第二十七話

 橘三人たちばなのみひと嘉乃よしのを送って行くのを、道足みちたりは歯を噛み締めて見ていた。嘉子妃かこひが懐妊したという話はすぐに道足みちたりの耳にも入った。

 沸き起こる黒くてどろりとした感情を噴出させないことで、精一杯だった。


「お父さま、わたくしは悔しいです!」

 娘の聖子せいこ道足みちたりに言う。

 目に入れても痛くない娘。

 年頃がちょうどよいので、清原王きよはらおうの妃にすべく、小さいころからそのように育てた。聖子はそれによく応え、努力も怠らなかった。

 道足みちたり嘉子かこ妃の姿を思い出した。

 確かに、恐ろしいほどの美貌だ。だが、それが何だと言うのだ。

「わたくしなら、清原王きよはらのおおきみの隣に並んで詠唱出来たものを」


 そうだ。

 聖子には文字の力が発現したというのに。文字の力が発現して、勝った、と思ったのに。

 道足みちたりは手を握り締めた。爪が手のひらに刺さる。

 聖子に視線を移す。

 容姿は十人並みだ。でも、象徴花しょうちょうかを持つ。美しく着飾れば、やはり愛らしく見える。それに何より、六家りっかに生まれついた気品がある。

 本来、あの舞台の上で清原王きよはらのおおきみと並び立つはずであったのに。


 そのとき、「妃はやはり、力のあるものがよかったですな」という声がした。

 声の方を見ると、ひのき氏の虎守こもりの独り言であった。

「そうですなあ。力があれば、もっと世界は浄化されましたものを」と、葛宗茂かずらのむねしげが言った。

 道足みちたりが何か言おうとしたとき、「まあいいじゃないか! 今日は久しぶりに、正しい儀式というものを見たぞ!」という、葦敦海あしのあつみの声がして、道足みちたりは「ち!」と小さく舌打ちをした。

嘉子妃かこひはご懐妊ということだ。めでたいことじゃないか。どんな美しい子どもが生まれるか、今から楽しみだな」

 敦海あつみがそう言うと、「それはそうですな」と宗茂むねしげは笑った。


「お父さま!」

 聖子が袖を引いたので、道足みちたりはその場から離れることにした。涙を浮かべる娘を少しでも慰めようと思ったのだ。

 その道足みちたりの後を追いかける影があった。

道足みちたりどの」

 名を呼ばれて、道足みちたりは振り向いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る