005 更なる力

 俺が冒険者の資格を得てから三か月が経過した。その間に十四人の冒険者が亡くなっている。


 そのうちの十人は任務中に、一人はもめ事で、残りの三人は街の外で変死だった。


 決して舐めていた訳じゃない。命を懸ける仕事だということはわかっていた。


 だが俺はこの世界に飛び込んだ。


 のうのうと貴族で胡坐をかいていた俺が、身分なんて関係のない世界に。


 自らの力で権威を取り返す為。


 だから俺は、俺たちは、今も――戦っている。


   ◇


 帝都ヴェルトリアから北、大森林の中で、デカい五体の魔狼に囲まれていた。

 獰猛な獣型で、鋭い牙に肉厚の皮膚が特徴的だ。


 このあたりの魔物は突然に現れることが多い。


「ガァァァル!」

「グルゥ!」

「ガァアル!」


 理由は解明されてないが、人間の魔力を感じ取って集まって来るだの、空気中の魔力で生まれているだの。

 まあ結局わからないってことだ。


「アディル様!」

「ああ――任せろ」


 もちろん、イヴも一緒だ。

 今はバトルアックスデカい斧を持っている。生来魔力を持たないが、彼女の身体能力を最大限生かすため、現状で最高の武器だ。


 物理耐性、魔力耐性なんて関係なくダメージを与えられる。

 

 だがこれを買うのに二週間の間ずっと味気のないパンを食べていた。

 

 なので、絶対壊さないでほしい。


 って、それよりも――。


「――お前ら、呪われる覚悟はできてんだろうなァ!」

 

 俺は右手の指の間から五寸釘を四本出現させた。


 それをパラパラと落すと、空中で停止する。いや、させた・・・


 そしてそれを、呪いのトンカチでぶん殴る――。


「おらよぉッ!」


 しかしこれだけでは終わらない。


 遠隔で呪力を流し込む。すると、倍、いや三倍ほどに釘が膨れ上がる――。


 そのまま魔狼にぶち当たり、ズブズブと釘が深く刺さり、痛みで叫んだ。

 相当なダメージを与えたが、これだけじゃ死なない。


 追い打ちにイヴが思い切り斧を振りかぶり、一体の首を切断した。


 残った瀕死の四体が彼女に攻撃を仕掛けようとするが――。


呪禁じゅきん』――『金縛り』


 俺は『追加呪術』を発動させた。


 魔狼の漲っていた魔力が途端に低下し、抵抗力や身体能力が低下する。更に『金縛り』で数秒間、対象の動きを固める。

 そのまま次々と彼女になすすべもなく殺されていく。


 だが最後の一匹を倒したとき、さらにデカい魔狼が現れた。


 群れにはボスがいる。おそらく遠目で俺たちを見ていたのだろう。


 まずイヴが先頭で駆け、斧を大きく振りかぶった。

 魔狼の角で受け止められるが、そのままがぶりつく。


「ハァッ!」


 その瞬間、俺も駆けていた。そして通りすがり、新たに出現させた五寸釘で肉片を無理やりちぎり取る。


 すぐに藁人形を出現させる。以前と違って、地面に寝かせる必要はない。

『空中停止』している。


「――じゃあな」


 俺が思い切り打ち込むと、デカい魔狼は耳をつんざくような悲鳴を叫び、そのまま息絶えた。


 その瞬間、俺の視界上に、ステータス画面が映る。


 アディル・ルーザリー。

 呪詛レベル:Lv19。

 体力:B+

 呪力:SSS。

 所持スキル:『丑の刻参り』『こっくりさん』『調伏ちょうぶく

 追加呪術:『空中停止』『巨大化』『本数増加』『呪禁』『金縛り』

 呪いの装備:五寸釘、藁人形、呪いのトンカチ。

 対象の一部を藁人形に封じ込め、五寸釘に打ち込むことで呪いを与える。

 攻撃範囲:半径二十メートル。


    ◇


「はぅ、幸せ美味しいですぅ」

「好きだなチョコレト」

「はい、これが楽しみで魔物の首を切ってます!」

「そ、そうか。言葉が強いな」


 冒険者ギルドで討伐証明を渡した後、頂いた路銭で馴染の安食堂へ直行。

 俺は量が多いのが好きなので肉とパン、イヴは甘い物だ。


 量が少ないのは気になるが、本人はとても満足だと言う。


 ギルガルド家で貯めていた金は既に底を尽きている。

 そのほとんどが装備につぎ込んだからだが。


「あいつらが、噂の新人ルーキーなのか?」

「ああ、見えないけどな。絡むなよ。呪われるぞ」

「ひっ、俺たち視られてないか……?」


 少し離れた場所で座っていた男たちが、俺たちの話をしていた。

 だがイヴが口にチョコをつけながら威嚇する。


 俺とイヴは帝都の冒険者界隈で知名度が上がっていた。

 その最たる理由は、俺に絡んできた輩たちをイヴが叩き潰したからだろう。


 後ついでに冒険者としての任務を順調にこなしているから。


 俺たち二人は見た目が幼いのですぐに死ぬと思われていた。だが大人顔負けにぐんぐんと等級を伸ばしている。

 今は六級、五級になればもっと良い任務がもらえるようになる。しかしここからが遠い。


 報酬も安いので、何とか素材を売却しながらやりくりしているが、冒険者はお金がかかる。

 

 その最たる例は宿代だ。

 

 帝都の安宿は最低でもそれなりの値段がする。

 地方の宿にいけば安いらしいが、その分、任務も少ない上に魔物も少ない。


 このあたりはなかなかままならないものだ。


 といっても、たまにドロップする素材に大当たりがあれば変わってくる。


 こういう一攫千金なところも冒険者の楽しみなんだろうが。


「そういえばレベルは頭打ちですか?」

「ああ、全く上がらなくなったな」


 いま俺のレベルはLv19。初めはぐんぐんあがっていたが、なぜかピタリと止んだ。

 魔法にもレベルがあると聞いたことがある。イヴも聞いたことがあると言っていたので、詳しい人に聞くしかないかもしれない。


 もしかすると、何か必要な手順を見逃しているのかもしれない。


 はじめはよく分からなかった『丑の刻参り』だが、今は少し使いこなせるようになった。

 今は五寸釘を最大四本まで出現させることができる。


 対象に打ち込むとダメージを与え、弱い敵ならそのまま死に至る。


 具現化しているだけなので、消えろと念じると消える。それから手元に一本補充される感じだ。


 藁人形に打ち込んで呪いを与える、殆どの魔物が瞬時に死に至ることがわかった。

 原理が気になりすぎて自分の髪で打ち込んでみたが、心臓に直接攻撃をしているみたいだ。

 そのときはあまりの痛みで死にかけたが、その価値はあっただろう。


 エルザにこの攻撃を仕掛けたのは、ちょっと怖いくらいだ。

 いやむしろ、その状態で俺を蹴りつけたと思うと、やはり特級は恐ろしい。


 そして新しく覚えたのは『調伏』は、まだなぜか発動できていない。

 他のスキルは直感で使えたが、これについては謎だ。


 だが知る方法はある。


 それは『こっくりさん』だ。

 使い勝手も良く、ある意味では説明不要。


 ただ――がめつい・・・・


 例えば――。


『こっくりさん、この食事の原価を教えてくれ』

『10ゴールド頂きます』

『はいはい』


 すると、俺の手に持っていた10ゴールドが消える。

 質問の内容によって金額が変わるのだ。


『合計、250ゴールド』


 ……販売価格1000ゴールドなのに。


 と、こんな風に。

 以前『調伏』について聞いてみたが、とんでもない金額を提示された。

 つま。知る方法はあるが、今の俺じゃ無理じゃ払えない。

 レベル上げについては、更にとんでもない金額だった。

 まったく、がめついやつだ。


 だが俺は強くなっている。戦うのも楽しい。

 もちろんイヴも同じだ。日々動きが良くなっている。

 俺と同じようにレベルがあればスキルを覚えたりできるんだろうが、なんだか自分だけズルい気分になる。


「アディル様、また考え事してますよ。今は食事を楽しみましょう!」

「ああ、悪いな。そうだな、よしもうワンプレート――」

「ダメです。明日の食事が食べられなくなります。今あるものだけです」

「は、はい」


 俺はよく彼女に怒られている。しっかりもので、だがとても頼りになる。


 家を飛び出して何よりも幸せなのは、イヴと出会えたことだ。

 俺一人なら正直死んでいただろう。


 いや、例え生きていてもギルガルド家に戻っていたに違いない。


 それほど、この世界は美しくも苦しい。


「食事が終わったらまたレベルあげにいきますか?」

「ああ、でもなんか……上がる気がしないんだよな。――条件とかあるんだろうか」

「どうなんですかねえ? 私にもレベルがあれが良かったんですが、そうもいきませんしね」

「ああ、すまん……」

「ええ、謝らないでください!? 私は、アディル様と一緒にいられるだけで幸せです」

「俺もだよ。ありがとうイヴ」

「えへへ、こちらこそです。私が生きているのは、こうやって幸せなのは、アディル様のおかげなんですから!」


 イヴが微笑んだ瞬間、突然、脳内に声が聞こえた。

 これは、こっくりさんの声だ。


『双方の愛情レベルが規定値を上回りました。イヴを調伏することが可能です』


「……なんだこれ」

「アディル様、どうしましたか?」

「いや――ちょっと待ってくれ」


『調伏ができるのか?』

『調和制伏、愛情値が規定値を上回っている為、心身に影響を与える事無く可能です』

『どういうことだ? 危険はあるのか?』

『上記の質問には40万ゴールドが必要です。下記の質問、危険はございません。途中で解除も可能です』


 質問でお金を取られると思ったが、どうやら条件をクリアしたのか、一部はすんなりと教えてくれた。

 だが……どういうことだ?


「イヴ、なんか新しいスキルがでてきた。それも、君を対象に」

「今ですか? なんでしょう……」

「わからない。危険はないと言っているが、発動すれば何かが起こるらしい」

「問題ありません。どうぞ」

「……不安だな。大丈夫だろうか」

「私はアディル様の剣で、盾です。心配しないでください」

「……ありがとう」


 そして俺は――。


『ああ、頼む。イヴを――調伏する』

『了承。イヴに調伏を提示します』


 次の瞬間、俺とイヴが、同時に声をあげた。


「……これなん……ですか?」

「もしかして視えてるのか? イヴ」

「はい、視えています。これは、承認すればいいんですか?」

「ああ、してみてくれ」


 そして、右下に――文字が出て来た。


「これって……アディル様の言っていた……?」

「ああ――おもしろくなってきやがった」


 いつもの俺のステータスの隣に、新しく追加されたのは、イヴの名前だった。


 New:イヴ。

 New:呪戦士レベル:Lv1。

 New:体力:A

 New:攻撃:B

 New:防御:B

 New:所持スキル:チャクラ解放:従者の呪力を媒体に、身体能力を一定時間大幅に向上させる。

 New:装備品:バトルアックスに呪力が追加されました。

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