「俺、脱ぐよ」



「……泰斗?」

「ん、来たのか……翔馬の言う通りだな。どうしてココに来た?」


「翔馬を探してるんだけど」

「そうか。戻れ」


「いやいや……何してるの翔馬は」

「知らん。だがお前を入れるなと言われた」



軽く笑ってそう言う泰斗。

鼻につくそれ。


……無視しようか。



「ごめん、退いて」

「おまっ——良いから戻れと言っている」


「分かった」

「……全く、最初から素直に——」


「ごめんね泰斗」

「何!?」



泰斗はびっくりするぐらい足が遅い。

だからそのまま戻るフリをして、簡単に抜けた。



「確かあそこだったな——」



走って、彼女達が入っていっていた部屋に向かう。

カラオケなのに歌っている音が聞こえてこない。


見えた光景は――



「っ」



最悪だった。


ガラスの向こうに、翔馬が居た。

一人、泣く寸前に見える女の子の姿も。

だから、すぐにそのドアを開けた。


間に合わなかったけれど――



「――何やってるの、翔馬」



静寂のカラオケルームに、俺の声が木霊こだまする。


鈴宮さん達が一斉にこちらを向く。

当然、翔馬も。



「あぁ? 泰斗は何やってんだよ……」

「——す、すまん翔馬! 陽が聞かなくてな」


「うるせぇ泰斗。お前もう戻ってろ」

「……承知した」



俺の後、入ってきた泰斗は消える。

そのまま、翔馬と対面した。



「翔馬、お願いだからやめて。俺が全部悪いから」

「お前の謝罪なんて価値ねぇんだよ、オラッ続きだ。子供じゃねーんだから謝れるよなぁ?」


「……っ」



ビクッと震える柳さん。

あの強気な感じとは真逆だった。


……だからこそ、こっちまで苦しくなる。


俺が。

俺が——彼女達と楽しもうと思わなければ、こんなことにはならなかった。

彼女があんな目をすることは無かった。


全部俺のせいなんだ。

だからこの場は、この自分が解決しなければならない。


その後は、もう彼女達と関わってはいけない。

これ以上三人に迷惑を掛けるのは嫌なんだ。



「……翔馬」

「チッうっせぇなあ! お前は黙れって——」



顔すらこっちに向けない彼。

俺は拳を握り込む。



《――「返して」――》



あの時、柳さんは翔馬に立ち向かった。

何もできなかった自分に代わって。


だから俺は覚悟を決めた。

これを言ってしまったら、もう後に引けない。



それでも――




「――俺、脱ぐよ」


「は?」

「「……え?」」



一瞬で空気が変わったのを感じる。

翔馬の興味をそそる視線が、柳さんからこちらへ移った。



「今なんつった?」

「聞こえなかった? 今ココで脱ぐって言ったんだけど」


「……はぁ?」

「それで柳さんの事は、きっぱり忘れてよ」


「はっ、ハハハハハ! なんだよそれ!」

「でも条件があるんだ。俺の裸はそんなに安くないから」


「!!!」

「……そ、そうなんか……?」

「」ゴク



とりあえず、彼の気を引くことは成功した。

ついでに三人のも釣れたけど……。

あとは何とか翔馬を頷かせる。



「……聞いてやるよ、条件ってのは?」

「俺のカラオケの採点で、95点以上出せなかったら」


「ハッ、却下だな」

「最後まで聞いて。曲は——翔馬が選んでいい」


「……は?」

「どう? なんでも良いよ、本当に」



淡々と翔馬に言った。

その途端に——翔馬の表情が変わっていく。


いつものような、俺を笑うそれに。



「お前バカだろ! 何が安くないよ、だ。安売りじゃねーか」

「そうかな」


「こんな“どうでも良い”奴らに熱くなってよぉ。そこまでの馬鹿だとは思わなかったぜ、ワンチャンあるとでも思ってんのか?」

「……で、どうなの。この条件で――勘弁してもらえる?」


「ハハハハハ! 良いぜ、あんなネクラなんてもうどうでも良い」

「そっか。あ、美咲と真由も呼ぶの? 出来れば呼んでほしくないんだけど。下手な歌も聞かれたくないし」

「呼ぶに決まってんだろ! テメェが言ったことだろ? 覚悟決めろよ」



……なんとか頷かせられた。

美咲と真由は、今すぐ来てくれないと困るから安心した。



「仕方ないね」

「あーあ、お前終わったな。ハハハ!!」


「うん。じゃあ行ってらっしゃい」



笑いながら出ていく翔馬。

それを見送って、息を吐く。


静寂。

カラオケルームに似合わない空間。


ようやくココから彼が居なくなった。

きっと後ろの彼女達にとっては、長い長い苦痛だっただろう。



「ごめん柳さん」

「……」



振り返って頭を下げる。

相変わらず無表情だけれど、目元はまだ少し赤いままだ。


申し訳なさで締め付けられる。


それでも、俺にはどうしようもない。

ただ出来るのは謝るのと、気を紛らわせる事だけだ。



「元気出るなら今すぐ脱ぐけど」

「!?」ビクッ


「流石にそんなんじゃ出ないよね」

「」ブンブン


「はは、ありがと。ほんとごめんね――俺のせいで」


「わ、悪いのはあのハゲや、全部」

「そっそうです!」


「は、ハゲ……」



横からそう言う彼女達。

……これ翔馬が聞いたらブチ切れるだろうな。



「でででもその、は、裸……」

「や、安くないんやろ」


「あ。見たい?」


「ひゃっ!?」

「へ、い、いや、見たいか見たくないかってそりゃアレやけど」


「ははっその時はよろしくね。超恥ずかしいけど」


「ひゃ、ひゃい……」

「……」



この部屋の操作タブレットを操作しながら話す。


本当に彼女達の反応は面白いな。

そして、話していて楽しい。

こうしていられるのも今日限りだと思うと寂しいよ。


そう思いながら、ポチポチとタブレットに打ち込んで――



《かんたん採点をスタートします》



まもなく採点機能を始める画面に変わった。

あとは、曲を入れるだけだ。



「で、でも——私達の為にそんな……」

「え? いやまず俺が原因だから、俺がなんとかしないと」


「べっ、別に無視でええやん……?」

「いやいや」


「どうして、なんですか」

「!」



どうして——なんて言われても。

俺のせいなんだから、俺がケリを付けないと。


……でも、確かにそうだよな。

今日限りの関係なのに、そうする理由は客観的に考えれば無い、かもしれない。


俺はどこか、心の奥底で期待してるのか?


——なにを?


——どうなりたい?


彼女達に、何を求めて……。



「っ」

「「「?」」」



分からない。

でも、多分。


それを言ってしまったら、きっといけないはずなのに。



「ただ、俺は、君達と——」



――ガチャッ、と。

瞬間、台詞を止める様に開いたドア。




「よう、連れてきたぜ」



幸か不幸か分からないが。

その声で、その先は途切れてしまった。


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