003 帝都ヴェルトリアと最高の相棒
帝都ヴェルトリアは、大三帝国の一つに数えられるほど大きな国だ。
四方を囲むように魔物が多く、だがそれに伴って希少価値の高い薬草、鉱物、魔物から取れる素材のおかげで冒険者が多く滞在している。
ただ貧富の差が激しいので、ストリートによって治安が違う。
入国で怪しまれないように、俺は行商の証を持ってきていた。
冒険者の資格を習得すればすぐ必要はなくなるだろう。
おかげで、イヴも問題なく門をくぐることができた。
「大丈夫か? イヴ」
「は、はい。良かった……」
帝都に足を踏み入れた瞬間、その広さと大きさに圧倒された。
魔力がゼロと診断されてから、俺はあまり外に出なくなった。
怖かったのかもしれない、変な噂をされることが。ただひたすらに強くなることだけに没頭していた。
だが今は解き放たれた気分だ。
だからこそとても新鮮な気持ちで街を見ることができている。
しかし人、凄いな……。
「ねえ、あの子奴隷かしら?」
「やあねえ、あんな子供同士で」
「まあ、趣味は色々だろうよ」
すると、周囲からの目線と声に気づく。
俺の後ろに隠れていたのは、イヴだった。
「どうした?」
「ご、ごめんなさい。その、多分私、服が――」
そういえば彼女服はボロボロだ。
俺としたことが興奮しすぎて気づかなかった。
そうか、俺が奴隷を連れていると思われたのだろう。
今は貴族らしい恰好もしていない。奴隷自体はめずらしくないが、身なり整えていないと思われたのだろう。
お金はある程度持ってきたが、これから稼げる保証はない。
かなり苦労すると思っていたからだ。
だが俺は能力を得た。
これはイヴのおかげでもある。
――よし。
「イヴ、悪いが食事の前に先に寄るところができた。着いてきてくれるか?」
「い、いいんですか? 私、外で待っていたほうが……」
「いいから、ほらいくぞ」
そして俺は、人づてに王都で一番の仕立て屋を教えてもらった。
どれだけ封印されていたのかは知らないが、彼女は女の子だ。
俺も、ギルガルド家では色々な服を着せられたことを思い出す。
「いらっしゃいませ」
煌びやかな入口、扉を開けようとすると、イヴが俺の服の袖を強く引っ張る。
「アヴェル様、私は外で待ってます」
「ダメだ。――イヴの服を買いに来たんだよ」
「え? 私の? わわっ」
俺は強く手を引っ張る。
店内は王都で一番だということもあって、確かに綺麗だった。
新品の服の匂いがする。
貴族用の服が多くが、一般用の洋服もいくつかおいてある。
「……いらっしゃいませ」
だが少しめんどくさそうにおじさんがやってくる。
なんだ?
「彼女に服を見繕ってもらえませんか? ――丈夫な布で、できれば動きやすいのがいいです。色は――女の子らしいので」
「ふむ……金、あるんですか?」
「ありますが」
「そうですか。まず、ご予算はいかほどで? それか、ビーヴァンド通りでしたら、もっと安服もございますが」
「金はちゃんと払う。確かに身なりは少し汚れているが、今だけだ」
「本当ですかねえ。先にお金を見せてもらえませんか? 奴隷の服を買うぐらいだとはわかりますが、やはり心配ですから」
その態度に、イヴが怯えた。
俺は腐っても元貴族だ。大人とのやり取りは慣れているし、怯えることなんてない。
とはいえ俺の服も平民っぽく見えるように地味な身なりで整えてきた。
こいつの判断としては間違っていないだろうが、些か不満だな。
見たところこの仕立て屋の服は、西から卸しているものだろう。
ということは――。
イヴを奴隷だといった落とし前ぐらいはつけてもらうか。
「構わないが、このことがヴィルン家の耳に入ってもいいのか。さすがに怒られると思うがな」
すると表情が変わる。いきなり姿勢も正した。
ふむ、やはりそうか。
「ど、どういうご関係で!?」
「ちょっとした知り合いだ。見たところ、ランブラ地方からの新作も入っているみたいだな。それにこの服は去年のじゃないのか?」
「は、はい! そ、そうでございます! た、大変申し訳ありません! よ、よければお嬢様にお似合いの新作がございますが、どうでしょうか!?」
それを見ていたイヴの表情から怯えが消えた。
俺は静かにウィンクすると、彼女は少し微笑む。
だが貴族を捨てるとなるとこういうことが起きるのだ。
想像していたよりも大変な事が起きるかもしれない。
気を引き締めていこう。
「ということだイヴ。寸法してもらえばいい」
「ど、どうぞイヴ様! え、ええとちなみにあなた様はどちらご貴族様で……?」
「俺が貴族じゃなかったら、何か問題なのか?」
「と、とんでもございません! すぐにご用意しますので、お待ちを!」
「ああ頼んだ」
それから仕立て屋は、イヴにとても可愛い服を何度か試着させた。
だが彼女はとても恥ずかしいのか、それとも気にくわないのか困っていた。
もしかすると、本当は嫌だったのだろうか。
「そ、それがいいです」
「こちらでございますか? もちろん構いませんが」
最終的にイヴが指を差したのは、何の変哲もない服だった。
確かに服は上等なものだが、ブラウンシャツに白いショートパンツと少し地味だ。
「イヴ、もっと綺麗なのでも――」
「いえ、これがいいのです……ダメですか?」
……本人がいいのに俺が違うと言うのは、ただのわがままだな。
「――だったこれを頼む。ついでに泥を払って綺麗にしてあげてくれ」
「は、はい!」
全てが終わり、俺たちは店を後にした。
「ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております!」
最後の仕立て屋のおじさんはまるっきり態度が違うかった。
値段は……確かに高かった。
だが見違えるほどイヴは綺麗になっていた。
耳がピンとたち、目鼻立ちもしっかりしている。
幼く見えるが、エルフは長寿だと聞く。もしかすると年上か?
だったら、あんまり年下扱いもよくないか。
「アディル様、ありがとうございます!」
「――ああ、気にするな。こちらこそありがとう。俺の呪詛が見つかったのも、イヴのおかげだよ」
「え? 私は何もしませんよ!?」
「いや、縁ってのは大事だからな」
それから近くの食堂に入る。
せっかくだからといい店にしようとしたが、安いほうがいいと念を押されたので、気軽そうな店に入る。
そこで、俺たちは定番メニューらしい塩漬け肉とパン、クリーム仕立てのスープを頼んだ。
「本当にこれでいいのか?」
「はい、いいお洋服も揃えてもらえましたし、好き嫌いもありませんので」
「そうか。――それで、聞きたいんだが……一体いつから封印されてんだ?」
「……覚えていません。ですが、おそらく……数十年、いや、三十年……すみません、記憶があいまいで」
「いや、仕方ないだろう。それで封印されていた理由だが――いや、言いたくないならいいが」
イヴは手を膝に置いたまま静かだった。下手に追い打ちをすることなく、彼女が話すを待った。
そしてやがて――。
「魔法が使えなかったんです」
「……え?」
「ダークエルフがどうして生まれるかしっていますか?」
「いや……知らないな」
「エルフは他種族と交わることは禁止されています。それは種の存亡にかかわるからです」
「存亡?」
「はい、私の母はエルフでしたが、父は人間でした。そうして生まれたのが私です。エルフは人間と交わることで、魔力が失われてしまいます。両親はそのことを知りませんでした。だから、決して恨んではいません。だけど私は、それもあって魔法が使えないエルフ。ダークエルフなんです」
不謹慎かもしれないが、俺の境遇と少し似ているような気がした。
本来あるはずものがない。魔力がゼロ。
それからイヴは色々話してくれた。
里から嫌われ家族で逃げ出したこと。
その途中で人間に襲われてしまい、姿形から魔女だと忌み嫌われ、殺されそうになった。
自ら守る為、抵抗したところ封印されてしまったらしい。
呪詛師自体は、その時代で猛威を奮っていたらしく、死後の呪いを恐れて封印という処置になったそうだ。
父と母はおそらく死んでしまったとのことで、生まれて来てからいい事なんて一つもなかったと。
……俺はよりもつらいことを、イヴは受けてきた。
そのとき、食事が運ばれてくる。
同時にイヴのお腹が鳴った。
「す、すみません!?」
「構わない。さあ、食べよう」
俺とイヴはすぐに食べ始め、彼女は美味しいと笑顔を見せてくれた。
人間は怖い、だが恨んではないという。
本当にいい子なんだろう。
だが魔力が使えないのはこの世界においてとてもハンデを背負うことになる。
エルフの里にも帰ることもできないだろう。
しかし――変だ。
イヴがゴブリンと対峙したとき、魔力が扱えるぐらい強かった。
「ダークエルフは魔力が使えない分、身体能力が高いんです。特に私は、その力が強いみたいで」
「そうなのか」
それを訪ねてみると、そういうことだった。
なるほど。
だが俺はなぜか笑ってしまう。
「ど、どうしたのですか!? なんか変なこと言いました!?」
「いや、偶然とは思えなくてな。魔術師の家系なのに魔力がゼロだった俺と、エルフなのに魔法が使えないイヴ、なんかおかしいだろ」
「……うふふ、確かにそうかもしれません。でもアディル様は呪詛が使えます。凄いことです」
「ああ。けど、なかなか難しそうな力だ」
森の中でゴブリンや魔狼と対峙したとき、強みと弱みがハッキリとわかった。
俺の『丑の刻参り』はタイマン専用みたいなもので、囲まれるとかなり厳しい。
レベルが上がれば変わるかもしれないが、現状では非常に扱いづらいと言わざるを得ない。
――いや、待てよ。
「イヴは、これからどうするんだ?」
「……私に行く当てなんてありません。エルフの里も知りませんし。そもそも私に居場所なんて……」
「なあイヴ、良かったら俺と……冒険者にならないか?」
「え? 冒険者?」
「ああ、俺はこの帝都で冒険者になって、もっと強くなりたいんだ。いずれは、最上位の『特級』を目指す。そのためには、きっと呪詛のレベルをあげてかなきゃならない」
「『特級』は、何か意味があるのでしょうか?」
「……認められるんだ。周りから、敬意を持ってもらえる。くだらないことかもしれないが、俺は自分の居場所を、自分で勝ち取りたいんだ。たとえその道が、困難だとしても」
俺はずっと考えていた。一人でやるのには限界があると。
だがこんな俺と組んでくれるやつなんていないとわかっていた。
しかし、イヴと一緒ならと思った。
彼女とは自然に呼吸が合う。特に戦うときだ。
俺も今まで訓練をしてきたのだ。
そのくらいわかる。
だが、流石に自分本位すぎるかもしれない。
彼女はせっかく自由になった。
もっと世界を見たいだろうし、命を賭けた戦いなんて――。
するとイヴは涙を流しはじめた。
「ど、どうした!?」
「……嬉しいのです。私は誰からも必要とされていませんでした。あの洞窟で、ずっとずっと苦しかったのです。でもそこにアディル様が現れて、私の身なりを整え、食欲を満たし、更に居場所まで与えてくださる。嬉しくてたまらないのです」
「そんなことない……。俺にはただ、イヴが必要なんだ。きっと俺たちはうまくやっていける。だから、あくまでも対等な相棒だ。俺たち二人で……居場所を勝ちとろう」
イヴの瞳の涙をぬぐうと、彼女は屈託のない笑みを浮かべた。
俺たちならやれる。間違いない。
「――私はアディル様の剣となり盾となります。そして『特級』を目指します。世界には、私と同じダークエルフがいると聞きました。きっと、苦しい思いをしているでしょう。私はその人たちの為にも、自分の為にも居場所を勝ちとります」
その日の食事は、俺の人生で一番質素なものだったが、人生で一番美味しく感じた。
さっそく冒険者ギルドへ行こうと話がまとまったが、その前にイヴの力がどれぐらい強いのかなと気になって腕相撲してみたところ、ボロ負けした。
「もう一回! もう一回だけ! な、イヴ!」
「アディル様、思ってたより子供っぽいですね……」
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