鼻血



「……」



まるで彼に導かれる様に、俺はその場所に歩いていた。


近付いていくたびに、歩いている人が変わっていくのを感じる。

……メガネ率、高くないか? 気のせいかな。



「!」



アニメ雑誌に彩られたガラスの壁。

アニメキャラのスタンドパネルが出迎えた玄関口。

人波を分けながら建物内に入れば、世界が変わった様に。


本、本。大量の本がそこに並んでいる。

それも大体漫画だ。


沢山の人の中、掻き分けて進めば急に本のコーナーは無くなった。

落ち着くかと思ったらそんなことはない。

クリアファイルにぬいぐるみ、フィギュアにカード、CDにクッションとか服とか、うちわなんかも——



「……おっ、と、ごめんなさい」

「ああすいません!」



ぶつかりかけて、なんとか前に進む。

止まっちゃ駄目だ。ごった返しまでとは言わないけど、人が多すぎる。


土曜日の昼間といえど、こんなにも居るのか。

ちょっと見て帰るだけだったんだけど、ずるずると奥に身体が入っていく。


もう、出口は見えなかった。





人混みは慣れている。

ある程度落ち着いたら、周囲を見る余裕も出来た。


だがその、今度は違う方面で落ち着かない。

辺り見る限りアニメグッズで、それら全て知らないものばかり。

最近じゃ『大マジ』しか見てなかったから仕方ないんだけど。


陸に上がった河童の気分だった。

俺なんかが入っていいのか分からない、別世界。



「……ふぅ」



とりあえずエスカレーター付近まで逃げた。

息が詰まる。全く落ち着かない。

集団客じゃなく、一人のお客さんも居るから孤独感とかは感じないんだけど。


……とにかく、地図を見よう。

柱に記されたそれを眺める。


今居る1階が『総合フロア』。

2階がキャラクターグッズ(一般)。

3階がキャラクターグッズ(男性向け)。

4階がキャラクターグッズ(女性向け)。

5階……キャラクターグッズ(その他)……。


お、多すぎる。

このビルの中に日本中のグッズがかき集められてるんじゃないか?。


もはやマップの意味があんまりない気がする。

一応女性向けとか男性向けとかはあるんだけど――



「ん?」



各階層の表示、俺の視線はその下へ。

ちょっと行ってみようかな。





エスカレーターにて1階の下へ。

要するに地下である。


『B1階 オーディオ・ビデオフロア』。


さっきの表示にはそう記してあった。



「……凄いな」



その中のオーディオエリア。

ずらっと並ぶそれに、思わず呟く。


翔馬達と適当にぶらついていた時は、音楽ショップとかたまに行っていたけど。

そこでは見た事のないモノばっかりだ。

ほぼ全部アニメキャラが写ってる。

たまに実写のものもあるけど。



「うわぁーやっぱ限定版売り切れかぁ」

「やっぱり朝から並ばないと無理だよね~」



聞こえてくる物騒(?)な声を聞き流しながら、広い店内を歩いて行く。


もともと『大マジ』しか知らない上に、特に目的もなく入ってしまった。

適当に見て回ったら帰ろうと思ったけど、軽く見れる品揃えの量じゃない。


傍から見たら、きっと俺は浮いてる。



「!」



探索を続ける事数分、またそれが目に映った。

CD。ジャケット写真に映ったツヴァイが。


……もはや安心感すら感じるぞ。




木原視点




「~♪」



土曜日。

漫研部に休日出勤なんてない。

昨日は学校終わりやったけど……バッチリ朝3時までゲームしてもうた。


中々デレんかったからな、あのツンツン君。

でもその分、デレてくれた時は感動した。

昨今じゃ最初っからデレデレしてる輩しかおらんし、うちも大満足。


まっツヴァイ様には到底及ばんけど(笑)。



「すぅ~」



そっからは朝13時(爆笑)に起きて、駅から走ってアニメートまで。

もちろん、推しと漫画の為。

先週も先々週も来たけど、あくまで寄っただけや。

本番は今日。


あぁこの大量のオタクとグッズの香り。

家よりも落ち着くで。

というか、ココがうちの第二の家や!





「……あ、あざます」

「ありがとうございました~!」



イラスト用の色鉛筆に、漫画用の原稿シートと切れてたインク。あとペンも。

新作のノートも気になったから買った。


財布の残りHPは大体68%。

ここからは、グッズ漁りの時間や……!


推しは推せる時に推せ。

グッズ購入は次作品への投資。

あとは自己満足。



《――「……愛花ちゃん、昼食代貰ってるんだよね?」――》


《――「だ、ダイエットやで」――》



お小遣いに加えて、昼ご飯代500円。あとバイト。

うちはそのほとんどをオタ活に費やしている。

ぶっちゃけ死にそうや。


でも、今日のためを思えば苦しくないで。

あっ鼻血出そう。



「……あ、あった……」



好きなアニメキャラ達の、アクリルスタンドを10個ほどつまんでから。

今日一番の目的やった、その大きな袋を見つけてすぐカゴに入れる。


そして、それを隠す様に予め取っていたクリアファイルを被せる。



「……ぐふ」



マスクの下で、誰にも聞こえない様に笑う。

今まではどこか自分の中で理性という名の枷があった。


しかしながら、それは壊れた。

何時からかなんて分からん。

……あえて言うなら、あのバーベキューの時からやろか。


この人混みが、うちのそれを隠してくれる。

別に誰も気にしてないやろうけど。

誰よりもうちが緊張してるんや。



「……お、お願いします。支払いはメートペイで……」

「! はい、少々お待ちください~。足りませんね、チャージなさいますか?」

「お、お願いします」



鼓動の音がうるさい。

店員様のご配慮によって、中身が全く見えない大きめの袋にそれを入れてくれる。


金額にして20000円とちょい。

想定内。

財布の残りHPはマイナス10%。


来月の昼ご飯も、一日食パン一枚づつや。



「あっ、あざす……」

「ありがとうございました~」



挙動不審なのは、うちが一番分かってるんや。それでもこのドキドキは止められん。



「……ほんまに買ってもうた……」



値段にして13000円。

広げれば掛け布団の半分ぐらいのサイズ。

ただのデッカい布やない。


正真正銘公式絵師(神)直筆。

『大マジ』、うちの最推しが描かれたそれ。


ツヴァイ様の――“抱き枕カバー”が! 

この! うちの鞄に入っとる!


うおおおおおおおおおおお!!! (感動)。


興奮し過ぎて死にそう。

あっまた鼻血出そう。



「……あとは、“ボイス”だけやな」



いざ逝かん、地下一階まで。

オーディオフロアや!


待っててな――ツヴァイさまー!


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