008 長い夜の終わり

「ありがとうございます。本当に……ありがとうございます」


 帝都に戻った俺たちは、泣きながら門で待っていた母親に娘さんを引き渡した。

 何度も感謝されたことは嬉しかったが、それよりも無事にすべてが終わったことに安堵した。


 犯罪者たちはイヴが無理やり引きずってきた。

 残りの一人は間違いなく死んでいるだろうが、今外に出るのは危険だ。


 奴隷商人を兵士に引き渡した後、当然、俺たちは二重依頼を咎められることになった。


 もちろん依頼をした母親は何度も訴えかけてくれたが、それでどうにかなるわけじゃない。


 夜が遅いこともあって、俺たちは翌朝に処分が決まることになった。


 逃げ出さないように、まるで犯罪者のように城の近くの屯所に詰め込まれたのだ。


 牢屋の中は、石に囲まれ、かなり冷たさを感じる。

 簡易ベッドも粗末なもので、今の俺の感情を表しているようだ。


 ギルガルド家として過ごしていたら、絶対にこんなところに来ることはなかった。


 だが後悔はない。

 重い処分が下ることはないだろうが、冒険者の資格を取り上げられる可能性は高い。


 そうなると、特級を目指すことはできなくなる。


 だがそれでもいい。俺の目標は、権威、爵位を自らの力で獲得することだ。


 どんなやり方でも、俺は諦めない。


「アディル様、二人とも、とても喜んでいましたね」

「ああ、本当に」


 スキルが増えたことを話そうと思ったが、今日は非常に疲れた。

 まさか『人を殺す』ことが限定条件だったとは。


 となると、イヴも俺と同じように壁に当たるはずだ。


 ……いや、今はもういい。


「ひとまず寝るか」

「そうですね。同じ房で良かったです」

「ああ、俺もだ」


 ベッドは小さいが、二つ並んでいる。


 だがなかなか寝付けなかった。


 人を殺す為に釘を打ち込んだときの感覚が、忘れられない。


 そのときベッドにもぐりこんできたのは、イヴだった。


「えへへ、眠れません」

「……はっ、俺もだ」


 それから俺たちは、この数か月の出来事を話していた。

 魔物だったり、ステータスだったり、死にかけた話とか。


 冒険者としての人生が終わると思うと、少し悲しくなる。


 そのとき、廊下で足音がした。


 ――おかしい。


 処分が下るのは朝だ。

 夜に誰かが来るなんてありえない。


 ……まさか。


 兵士が報復のために、という話は聞いたことがある。


「イヴ、警戒しろ」

「はい」

 

 この牢屋には、魔力制限の魔法が掛けられている。

 だが俺の呪力には関係ない。

 一度、魔法詠唱を中断するデバフを受けたことがあるのだが、俺には関係なかったからだ。


 固唾を飲んで待っていると、現れたのはなんと――。


「まるで犯罪者だな」


 俺の入団を許可してくれた特級冒険者、燃えるような赤髪、首切りのエルザだった。


「なんで……あなたが」

「開けろ」

「は、はい」


 すると俺たちを牢屋に入れた兵士が、急いで鍵を開けた。

 俺たちは訳が分からなかった。


 だが――。


「出ないのか? もしかして気に入ったか?」

「……な訳ないでしょう。イヴ、出よう」

「は、はい」


 そして俺たちは、なんと無罪放免、そのまま外に出された。

 二重依頼はお咎めなしで、手柄もちゃんと俺たちのものになるとのことだった。


 任務完了の証明書をもらい、明日にでも交換しにいけると。


「……なんでそこまでしてくれるんですか?」


 意味がわからなかった。

 確かに入団テストで俺は力を見せたかもしれない。


 だがここまでする必要はないはずだ。


「母親に感謝するんだな。こんな夜中に冒険者ギルドの扉をずっと叩いていた。おかげで起こされたよ」


 聞けばエルザさんは、冒険者ギルドの二階の部屋で眠っていたらしい。

 だがどんどんと叩くドアに起こされ、俺とイヴが受けた処遇を聞いたとのことだ。


 しかしだからといって普通来るわけがない。


 何のメリットもないからだ。


「ありがとうございます。この恩は必ず返します」

「あ、ありがとうございます!」


 しかしエルザさんは微かに笑みを浮かべたかのように見えた。


「礼は必要な。だが母親には感謝しろ。私たち冒険者は、依頼者あってのものだ。最近の連中は任務をただこなせばいいと思っている。だが――お前らは違う。私の耳にも届いてる。その気持ちを忘れるな。誇りを持って生きろ」


 そう言って去っていった。

 噂では残虐だと聞いていたが、そうは思えない。


 俺は、ますます特級になりたいと強く思った。


「エルザさん、いい人ですね」

「ああ」


 ちょっとだけ寝ぐせもあったがが、流石にそれは言えなかった。

 でもなんかそれは嬉しかった。


「さて俺たちも寝るか。――って金ねえんだった」


 思い出した。全財産を『こっくりさんに』取られたのだ。


 すると、イヴがにへへっと笑って、ポケットからお金を取り出した。

 大金ではないが、当分は問題ない。


「どうしたんだこれ」

「たまにもらったお小遣い、使わずに溜めてました!」

「……イヴ――最高だ」

「えへへ、明日からまた頑張りましょ!」

「ああそうだな。今日は長い夜だった……。あーでも、最後にちょっと言わないといけないことがある」

「え、なんですか?」

「レベルが上がったんだ」

「え? いつですか?」

「さっきだ。新スキルも手に入れた」

「え、え、ええ!? どうして、なぜですか!?」

「宿で話すよ。ちょっとだけ重い話にもなるしな」

「わかりました。でも、明日でも大丈夫ですよ」

「そうか。なら明日にするか」

「あ、でもやっぱり気になります」

「どっちだよ……」


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