序曲



カラオケは、俺達の放課後だと結構定番だ。


三人共歌うのが好きだから。

美咲は得意ではないらしいけれど、そもそも学校終わりは部活だからあまり来ない。



「次美咲~!」


「あっ私は大丈夫だよ」

「ダメーそろそろ三周したし、美咲も歌いなよ~」

「えー……あんまり歌えないんだって私」


「俺達も聞きたいよなぁ、泰斗」

「あぁ歌はいいぞ。良いストレス発散になる」


「もー分かったよ、じゃあコレで……」



《♪》



流れ始めるイントロ。

歌われる曲のランキングで上の方のそれ。


こういう感じで、いつも美咲は歌わされる事が多い。



「……♪」

「ふふ、可愛い美咲〜」



ぎこちなく、両手でマイクを握って歌う彼女。

上手いとは言わないけど、それが返って可愛らしいんだよな。


実際、三人は美咲が歌う時はスマホを見ないで彼女を見る。


翔馬なんてずっとニヤニヤしてるし。



《——「美咲も真由も、オレのもんだ」——》



そんな彼にさっきのセリフが過る。

……このグループで、まともに話せるのは美咲だけだ。


《——「次ああいう事があったら分かってろよ」——》


だがそれも、彼が居れば叶わない。

毎度毎度ああ突っ掛かられると考えたら憂鬱だ。



「……」



じゃあもう、俺がココに居る意味はなんだ?


カーストトップがなんだ?

そもそも彼らは友達なのか?


冷やかしに理不尽。ひたすらに惨めになるだけ。

毎日毎日、楽しくもない日々を嫌々過ごすのか——



「——失礼します、フードメニューご注文のお客様ー」


「!?」


「ん?」

「あ?」

「なに?」


「!!」



思考がドス黒い沼に入ろうとした時、店員が部屋に“それ”を持って入ってきた。

でっかい盆の中。

バッチリ映る派手なパフェにオムライス、ソーダフロート。

……そして、アニメキャラの缶バッチ。



「わっ、私が受け取る!」

「えっなんで美咲が? そのまま歌ってて〜」


「あ、後でもう一回歌うから! ごめん!」

「あっ止めちゃった!?」



不思議そうな表情の真由に、明らかに焦った表情をした美咲。

タイミングが悪いが……危なかった。

こういう役回りが俺で良かったと心底思う。



「——ん、美咲が頼んだのか?」

「いや俺が頼んだんだ。ああすいません受け取ります、ありがとうございます」


「……? それではごゆっくり」

「どうもー……」



見られない様背中を向けて、主張の激しい缶バッチを3個回収、ポケットへ。

その後パフェ達が載った大きな盆を受け取る。

店員には不審な行動をして申し訳ないが、これも彼女の為だ。


この缶バッチを翔馬が見たら——間違いなく美咲が不快になる事態になるのは確実。

彼女はこのアニメキャラが好きなのを隠したがっていたし。



「オムライスにソーダフロート? それになんだこの目に悪いパフェは」

「これ期間限定だからせっかくだし、と思って」


「カラオケのフードメニューらしいクオリティだな。センス無いぞ陽——」

「わ、わー美味しそう!」


「!? あ、ああ。センスあるじゃないか陽」

「はは……ありがとう。なんかあげるよ美咲さん、どれが良い?」

「あっ、ほんと!? わたしお腹空いてるし貰おうかなっ?」

「うん」



手のひら返しの激しい泰斗は置いといて、美咲に盆ごと持って行く。


我ながら下手な演技だけど、まあ良いや。



「じゃあオムライスとフロート貰おうかなっ」

「良いよ。じゃあ残りは――」


「真由はそのパフェ貰う!」

「え」


「美咲ぃ〜一緒に食べよ〜」

「それ陽君の――」

「大丈夫だよ美咲。食べたくなったら後で追加する」

「そ、そう?」

「ん? 美咲って炭酸苦手だったと思うが」

「あはっ、ちょっと挑戦しようかなって!」



食にはうるさい真由だから、絶対食べないと思ってた……美咲パワー凄いな。


まあ結果オーライ。


うまく行った。

この缶バッチは――



「ありがとね、陽君」

「いえいえ、どういたしまして……アレはあとで渡すね」


「う、うんっ」



オムライスとソーダフロートを渡しながら。

耳元。

バレない様、小声でそう伝えた。


パッと表情が明るくなって、こっちまで嬉しくなる。



「美咲、早く食べようよ〜」

「あっちょっと写真撮って良い?」

「? 珍しいね〜」


「おい陽」

「! なに?」



そして掛かる声。

見ればマイクを握っている。

……こういう時は、大体アレだ。



「次、お前歌え」


「……別に良いよ」



初めて彼らと行ったカラオケ。

俺が歌うと不機嫌になる翔馬。



《——「下手な上に声デカくて不愉快なんだよ」——》



そう言われた。だからずっと見るだけだった。

……つまりこういう時は大体何かしてくる。



「ハハハ! 曲入れといてやったからよ、歌えよこれ」

「えっなにこの曲」


「歌えなかったら罰ゲームで真由の分奢りな」

「ちょ……」

「マジ? やったー!」



《——♪》



バン、とタイトルが表示されイントロが始まる。

予想通り翔馬の嫌がらせだった。


ついでに真由の好感度を上げて、断りづらくもさせてくる。



「お、『大マジ一億ゴールド』……? うわっえっと——♪」


「ハハハハハ! ちゃんと歌えよ!」

「翔馬、この曲はなんだ?」

「再生履歴にあったふざけたタイトルの曲」

「ククッそれは愉快だな、しかし酷い歌詞に曲だ。これは歌と呼べるのか?」



俺がよく聞くラジオでは、こんなジャンルの曲は聞いたことがない。

全く知らない初見。

要するに無理。詰んでいる。



「ッ――」

「ちょっ美咲どうしたの〜?」



……ただ何か、美咲の様子がちょっと変だ。

明らかに翔馬と泰斗へヤバい視線を向けていた。

まるで殺意が篭ったような。



「……何でもない」

「はいあーん♪」

「う、うん……」


「ハハハハハ!」

「全く酷いなコレは。一覧から削除しろ削除」


「ッ……」

「ちょっ美咲顔怖い~!」



翔馬と泰斗に笑われながら。

美咲すら機嫌が悪くなる、最悪のカラオケルームで。


全く分からない曲を歌い続ける。

苦痛の時間。


気分も喉も、声も死んでいくのを感じる。

音程を合わせることすら面倒だった。



「♪……」


「もう罰ゲーム確定だなぁ、泰斗ドリンクバー行こうぜ」

「聞くに耐えんな。同行しよう」



諦めて流していると、そう言って外へ出ていく二人。

残ったのは真由と美咲。



「真由達も行く〜 パフェ甘すぎてコーヒー欲しくなっちゃった〜」

「え? 私は別に」

「良いから一緒に行こ〜!」

「わっちょ……」 



申し訳無さそうな彼女を最後に。

そのまま、カラオケルームは俺だけの場所になった。

ひたすらにその歌が流れ続ける。


マイクを持つ手を離して置く。

酷く自分が惨めに思えた。



《♪》



「……」



だからもう、良いかなと思った。

『再生停止』――静寂が支配する。

口にしたアイスティーが、酷く苦い。



「これなら、一人の方がマシか」



誰も居ない部屋。

そう言ってみて、その声が響いて——ふっと形容しがたい孤独感が包み込む。


一人は嫌だ。

だから、まだこのグループに居るんだ。


誰かと一緒に居たい。

例えこんな場所であっても——



「——あ」


「捨てられた子犬みたいな顔してる。ちょっと可愛いじゃん〜」

「ご、ごめんね陽君……」



真由と美咲が帰って来て、慌てて表情を戻す。


“彼女達”と出会った後からずっとこうだ。

変な思考の沼に陥っている。


さっきまでの俺の表情はどれだけ酷いか。

鏡がないせいか、不安になって仕方がなかった。



「終わったから歌ってよ。俺もドリンクバー行ってくるから」

「ふふん♪ 何歌おっかな」


「じゃ……美咲、アレは鞄の下に置いてるから」

「! ありがと……」


「? 何話してるの美咲〜」

「な、なんでもない!」

「あやしい〜」



見るからに緩んだ表情。

それだけ好きなのに隠さないといけないのは、結構しんどいだろうな。


でも——そんなモノがあるのが羨ましいとも思う。



「あっそういえばあの二人は?」

「? 知らなーい」

「見てないね……ドリンクバーにも居なかったよ」


「え?」


「美咲〜デュエットしよ〜」

「う、う〜ん……」



《——「泰斗、ドリンクバー行こうぜ」——》



でもあの時、確かにドリンクバーって言ってたよな。


アレからまぁまぁな時間が経ってる。

やっぱり、おかしい――



《——「覚えとけよ、テメェ」――》



――そして、バーベキューの時の彼の姿が蘇った。


線と線が繋がっていく。

最悪の状況が、俺の脳内で形作られていく。



「え、陽君——」



気付けば飛び出していた。

どうしたら良いかなんてわからないけれど、とにかく走った。



「……居ない」



ドリンクバーのところには誰も居ない。

トイレも見たけど同じ。


階段を駆け上がって、上の階へ。

彼女達のカラオケルームがある階。


俺の思い違いであるなら良かった。



「っ——!?」



でも、息が上がる中で見つけてしまった。

泰斗“だけ”が、こちらへと向かって歩いてくるのを。




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