第十九話

「……象徴花しょうちょうかを持っているなら、文字の能力のある方。ということは、六家りっかの血筋の方。――そう、思っていたのに、まさかあなただったなんて。――皇太子さまだなんて」

嘉乃よしの?」

 嘉乃は美しい瞳から涙を流した。

「一生、会えるはずもないと思っていたの。象徴花しょうちょうかを持つ方とは。だって、わたしはただの村娘だったんだもの」


 そのとき、数多あまたのユキヤナギの小さな白い花が、二人を取り囲んだ。

 まるで、喜ぶように踊って。

 小さな白い花に月の光が落ちて、きらきらと光った。

 二人は淡い白い光の中にいた。

 嘉乃の頭に、またあの声が響いた。



 運命の子たる予言の王を、産み給ふ娘よ

 運命の相手と象徴花しょうちょうかを共有し、

 栄えたる瑞穂の国のいしずえとならん



 嘉乃は清原王きよはらおうに手を伸ばし、清原王は嘉乃の手をとり引き寄せ、きつく抱き締めた。

「嘉乃、愛している。――私と結婚して欲しい」

「月原さま――いいえ、皇太子さま、清原王」

 嘉乃は、逃れられない、と思った。

 運命からも。

 それから、このどうしようもなく愛しく思う気持ちからも。


 嘉乃は清原王の背中に回した手に力を込めた。

 ユキヤナギが二人を祝福するかのように、舞っていた。

 二人を囲んで。



 清原王と嘉乃は、いつもの建屋で寄り添いながら、月を見ていた。

 今夜の月は、小さく白く銀色に輝いていて、その銀色の光が夜に滲んでとても美しかった。

 建屋の中は橙色の文字の灯りで満たされていて、あたたかな空間になっていた。

「もう隠すことはないから」と清原王が言って、灯りをともしたのだ。その橙色の灯りは、清原王の人柄そのままにとても優しい、と嘉乃は思った。


 清原王は嘉乃を後ろから抱きかかえていて、嘉乃は清原王に寄りかかっていた。

 清原王の唇が嘉乃の首筋に触れ、嘉乃は目を閉じた。

 清原王の手が嘉乃の肌に触れる。

 全身で、清原王を感じながら、嘉乃は思った。

 運命だからかもしれない。そうでないかもしれない。

 だけど、とにかく、この人でなくては駄目だ。

 分かっている。身分が違う。この人には既に婚約者がいる。ふじ氏のお姫さま。文字の力があって、身分が高く、高貴なお姫さま。

 わたしには文字の力はない。

 だけど。

 何もかもが愛しい。

 ――ユキヤナギが舞う。

 天からも、光が舞い降りる。

 細かく煌めきながら。

 ひとつになった二人を取り囲んで、天からの白銀の淡い光がユキヤナギと一緒に、よろこぶようにふわりふわりと浮かんでいた。



 まるで竜巻のようなあらがえない力が働いて、理性とか分別とか常識とか、そういうものを根こそぎ奪いとり薙ぎ倒し、もう、あなたしか見えない。

「嘉乃。――愛している。嘉乃しか、要らない」

「……清原王……わたしも、あなただけ」


 あなたしか、見えない――

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