第十一話

 清原王きよはらおうは、抜け出して嘉乃よしのと逢う時間になっても真榛まはりがいて、溜め息をついた。


 真榛まはりの言いたいことは充分分かっていた。

 天皇家の現状も、自分の立ち位置も。

 父親である白壁王しらかべのおおきみの病状は悪化の一途を辿っている。自分が即位する日も近いだろう。何しろ、文字の力はこれまでの天皇に比して強いとされていたから、他の人物の即位は考えられなかった。即位するのであれば、ふじ氏の娘と婚姻を結んで政治的基盤を整える方がいいことも分かっていた。また、文字の能力のある娘と子を成した方が、力のある子が生まれる確率が高くなることも分かっていた。


 でも、と、清原王は思う。

 でも、それでも、私は嘉乃に逢いたい。

 どうしようもなく。

 逢いたくてたまらない。

 この気持ちを何と表現すればよいのだろう?

 嘉乃の顔が、何をしていても頭から離れない。

 ただ、逢いたい。

 愛しくてたまらない。

 逢いたい。


 清原王は真榛まはりが一瞬席を外した隙に、「清原人形」と「隠」という文字を書いた。そして、本を読んでいる自分の姿を確認し、そっと抜け出した。



 清原王が四阿あずまやに行くと、既に嘉乃は来ていた。

「月原さま」

「嘉乃」

 清原王は嘉乃をきつく抱き締めた。

 嘉乃は清原王の背中に手を回し、瞳を閉じた。


 月の光が二人を、あらゆる外敵から守るように降り注いだ――


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