009 エルザ・ストーン(side) 

 私が初めてを見たのは、貴族の儀式だった。

 特級冒険者になると、護衛任務に就くことが多い。


 問題が起こることはほとんどない退屈な仕事だが、重要な仕事だ。


 貢献度も給与も高く、世の中の冒険者なら誰もが受けたいだろう。


 私は恵まれている。


 努力を行ってきたわけではないが、生来魔力が高かった。


 まあ、戦うのが好きだったおかげもあるが。


 祝福の儀はこの世界においてもっとも大事な儀式だ。


 人生の命運が決まるといっても過言ではない。


 そしてそこに、あの有名なギルガルド家の長男が前に出た。


「アディル・ルーガリー、前へ」


 西端な顔つき、しっかりとした歩き方、まだ十代だったはずだが、堂に入っている。


 しかし……魔力が感じられなかった。

 私は相手の力量を見極める能力には長けているつもりだ。


 そしてそれが、的中した。


「魔力がゼロだ」


 その瞬間、貴族たちが騒ぎ、そして少年は絶望していた。


 運が悪かったとしかいいようがない。


 だが幸か不幸か魔術師の家系だ。おそらく一生を陰で過ごすことになるだろうが、戦うことが全てじゃない。

 私は色々な奴を見てきた。


 戦場に出ないほうがいいと思える出来事もだ。


 それから数年後、私はとある訓練所に顔を出していた。


 そのとき、私は驚いた。


「……あの子は?」

「ああ、有名な貴族のご子息ですよ。凄く一生懸命なんですけどね。その……生来魔力がなかったんですよ。しかし彼は凄い。体術だけでいえば右に出るものはいないでしょう。もし魔力があれば、歴史に名を残すほどだったかと思えるほどです。それに、性格も良いんですよ。凄く優しい子です」

「そうですか」


 思わず笑みをこぼした。

 普通なら腐るだろう。諦めるだろう。


 だが違う。彼は諦めていなかった。


 私はその姿を見て、なぜかまた会う気がした。


 いつか、どんな形なのかわからないが。


 しかし思っていたよりも、再会は早かった。


 帝都で任務を終えて冒険者ギルドへ戻ると、やけに騒がしかったのだ。

 ふと視線を向けてみると、そこにいたのは、あの貴族の子供だった。


 随分とめずらしい、ダークエルフの少女と一緒だ。


 私はまた同じように笑ってしまった。


 貴族がこんなところにいるわけがない。それにその恰好は、明らかに家を飛び出してきたのだとわかった。


 魔力は相変わらず感じない。だが――それでも冒険者になるというのか。


 ――おもしろい。


「どうした?」

「その、魔力がゼロなのですが入りたいと……」


 アディルの目はとても真っ直ぐだった。


「冒険者はただの通過点だ。俺は、特級を目指してる」


 この魔力史上主義の世界に、魔力ゼロで戦うつもりなのだ。


 そして私はテストを受けさせた。


 どれほどのものか見るつもりだ。


 わかっていたが、やはりいい動きだった。

 魔力が通っていないにもかかわらず、身体の隅々まで無駄なく動いている。


 毎日鍛錬してきたのだろう。


 間違いなく良い冒険者になる。

 だが危険には変わりない。

 これだけ努力ができるのだ。死地に送るより、別の道を探してもらったほうがいい。

 

 諦めさせようと思ったそのとき、目を疑った。


 今まで見たことも感じたこともないナニカを手に持ち、そして、私に攻撃を与えてきたのだ。


 私は心臓に痛みを感じ、思わず膝をついた。


 いつぶりだろうか、私が死の恐怖を感じたのは。


 たとえ最強だと言われた竜を相手にしても、楽しいとしか思えなかった。


 だが違う。アディルを前にし、私は死ぬかもしれないと恐怖を感じたのだ。


 気づけば私は、彼に本気で攻撃していた。


 だがそれも致命的なダメージにはならず、私が攻撃する瞬間、とんでもない防御力を発揮した。


 ――おもしろい。


 どうしてこんなことが。


 いや、偶然じゃない。


 世界に見捨てられてもなお諦めなかった彼が、自分自身で運命を変えたのだ。


 そしてダークエルフの少女――イヴ。


 ダークエルフは魔力がないと聞いた事があったが、事実だった。

 だがその動き、力強さは、一流の冒険者と遜色がなかった。


 私は冒険者に誇りを持っている。


 退屈な仕事があっても、全力でこなしている。


 だが最近はそうじゃない。


 金の為に動いている奴がほとんどだ。


 しかしこの二人は違うだろう。


 私は、彼らの進む道を見たくなった。


「エルザ、勝手に特例を出したみたいだな」

「そうですね。問題はないと判断しました」

「規約は絶対だ。それに何かあれば冒険者ギルドの責任になる」

「全て私が請け負います」

「……なんでそこまで肩を持つ?」

「冒険者に――期待したいからですよ」


 そう、私は期待している。

 彼らなら変えてくれるかもしれないと。


 そしてそれから彼らの噂はすぐに広まった。

 私がきっかけかもしれないが、実力はやはり確かだった。


 冒険者になってから間もなくオーガの群れを倒し、人を救い、困っている人がいれば安くても請け負う。

 それは、まさに私が求めていた理想の姿だった。


 そして彼らは、二重依頼を知りながらも奴隷商人を叩き潰し、人助けをしたという。


 私は間違っていなかった。


 冒険者はこうだと、私にまた教えてくれた。


 彼らは、これからきっと冒険者の意識を変えていくだろう。

 そして、誰もが彼らのようになりたいと思うはずだ。


 私はそっとそれを支えよう。


「エルザ、二重依頼の件で随分と無茶をしたらしいな。もう俺も庇いきれないぞ。このまま特級から落ちてもいいのか?」

「構いません。私は、私の正しいと思う事をしているだけです」

「そこまで肩を持つほどなのか?」

「はい」

「……そうか。なら俺もなんとかするよ」

「助かります。さすが、冒険者組合の創立者ですね」

「お前がそこまでするということは、期待できるんだろう」

「はい。私が保証します」

「……わかった」


 たとえそれが、私の冒険者の称号を失われることになっても構わない。


 アディル、イヴ、お前たちは冒険者の光だ。


 ――期待しているぞ。


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