第三節 竜巻はあらゆるものを巻き込んで

第二十話

 清原王きよはらおうはその夜、嘉乃よしのをそのまま自分の部屋へ連れて行った。

「清原王、その娘は」

真榛まはり。私は、嘉乃とめあわしの儀を行う。――ふじ氏の姫とは婚姻を結ばない」

「清原王!」

 真榛まはりの硬質な声に嘉乃は身を固くした。

「――嘉乃、大丈夫だ」清原王は嘉乃を引き寄せ、優しく囁いた。

「清原王、でも」

「大丈夫だ」

 清原王がもう一度言ったとき、真榛まはりが「少しも大丈夫ではありません」と言った。


真榛まはり。私はこれまで、立派な天皇となるべく、必死で努力してきた。そして、これからもそうすると誓うし、民のために生きていこうと思っている。――一瞬、皇太子であることをやめて、どこかへ行ってしまおうかとも思ったのだが」

「清原王、それは……」

 眉をひそめた真榛まはりに、清原王はくすりと自嘲気味に笑いながら言う。

真榛まはり、私にはそれは出来ないのだよ。私より強い力があるものはいないのだから。その意味をよく分かっているから。――誰よりも。私がいなくなれば、どんな恐ろしいことが起こるか分からない。だから、きちんと責務を果たすと約束する。――そのためには嘉乃が必要なんだ」

 清原王は嘉乃を抱き締めた。


「清原王……しかし、混乱を招きます」

「分かっている。それでも、どうしようもないんだ」

「藤氏が、何と言うでしょう?」

「……分からない……いや、分かる。恐らく、激昂するだろう。藤氏とは対立することになる」

「でしたら」

「それでも、私は、嘉乃以外は考えられない」

「せめて、側女そばめに」

「無理だよ、真榛まはり。そんなことは、出来ないんだ」

 清原王はますますきつく、嘉乃を抱き締めた。

「清原王」

「……真榛まはり。私はこれまで充分努力してきたと思う。だから、ゆるして欲しい。このことだけ。嘉乃のことだけ。――他は何も望まない。だから」


 真榛まはりは清原王と嘉乃を暗澹たる思いで見つめた。

 これから行わねばならないあらゆることを思うと、頭が痛くなった。

 しかし、同時に真榛まはりは思った。

 このような清原王は初めてだ、と。

 ずっと従順でおとなしく、言われたことを文句ひとつ言わずにおこなって来た。勉学も体術も帝王学も、全て。端で見ていて、逃げ出したいと思っても仕方がないほどの仕事量と重圧だった。しかし、この方は弱音も吐かなかったし不満も漏らさなかった。婚姻が決まったときも、受け入れていた。――最初は。嘉乃に会うまでは。


 この方は、藤氏の姫との婚約を破談にする意味を充分に分かっている。分かった上で、嘉乃と結ばれたいと言っているのだ。共に生きていきたい、と。

 不器用で真っ直ぐな方だ、と真榛まはりは思った。

 真摯で純粋で――そして実は強い意志を持っていたのだ。

 自分の意志などない方かもしれないとほんの少し不安を抱いていたが、実はそうではなかったのだ、と知って、真榛まはりは、これからのことを思うと病める気持ちになると同時に、ほっと安堵する気持ちを抱いたのだ。


「分かりました。それではそのように準備いたしましょう」

真榛まはり

「大変ですよ?」

「……分かっている。――すまない」

「いいえ。――あなたですから、お支えしたいと思うのです」


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