なんて気にしていない。


目線はずっと、お皿の上だ。



「じゃ。俺もいただきます」



スプーンを手にして。

今口にいれたプリンは、きっと前よりも美味しかった。

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