006 冒険者としての誇り

「――チャクラ解放」


 イヴがその言葉を発した瞬間、俺の呪力が彼女に移ったのを感じる。

 更に呪力を身にまとったバトルアックスが黒く輝き、そして――オークの身体を縦から真っ二つに切り裂いた。


『イヴのレベル上がりました』


 次の瞬間、俺の視界に新しい文字が表示された。

 それはイヴも同じらしく、ステータスに視線を向ける。


 今は帝都ヴェルトリアの近くの平野。

 スキルの確認為に何体かの魔物を狩っていた。


「やっぱり凄いですね。一撃です」

「ああ、相当強いな」


 イヴ。

 呪い戦士:Lv5。

 体力:A

 攻撃:B

 防御:B

 所持スキル:チャクラ解放:従者の呪力を媒体に、身体能力を一定時間大幅に向上させる。

 New:『禹歩うほ』⇒歩幅を変化させて瞬時に距離を詰める。

 New:『チャクラ解放:Lv2』⇒魔法抵抗力を一定時間大幅に向上させる。

 装備:呪いのバトルアックス。


「あ、スキル覚えました!」

「こっくりさんに聞いてみるか? いや、詠唱した方がはやいか」

「はい! ええとまずは――禹歩うほ

 

 次の瞬間、イヴが突然に二歩ほど前にワープする。

 いや、高速移動か。


「凄いな。かなり使い勝手がよさそうだ」

「ですね……。チャクラ解放も凄いです。今までの何倍も身体が軽いですし、斧の重さも感じなくなります」

「ああ、けど効果時間が十秒、再使用時間が三十秒ってなると使いどころにも気を付けないと名」

「ですね。魔法抵抗力も気になりますし、私の事、トンカチで殴ってもらえませんか?」

「パワーワードがすぎるな」


 イヴがスキルの検証は必要ですと強くいってきたので、トンカチで少しだけ叩いた。

 少し痛かったらしいが、俺のトンカチの攻撃は呪力だ。

 かなり抵抗力が上がってるのだろう。効果時間は五秒ほどで、再使用時間は二十秒。


「本当に凄いです。アディル様のおかげで、私もっと戦えそうです!」

「いや、イヴのおかげだよ。でも、本当に驚いた」


 能力がない人間が後天的に能力を得たとは聞いたことがない。


 もしかして――。


「生来魔力がある人も、アディル様の調伏できるんですかね?」

「ああ、確かに――『こっくりさん』どうなんだ? 少し詳しく教えてくれ」


『1000ゴールドです』


 ……はいはい。


『調伏の条件は、各個人で異なります。また、対象相手が魔力を保有している場合、流し込む呪力と反発し合う為、不可能だと思われます』


 思われます――か。

 事実というより、可能性が高い確率で話してる感じだな。

 魔力ゼロの人間なんてそういないし、全てを信用するわけにはいかないが、当面、調べる機会もないだろう。


 こっくりさんの声はイヴに聞こえないので説明すると、ホッとするような表情を浮かべていた。


「……良かった」

「良かった?」


 ああそうか。

 俺が誰かを調伏できれば、自分はいらないかもと思ったのか。


 俺は、頭をよしよしと撫でる。


「俺にはイヴが必要だよ」

「……はいっ」

「もう暗いし、今日は宿へ戻るか。明日からまたレベルあげしよう」

「そうですね! そういえば、アディル様のレベルは変わらないですか?」

「ああ、何か条件があるのか。それともただ経験値が足りないのか」


 こっくりさんに聞いてみたが、100万ペンスが必要だと言われた。もし目の前にいたら殴ってるだろう。

 単純計算で俺たちの給与の半年分だ。


 ま、ゆっくり探すしかないな。


 それから俺たちは、夜空を眺めながら城へ戻る。

 夜の狩りは危険だが、狩場を独占できるという利点がある。

 パーティによっては、夜間専門もいると聞いた。


 今日はスキルを確かめたかったので狩場に出たが、俺たち二人で夜に出ることはもうないだろう。


 そのとき、大勢の男たちが何かを抱えながら走っていくのを見つけた。

 随分とデカい奴らだ。冒険者ギルドで見たことはない。


「せわしないですね」

「ああ」


 そして門に到着したが、なぜか兵士がいなかった。

 勝手に入ることもできるが、面倒事はさけたい。


 しかし奥で兵士たちが女性と話しているのに気づく。


 何か訴えかけているのがわかった。


 俺とイヴは顔を見合わせながら歩み寄る。


「だから、今連絡したっていってんだろ」

「今向かってください! お願いします! 娘が!」

「あのなあ、俺たちも急いでるんだ。わかってくれ」

「うぅ……あぁっ……」


 女性が兵士に必死に叫んでいた。

 俺も今はこの帝都に暮らしている。服装から、彼女がどの程度の層なのかわかった。

 

 あまり裕福ではない。


 それ自体は悪くないのだが、そうなると兵士の態度が途端にずさんになる。

 今がそうだ。


 見かねた俺は割って声をかける。


「どうしましたか」

「ぼ、冒険者……さんですか!?」

「ああ。そうだが――」

「娘がさらわれたんです! 男たちに! きっと奴隷商人です。助けてください!」

「おい。いま帝都兵士に依頼しただろう。二重依頼は違法だぞ」

 

 二重依頼とはそのままの意味で、何か頼みたいことがあると、国へ依頼するか、冒険者に依頼するかを選ぶことができる。

 帝都に依頼する場合は時間がかかるものの、確かな腕前を持つ人たちなので、より重要なことおを頼む人が多い。


 冒険者は早いし安いが、直接依頼でない場合は成功しない場合もある上に、最悪の場合帝都依頼より時間がかかる。


 ここで問題なのは、一度依頼を掛けてしまうと、利益関係が発生するので正式に解除しないかぎり違反となる。


 それで何度か揉めているのは知っている。

 だが――。


「娘さんの名前は、風貌は?」

「お、おいお前、二重依頼は――」

「俺は彼女の友人です。友達として探しにいきます」

「そんな見え透いた嘘を信じると思うのか?」

「赤髪で身長は……彼女と同じくらいです。名前はミュウ……お願いします。お願いします!」

「おいお前、いい加減にしろ!」


『聞いたかこっくり、居場所を特定しろ』

『10万ゴールドかかります』


 ……はっ、相変わらずだな。

 だが――。


「イヴ、明日から宿なしだ。いいか?」


 この短い言葉で全てを理解したイヴが、頷く。


『全額払う。だから必ず見つけろ』


『徴収完了――矢印に従って行動してください。距離――3キロ』


 その瞬間、俺の視界に矢印と数字が表示された。


 まだそこまで遠くない。


「行くぞ、イヴ!」

「いい加減にしろといってるだろ!」

「――アディル様に手を出したら、許さない」


 兵士が俺に剣を向けた瞬間、イヴが斧を構えた。


 俺は特級を目指している。それは今でも変わらない。


 だがわかったことがある。


 任務を受けた先には、当然依頼者がいる。


 俺たちが初めて受けた薬草の依頼は、身体の悪いおばあさんがなけなしの金でお爺さんの為に集めていたものだった。

 初めて「ありがとう」と言われたとき、俺は今までの考えを改めた。


 ただ特級になるだけが俺の目的じゃない。


 俺にはもう、冒険者としての誇りがある。


「必ず娘さんを助けだします。――行くぞ、イヴ!」

「はい!」


「お前ら、どうなっても知らねえからな!」


 今まで魔物と散々戦ってきたが、これから俺は人と戦うことになるはずだ。

 手加減なんてできるわけがないだろう。


 となるとどうなるのか。


 ――その覚悟を胸に、俺たちは兵士の制止を振り切り、矢印の後を追った。


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