第三節 恋人たちの夜

第十二話

 庭の奥の、いつもの建屋に行ったとき、清原王きよはらおうが言った。

嘉乃よしの。あなたに確認したいことがある」

「なんでしょう?」

 清原王は朱色の紐を出した。

「これ、もしかしてあなたのものでは?」

「……確かに、よく似たものを、以前持っておりました。……どなたかにあげたような?」


 やはり、あれは嘉乃だったのだ。

 清原王は嘉乃をきつく抱き締めた。

「五年前、花畑のある泉で、私たちは出会っているんだ」

「花畑のある泉? ……花束を作ってあげたような?」

「そうだ」

「あの、さみしげな男の子が、月原さま?」

 清原王は答える代わりに、嘉乃に口づけをした。

 何度か唇を重ねたあと、「また、会えるなんて――運命だよ」と言った。

 そして、着ていた衣を脱いで床に敷いた。


「嘉乃――愛している」

 清原王は嘉乃に口づけをして、そのまま嘉乃を衣の上に寝かせた。



 清原王の唇が手が、嘉乃のあらゆるところに触れた。

 熱い。

 吐息。

 熱い。

「つきはら……さま」

 口を塞がれる。

 ああ、やはり、何もかも奪われてしまう。あらがえない。

 お互いの息遣いと月の光と。

 熱と。

 涙が滲んで、嘉乃は背中に回した手に力を込めた。爪を立ててしまう。


 嘉乃は、川に浮かんだ笹の葉の小舟のようだ、と思った。

 ゆらゆら揺れて、夢心地になる。

 その後、激しい流れになりその渦に呑み込まれながら、急流の中で、嘉乃は躰から精神が遊離して、高いところへ行くのを感じていた。

 月の光が触れそうな。


 月の光を触ろうと手を伸ばしたら、その手を掴まれた。

「嘉乃。――愛している。愛している。愛している」

 わたしも、と声に出そうとして出せなかった。唇を塞がれたから。

 嘉乃は、その流れに全てを任せながら、きらきらとした月の光の中にいるような気持ちになっていた。川の流れはいつしか、月の光の流れとなり、あたたかい光の中でふわりと優しいものに包まれた。

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