レッド・カーペット

休日



「……もう昼か」



今日は休みだ。

父さんは土曜日も仕事だったから、この家には俺しかいない。


そもそも今は出張してるから休みでも家に居ないんだけど。



「はぁ……」



ため息を吐く。何もやる気が出ない。

『大マジ』、シーズン2を見終わったのが昨日の夜中の一時。

最終回は最高で、異国の地から無事学園まで戻ってきた瞬間は感動的だった。


これで終わってもおかしくないぐらい完璧なエンディング。しかしまだシーズン3,4がある。

ウキウキで続きを見ようとした。

まだ大マジは、折り返し時点なのだと嬉しくなった。

だった、のに――



「……面白く……なかった……」



頑張って見れたのは2話だけ。

気付けば3話で寝ていた。このソファーで。


何というか——“こういうのじゃない”。

シーズン2にあった、物語の面白さがないというか。

そもそも話がスローペース過ぎて進展しないし、見ていてダレる。


一番許せなかったのは、俺が一番好きなキャラが“違和感”しか無かったことだ。

第二王子である彼は主人公に対して一見無愛想だが、その中には確かに優しさとか、愛が見えていた。


でも……なぜかシーズン3からはひたすらに失礼なだけ。

理由があるのかと思ったが、全く説明などない。

見ていてイライラしてしまって、初めて早送り機能を使った。


極めつけに、1,2に比べ戦闘シーンの出来が悪すぎた。

第二王子は火魔法を使うのだが、アニメーションでなく紙芝居の様に一枚絵で終わった。

俺はそこで再生を終えた。



「……外行くか」



一人になってから増えた独り言を呟きながら、携帯を眺めた。

“リスト”を見て、行く店を調べ身支度を始める。


アプリからラジオを立ち上げて、ワイヤレスイヤホンを耳に突っ込み――いざ外へ。


いつもの週課だ。

気晴らしには丁度良いだろう。

……このショックが、到底晴れるとは思わないけど。





学校の最寄り駅から、数駅離れた○×駅。

この市じゃ一番の都会だ。


基本ここは何でもある。

娯楽施設、服屋、レストラン。

学生は休みはだいたいココに来てるんじゃないかってぐらい人が多い。

もう慣れたけど、最初に来た時はそれに圧倒された。

こんなにも沢山なモノに囲まれた場所。当然流行りだって集まる。


窓を眺めながらそう思う。

とあるビルの中にある喫茶店、そのカウンターで。



「おまたせしました、しぼりたて和栗モンブランです〜」

「ありがとうございます。本当に目の前で絞ってくれるんですね」


「そうですよ! この為だけの特注の器具なんです〜気合も一緒に入ってます、これはフワフワですけどね〜」

「はは、このためだけに来た甲斐がありました」

「わー! ありがとうございます」

「いえいえ、それじゃ頂きますね」

「はい、ごゆっくりどうぞ〜」



最近の流行りを取り入れたらしいそれ。

小さめなケーキの上にモンブランが降り掛かっていて、中々綺麗だ。



「……」



口にすると、搾りたてなだけあって栗の香りが一気に広がる。

下の生クリームとスポンジはそれを邪魔しない控えめな甘さで、一層モンブランを引き立てている。

見た目は大きいが、するすると無くなって量も丁度良い。


……うん、美味しいな。

ただの流行りものって訳じゃない。

ちゃんと満足感もあるし、重くもないからデザートにはうってつけだ。


これなら真由も満足——



「っ!」



……またやってしまった。

こんなことしても、意味なんて無いじゃないか。



《——「んー、ギリ合格!」——》



休み翔馬達と遊ぶ時。真由は特に食事をこだわっていた。

チェーン店なんてありえない。

味と見た目はもちろん、流行りを取り入れた場所じゃないといけない。


モデルをしている彼女はとにかくSNSに力を入れている。

特に外食の写真は大事らしく、真由のお眼鏡に適えば撮影が始まるのだ。


……逆に外した時は機嫌が悪くなる。

美咲が居たらそこまでなんだけど、その分居なかったら最悪だ。



《——「センス無さすぎ〜。ワタシ要らない」——》

《——「陽、お前マジでねぇわ」——》



そうすれば当然、翔馬の機嫌も悪くなるわけで。


泰斗はカフェインとか成分を気にするだけだから楽だけど、真由は味と見た目両方90点以上じゃないとダメだから大変だった。


だからこそ、ネットで良い感じの店を探してリスト化して。

予定の無い休日は、こうして一人で先に巡って店を厳選するのが週課になっていた。


思えばもう——これもやらなくて良いんだな。

もう俺はあのグループじゃない。


そっか。

もう休みに真由と遊びに行く事もないもんな。

でも……翔馬達は大丈夫だろうか。彼女が満足する店を知ってるんだろうか。



「……っ」



席を立つ。


ああ、やめよう。

俺には関係のない話だ。


どうなったって関係ない。

せっかくのモンブランの味が濁ってしまった。



「お、お客様、お口にあいませんでした……?」

「えっ」


「その、あんまりよろしくなさそうな表情でしたので……」

「ああいやいや! 全然そんなことないですよ」


「そうですか?」

「凄い美味しかったですよ。また来ますね、次は紫芋の方食べたいので」

「! すいませんついお声掛けしてしまって。ありがとうございました〜」



店員さんに頭を軽く下げて、店から出る。

ココの名前と場所は覚えた。来週もう一度来よう。

どうせ予定なんてない。



「……はぁ」



外の空気を吸い込んで、大きく吐いた。

ああもう、ほんと何やってんだよ俺は。


思い出さなくて良い事ばっかり思い出して、要らない心配して。

店員さんにも悪いことをしてしまった。


もっと、楽しい事を考えたい。

ああそうだ、大マジの続き……は微妙なんだった……。

詰んでいる。もう家に帰ってラジオでも聞きながら昼寝――



「——!」



そう思って早歩きで駅に向かおうとした時。

向こうの建物のポスターに、思わず目を惹かれた。

『アニメ放送中!』のメッセージと共に、キャラクターが存在している。


濃いめの青髪。

整った顔。

嫌そうに目を細めているものの、対象的に手をこちらへ伸ばしている姿。



「『ツヴァイ第二王子』……?」



見知った彼が、まるで誘う様に――大きく、大きく描かれていた。



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