旅の始まり



シーズン3という苦行はあっても、『大マジ』は俺の中ではまだ生きている。

なぜなら、それまでの1,2が凄く良かったから。


シーズン2は話のテンポが少し早かったけど、逆にああしないと13話内で収まらなかったと思う。


シーズン1とは全く雰囲気の違う、転移先から学園へ戻る為の旅。

長い長い道のり。

第二王子であるツヴァイと主人公との関係の変化を、綺麗に描いた傑作だ。



「……これ……」



『冷炎との旅路 Ⅰ』。

そのCDのジャケットには、ツヴァイとヒロインが並んで歩く絵が描かれている。


言うまでも無く――シーズン2の光景。


裏の説明いわく。

アニメで描かれなかった二人の旅のシーンと会話。

加えてそれぞれの心境が、ドラマ形式で収録されているらしい。



「……」



どうしよう、めちゃくちゃ欲しい。

でも、これ3000円するんだよな……。


しかも――


『冷炎との旅路 Ⅱ』。

『冷炎との旅路 Ⅲ』。

『冷炎との旅路 Ⅳ』。

『冷炎との旅路 Ⅴ』。



「っ」



流石に、合計15000円はキツすぎる。

かといって、単体買いはあり得ない。


絶対一枚目を聞いたら二枚目がどうしようもなく聞きたくなると分かる。

あとは聞きたいだけじゃなく、飾りたいまである。

ジャケットの絵を見てそう思った。


……でも、もう俺は翔馬達と遊ばないんだよな?

それなら良いんじゃないか?



「あのー、すんません」

「! ああごめんなさい、邪魔しちゃって」

「いえいえー大丈夫ですよ。っと――」



俺がその前で悩んでいると、女の人の声が掛かる。

そして、彼女は冷炎の旅路のⅠ~Ⅴを取っていった。


ごっそりと。

何の躊躇ちゅうちょも無く。


その瞬間、俺は理解した。

恐らく――この場で、おかしいのは己だ。

さっきの直感は正しい。陸に上がった河童は俺だ。



「…………」



しばらくフリーズ。

そして、財布の中を確認した。



「よし……」



今月は、ⅠとⅡを買おう。

来月は、ⅢとⅣを買おう。


これで良い。

大丈夫、我慢出来るはずだ。



「っ――」



手を伸ばす。

初めてのアニメートでの買い物。


それは心なしか、手が震えていた。

そして、今の自分に驚いていた。


雰囲気に飲まれている。

考え直せ、結局全部買うなら15000円だぞ?




「――――何やってんだろ、俺……」




ふと冷静になったら、一気にそれは遠のいた。


もちろん欲しい気持ちはある。

財布の中のほとんどを使い切るつもりだった。


「……っ」


それでも、俺の理性が踏み止めた。

あの場所に場違いな自分が、買うものじゃないと思った。


金額対高価に見合っていない。

無趣味な俺なんだ。すぐ飽きる。


《——「バイトするのは良いが……あんまり軽くお金は使わないようにな」——》


父さんもそう言っていた。

だから、駄目だ。

そう言い聞かせながら店を出た。



「……帰るか」



アニメートの外、一気に開放感。

振り返れば、手を伸ばすツヴァイが居る。


しばらくそれを眺めて、俺は駅の方へ向き直った。




木原視点




「……ミスった」



ほんまうちはアホや。

買い物の順番、普通は最後に抱き枕カバーやろ……。


手がかさ張ってる状態でボイス漁り(特売品)はしんどいで!

何時もより効率が落ちてまう。


「!!!」


こ、これは。

『カレとの添い寝、満月の夜(大人女子向け)』やないか。


いや知らんけど。

こんなん全年齢向けのとこで売っててええんか?

悪い子供が取っていきますわ。こんな風にな(暗黒微笑)。


ごめんツヴァイ様……最推しは変わらんから。

さて、あと一枚ぐらいキワどいやつ——



「!!!」



『第二王子の寝室にて』……これマジか?

確か3年前、大マジ二期放送終了後に出たやつや。


まだ持ってないやつ。

今日のうち、ツキが良すぎんか?


今日死ぬんやないか?

まっツヴァイ様(抱き枕)にダイヴするまでは死なんけどなぁ!

あ鼻血出そう。



「すいませーん、ちょっと通ります」

「あっす、すんません……」



後ろを通る店員さんを、うちのカバンが邪魔していた。

パンパンになったそれは、大分通路の妨害になっとる。


あ、あかんな、ちょっと舞い上がり過ぎ。

周りが見えんくなっとる。


アニメート様のホコリ以下のうち(カス)や、さっさと買うもんかったら出ていくで。

確か大マジのキャラソンも出てたからな。

最後にそれをこの大人向けCDの上に置いて、レジに持っていって終わりや。


……誰もうちのカゴの中身なんて気にしてないのは知っとる。

でも、やっぱ気になるんや!


今のうちは誰にも止められんで!!





こそこそとそれを手で隠しながら、少し歩いて。



「……あった」



大マジコーナー、ツヴァイ様が手を向けているのが分かりやすいな。


ちなみにこのジャケットが、そのままアニメートの玄関口の上に飾られとる。

客の数が何時もより多いのはそのせいやろなぁ……(上から目線)。



「ぐっ……」



新しく出た大マジのキャラソンは、合計4枚。

そのうち2枚ぐらい買おうか思ってたけど、お財布ちゃんのHPが足りないで。


……しゃあない、流石に今日はツヴァイ様の1枚で我慢するか。


これにて財布の残HPはマイナス100%。

ちなみにこれは、来週のうちのバイトでプラマイゼロになる。

つまり、実質0円や!

携帯のアレと一緒やな!



「んふ♪」



今日は良い買い物しかしてへんでほんま。

あとはこれをレジに持ってって、お会計して終わりや。


家帰って、携帯のミュージックに今日買ったCD全部入れて。

楽しみやなぁ。


これにてミッション・コンプリート——



「——!?」



そうして、大マジコーナーからレジの方向へ向いた時。

息が止まる。



「はっ、はっ……あれ?」



目の前、どこか息が切れている“彼”。


え?


なんで? なんでや? なんでなんや!



「木原さん?」



なんで、朝日様がここに!?


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