004 首切りのエルザ

 冒険者ギルドは各都市で重要な役割を果たしている。

 各国の連携の橋渡し、地域の安全、住民に寄り添った簡単な依頼もこなしてくれる便利屋さんのようなものだ。


 魔力が強いものにとっては夢のある職業でもある。たとえ平民でも成り上がることができるからだ。


 初めは十級からはじまり、そこから薬草取りなど簡単な任務をこなしていくと等級があがる。

 五級を超えると魔物の討伐の幅も一気に増えるが、任務も難しくなる。だがその分、給与が跳ね上がる。


 今まで兼業だった冒険者も、この階級を境に本業にになれることが多い。


 そして一級を超えて特級になると、貴族をも上回る称号に近い権威となる。

 災害級の魔物、戦争の傭兵、犯罪者撲滅と依頼は多岐に渡るが、本人の意思によって受領することが可能。


 特級がもらえる金額は当然夢のようなものとなり、冒険者たちの憧れである。


 だがこれは共通認識なのだが、ほとんどの冒険者が一級を夢見る。

 その理由は、決して超えられない壁が存在するからだ。


 一級と特級の差は、たった一段階ではない。


 特級は真の化け物・・――だと。


 しかし俺はそれを目指す。


 そして、いつかは爵位をも自らの手で手に入れる。


「それでは手続きをさせていただきますので、お待ちください!」


 食事を済ませた後、イヴと二人で冒険組合へ来ていた。


 申請自体は難しくなく、登録用紙に名前と戦闘スタイル、性別を記入する。

 これは、パーティーだったり、ギルド側から依頼する時に参考とされるものだ。


 ギルド内は酒場も隣接しているらしく、夕方にもなっていないのだが、既に人でいっぱいだった。


「がはは、バカだなあいつ死んだのかよ」

「だからやめろっていったのによお」

「そういえば、首切りのエルザが来てるらしいぜ」

「まじかよ。なんか依頼か?」

「王家直々だってよ。さすが違うねえ」


 今まで公爵家で過ごしてきた俺にとって、彼らは関わったことのない人たちだ。

 俺の倍ほどもあるだろう二の腕は、魔力なんて必要がないように思える。


 すると、イヴが俺の隣で少し怯えていた。

 俺は同年代と比べて身長がそれなりに高いほうだが、彼女は小さい。

 

 といっても、身体能力だけでいうと俺よりも強いのだが。

 腕相撲はいつかリベンジしたい。


「大丈夫だよ」


 イヴの頭を撫でると、彼女は不安げな顔から一変、笑みを浮かべた。

 そこに、ギルドの受付のお姉さんが戻ってくる。


 冒険者の一番良いところは、間口が広いことだ。わかりやすくいうと、誰でも入れる・・・・・・

 その理由は死亡率が高いからだが。


 だった・・・はずだが――。


「申し訳ございませんが、アディルさん、イヴさん、共に冒険者の適正資格に満たしていませんでした……」


 先ほどまで元気で明るかったお姉さんが、表情を曇らせながら頭を下げた。


「え、どういうことですか?」

「先ほど水晶に手を置いてもらったと思うのですが、その……魔力数値が完全にゼロだと加入ができないとのことでした。すみません、最近できた規約で、私も完全い把握できていませんでした」


 受付の際に形式的な検査だと言われたので手を置いたが、まさかそれが……。


 ……え、俺の冒険ってこれで終わり?


 俺たちの戦いはここからだ~鍛冶屋で最強を目指す~とか?

 いや、追放された俺、魔力ゼロでほのぼのスローライフ?


 いや、待て待て。


「何とかならないんですか? 俺たちまだ駆け出しですけど、ゴブリンも倒しました。ちゃんと戦えるんです」

「そう申されましても、規約でして……」

「俺には呪力が――」


 するとイヴが俺の手を掴んで、顔を横に振った。

 ……忘れていた。

 彼女は、できるだけ多くの人に話さないほうがいいといっていた。


 魔法と違って前提条件がある上に、冒険者は狩場の争いだったり、任務で魔物ではなく人間に殺されることもめずらしくはない。

 今ここに人が大勢いる。


 それを懸念してくれたのだろう。

 だが――。


「何とかならないですか? 俺はギルガ――」

「ギルガ……とは?」

「何でもありません……。でも、俺たち冒険者になりたいんです。ちゃんと戦えることを証明します。任務を受けさせてもらえませんか? 戦う事が証明できれば、資格はあるはずです」

「申し訳ございませんが、それはできません。私たちギルドの信用問題にもなりますので」

「……そんな」


 魔力がないと戦えない事は知っていたが、資格すら取れないとは知らなかった。

 いや、受付の人が知らなかったのだ。最近できたともいっていたし、仕方ないだろう。

 だが……。


 ここで引き下がるわけにはいかない。


 もうギルガルドの名前は出さないと決めた。だが、目的の為なら……。


 ――いや、ダメだ。

 俺は何とかすると決めた。


 何か考えろ、何か――。


「何か問題か?」


 そのとき、いつのまにか隣に女性が立っていた。

 燃えるような赤髪、決して大柄ではないが、引き締まった筋肉が見て取れる。

 茶色の軽装、大きな胸がはだけていた。


 腰には、禍々しい風貌の黒剣が納刀されている。


 どこかで――。


「……おい、エルザだ」

 

 そのとき、酒場の一人がぼそりと呟く。


 彼女は――特級・・の――。


「え、エルザさん!? あ、い、いえ問題ってほどでは!? あのその、彼らが冒険者の資格の適正がなかったので、お引き取りをお願いしたのですが、その納得がいかないようで……」

「適正がない? どういうことだ?」

「その……魔力がゼロで……」

「魔力が?」


 エルザは眉をひそめながら、俺を見た。まるでにらんでいるかのようだ。

 魔力がない俺でも、ひしひしと伝わる圧力と魔力。


 これが、特級。


 すると後ろにいた男たちが、声を上げて笑う。


「魔力がゼロだって、マジかよ」

「聞いたことねえよ。そんなことありえるのか?」

「やめとけやめとけ、ガキ二人の冒険者なんて死ぬだけだぜ」


 ……俺のことはいい。だがイヴまで――。


「黙ってろ」


 するとエルザが、ひと睨みで男たちを制止した。

 俺より年上だろうが、男たちよりはエルザよりも随分と年下だ。


 一国を滅ぼしたという噂、竜をも一人で倒したと聞いたことがある。

 そして首切りの異名は、千人以上の首を次々と落したときにつけられたとの話だ。


「名前は?」

「アディルです」

「イ、イヴです」

「お前たちはなぜ冒険者になりたい? 何を求めている?」


 俺は言葉に詰まった。

 本当の事をいうべきか、それとも嘘をついて同情を誘うか。


 いや、真実を言うべきだ。


「……冒険者はただの通過点だ。俺は、特級を目指してる」


 すると男たちがまた笑いそうになり、エルザが「次、一言でも声を上げると殺す」と言った。

 その場が、固まる。


 だがふたたび俺に冷たい視線を向けた。


「時々、お前らみたいなガキを見る。冒険者となり、夢を求め階級を上げることに楽しみを覚えながら――死ぬ。魔力ゼロでも戦える甘い世界だと思ってるのか? あのテーブルで笑っている奴らはお前たちよりも地獄を見てるはずだ。それでも酒を飲み、笑えている。お前らにそれができるのか?」


 ……俺は舐めてなんかない。


 魔力がゼロと判断されてからも、それ以前も、研鑽を積んできた。

 決して、舐めたことは一度もない。


「俺には覚悟がある。誰よりも」

「私もです」


 イヴは無理やりに俺が誘ったと思っていたが、その目は既に覚悟が決まっていた。

 ……だが甘い世界じゃないことぐらいわかってる。


 それでも俺は――。


「ふん。面構えだけ一丁前だな。――いいだろう。私が直々にテストしてやる。裏に来い。合格すれば認めてやろう」

「エ、エルザさん、そ、それは!?」

「私の推薦であれば問題ない。それに合格・・すればの話だ」


 エルザが直々にテスト? 一体何を?

 彼女はとても残忍な性格だと知っている。


 だが、これは願ってもないチャンスだ。

 

 これしかない。


 しかしイヴは――。


「――行きましょう、アディル様」


 俺の心配をよそに、彼女も強く言い放った。


「おいおい、エルザと魔力ゼロコンビが一騎打ち!?」

「はっ、おもしれえ! こりゃ楽しみだ! どれだけ持つかな?」

「お前らあんまり騒ぐなよ。殺されるぞ。だがこれは見ものだぜ」


 すると男たちが騒ぐ。

 

 俺の能力は隠すつもりだった。だがそうもいってられない。

 全力で倒す。

 

 裏に移動すると、そこは原っぱだった。

 建物を建設予定なのだろう。木板が置かれている。


 エルザは、その中心で腕を組み立っていた。


 テストとは――。


「アディルといったな。まずはお前からだ」


 するとエルザは、木剣をぶん投げてきた。咄嗟に掴むが、それを受け損ねそうになり、周りの男がちが笑いそうになる。


「冒険者のテストで使うものだ。魔力がなくとも戦えるを私は知っている。だがお前にその素質があるのかどうか、確かめてやろう」

「合否は?」

「全力でやれ。そんなことは、後で考えろ」


 俺の本当の力は呪力だ。

 だが基礎剣術が認められないのなら、冒険者になっても死ぬだろう。


 なら――。


 そして俺は、木剣を構えた。


 上段構え。貴族の正しい剣術だ。


「何だあの構え」

「力がはいらねえだろうよ」

「魔力ゼロの平民じゃあなあ」


 しかしエルザは俺の構えに気づいているみたいだった。


 表情で語っている。


 守るな、戦え。


 ――行け!


 俺は思い切り地を駆けた。

 魔力がなければ身体能力を強化することはできない。


 俺は魔力ゼロ、普通よりも遅いだろう。

 だが血反吐は何度も吐いた。研鑽を積んできた。


 たとえ特級相手でも簡単に負けるわけが――。


「遅いな」


 しかし目の前でエルザが消えて、俺の首に一撃を与えた。

 思い切り地面に叩きつけられる。


「その程度か?」

「……まだだ」


 だがまだチャンスをくれるらしい。

 ……優しいんだな。


 だがこれで終わらない。


 俺は――冒険者になる。


 それから俺は何度も戦った。

 骨が折れるぐらいの木剣を振りかぶられ、血反吐を吐いた。


 最後は――倒れてしまう。


「――次は小さいの、お前だ」

「――アディル様、少し休んでいてください」


 俺は、倒れこんでいた。

 足が上がらない。


 だが――。


「ガキ、大丈夫かよ」


 すると、男が俺の肩を持ってくれた。


「――お前、根性あるんだな。笑って悪かったぜ」

「ああ、ほんとだ。魔力ゼロでもあんなに動けるとはな」

「悪かった。けど、あの子供は無理――は?」


 すると、俺も驚いた。

 イヴはとんでもない動きをしていた。


 あのエルザに何度も打ち込んでいるのだ。


 凄まじいほどの動き。


「ほう、おもしろいじゃないか」

「よくも――アディル様を!」


 イヴは怒っているみたいだった。まだ知り合ってそんなに経ってもいない俺の為に。


 凄まじい動きだが――イヴも一撃を食らって倒れてしまう。


 エルザは俺を見つめて、そして――。


「根性は認めてやる。イヴ、お前は合格だ。だがアディル、お前じゃ無理だ。せいぜい四級程度で死ぬ。根性では足りないんだよ」

「……なら……能力の許可をくれ」

「どういう意味だ? お前は魔力がないんだろう?」

「ああ、でも――俺には」


 出し惜しみをしてもしょうがない。


 俺は、勝つ。


 そして俺は、手に丑の刻参りを出現させた。


 身体に呪力が漲る。


「……なんだそれは?」

「再戦だ。次は本当の力を見せる」

「おもしろい――来い」


 そして俺は駆けた。呪力を身にまとっていると身体が軽い。

 攻撃も、見える。


 エルザの振りかぶった木刀をトンカチで受け止める。


 髪の毛一本でもいい。それを奪えば――。


「……アディル様、がんばれ!」

「アディル、いけえ!」

「アディル!」


 イヴや、男たちが応援してくれる。


 そして俺はなんとか攻撃を回避、受け止め、回避、受け止め、だが――一撃を食らう。


 そして倒されてしまう。


「おもしろい。いい動きをするじゃないか。どういうカラクリだ?」

「ああ。――だが本当に面白いのは、ここからだ!」


 俺はエルザから奪った髪の毛を藁人形に入れ込み、そしてトンカチで強く叩いた。

 その瞬間、エルザは驚いたのか目を見開く。


 人間相手に試したことはない、どれだけ強いのか――。


 次の瞬間、俺はエルザに蹴りつけられた。


 余りの衝撃で、視界が、揺らぐ――。


「……合格だ。アディル。そしてイヴ、特級、エルザ・ストーンがお前たちを推薦しよう。――冒険者の世界は甘くない。だが歓迎するぞ」


 その言葉を聞いた後、俺は笑みを浮かべながら意識を失った。



 次に目を覚ましたとき、俺はベッドだった。

 外は明るく、そして――。


「アディル様、目覚めたのですね!? 体調は大丈夫ですか」

「ああ、ここは?」

「冒険者宿でございます。お記憶はありますか!?」

「ああ、そういえば――」


 よくみると、イヴの胸元には、冒険者の証があった。公用語で十級と記載されている。

 その瞬間、俺の首にもかかっていることに気づく。


「そうか。――エルザ、か」

「はい! 私たち受かりました! そして、皆さんお待ちですよ」

「皆さん?」


 そして俺はイヴに連れられて下に降りる。そこには、昨日の男たちが大勢いた。


「お、アディルだ! やっと起きたか!」

「よおよおアディル! お前すげえな!」

「あれが特級に膝をつかせた新人ルーキーか?」

「まだガキじゃねえかよ。すげえな!」


 すると俺は、手を引かれて着席する。訳がわからない。膝をつかせた?


「あの後、エルザさんは心臓を抑えながら膝をつきました。アディル様に謝っていました。反射的に攻撃をしてしまったと」


 特級が膝をつく? あのエルザが? ――俺にそんな力が?


 ――俺は、やれるのか。


「アディル、飲もうぜ! 新人は飲む決まりだ!」

「ほんとだよ。ほらの飲め飲め、イヴちゃんも!」

「アディル様!」

「イヴ、まずは五等級を目指すぞ。これからもよろしくな」

「はい!」


 そうして俺たちの冒険者生活が始まった。

 慣れない薬草取りからはじまり、簡単依頼を受け、そして――。


 気づけば三か月が経過していた。


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