002 魔力ゼロの最凶コンビ

「ゴブゴブッ!」

「――ハァッ」


 俺は、家から持ってきた剣でゴブリンと戦っていた。

 だが魔力の通っていない身体でこん棒を受け止めると、かなりの衝撃だ。

 腕力だけでは抗えないほどの力だとわかる。


 これは人間相手でも同様だろう。

 

 俺には魔力がない。つまり、魔力がある相手と戦いのは非常に困難を極める。


 わかっていたことだが、ここまでとは……。


 しかし――。


「アディル様!」

「ああ――やってみる」


 俺は『丑の刻参り』のスキルを思い出す。

 すると手に、昨日と同じ五寸釘と藁人形が出現した。


 結局、一晩だけ洞窟で過ごした。

 俺も疲れていたらしく、気づいたら眠っていた。目を覚ますと、イヴが森から集めてきてくれた水を飲んだ。

 よくよく考えるかなり危険だっただろう。

 だが、彼女が鎖に繋がれる子ではない優しい子とすぐにわかった。


 俺は魔法には詳しい。

 だがこんな能力は見たことも聞いたこともない。


 俺は、初めてこのスキルを使う。


 魔法はイメージの世界だ。

 炎を頭の中にしっかりと浮かべて、放つ。


 だがこれはそうじゃない。


 使用には、前提条件が必要だ。

 それはイヴから聞いた。彼女は呪詛師を少し知っているらしく、教えてくれた。


「ゴブゴブッ!!」


 ゴブリンがこん棒を右手に思い切り振りかぶってくる。

 だが俺も鍛えてきた。


 たとえ魔力がなくとも、この程度でひるんだりはしない。


 そして攻撃を回避、返しざま、『ゴブリン』の『体毛』を奪い取った。


 第一段階、クリアだ。


「アディル様、それを藁人形の中に!」

「ああ!」


 イヴの声援に近い声を聞きながら、俺は急いで地面に置いた藁人形に体毛をめり込ませ、五君釘を石で――叩きつける。


 これが、第二段階――。


「うおおおおお!」 ――コンコンコンコン!

「グ!? ギギギギ!?」


 俺が釘を打ち付けると同時に、ゴブリンは痛みからか胸を抑えた。苦しそうに悲鳴をあげて、膝をつきはじめる。


 つ、強いぞ!? たとえゴブリンだとしても、条件が揃うだけでこんなにも?


「うおおおお、コンコンコンコン!」


 ゴブリンは立つことすらできない。……けどなんか、ダサくないか?


 もっとこう、必殺魔法みたいだったら良かったんだが。

 それにイヴから見れば凄いシュールだろう。


 俺自身は地面の藁人形に向かって、必死に釘を打ちつけているのだから。


「凄いアディル様、凄いです! かっこいいです!」


 しかしイヴは気にしていないらしく、とてもいい声で応援してくれる。

 伯爵家ギルガルドとして「ああ、飲み物を頼む」と恰好つけていた俺が、今は額に汗を流しながらゴブリンに呪いをかけている。


 ……いや、考えるな。感じろ。――呪え!! 


「これが! 俺の! アディルの呪いだ!」

「グ、グギヤァアア……」

 

 それから何度も打ち付けると、苦しみの中ゴブリンは絶命した。

 驚いたことに、血は流れていなかった。おそらくだが、心臓か何かに直接攻撃を与えたのだろう。

 これは……確かに呪いだ。


 まあちょっと色々と言いたい事はあるが。


「ふう……」


 だが俺は勝利した。

 魔力がなければ魔物に勝つのは難しいいわれているこの世界でだ。


 それも、無傷での勝利。


 これが……呪詛、そして呪力か。

 

 いや、俺の力だ。


『ゴブリンの討伐を確認。レベルアップしました』


 そのとき、脳内に落ち着いた女性の声が聞こえた。

 抑揚のない淡々とした感じだが、綺麗な声だ。


「――イヴ、今のはなんだ?」

「え? どうしましたか?」


 どうやら俺にしか聞こえないらしい。


 すると昨晩のステータスが視界に現れた。

 

 そういえば、歴史的な勇者の冒険談でチラリと書いていたのを見た気がする。


 ――強くなったことがわかる数値だと。


 これが、そうなのか。


 アディル。

 呪詛レベル:Lv1⇒NewLv2。

 体力:B。

 呪力:SSS。

 所持スキル:『丑の刻参り』。

 呪いの装備:五寸釘と藁人形。

 対象の一部を藁人形に封じ込め、五寸釘に打ち込むことで呪いを与える。

 攻撃範囲:半径五メートル⇒New:半径六メートル。

 New:呪いのトンカチ(より強い呪いを的確・・与える)


「――呪いのトンカチ」


 その場でつぶやくと、手にズシリと重いトンカチ・・・・が出現した。

 鉄が先端についていて、釘が打ちやすそうだ。


 今まで俺が知っている魔法は、炎だとか、風だとかわかりやすいものだった。

 だがこれまったくの別物だ。


 これが俺の――呪詛。


「アディル様は、本当に凄い人です。私を助けてくれた翌日に、魔物も倒してくれるなんて」


 イヴが、俺の目を見ながらそう言ってくれた。

 彼女とは知り合って間もないが、凄くいい子だとわかる。


「ありがとうな。だが早く王都へ行こう。医者に診てもらわないと」


 イヴはずっと封印されていた。

 身体に後遺症があるかもしれない。


 封印されていた理由はわからないとのことだった。

 突然人間に追い回され、あの洞窟に……だそうだ。


「その必要ありません。アディル様以外の人間は……信用できないです」


 そう言ったイヴの肩は震えていた。

 昨晩、洞窟内部を調べて見ると不食という呪いがあたり一面にかけられていたことに気づく。

 食べなくてもいい呪いだろうが、そんなの聞いたことがない。


 きっと……餓死しないようにだろう。それでも、お腹は空いていたはず。

 昨晩、水を飲んでいたときも嬉しそうだったからだ。


「だったら、王都で一緒にご飯を食べないか? 俺は腹ペコなんだ」

「……でも、私……何も……」


 そういえばイヴの身なりはボロボロだ。

 だが気にする必要なんて――ああ、そうか。


「金なら気にするな。――ついでに呪詛の知っていることを教えてくれ。これは等価交換だ。それならいいだろう?」

「――はいっ!」


 するとイヴは、太陽のように笑った。

 こんな状況で不謹慎かもしれないが、気分が高揚していた。


 ゴブリンがそこまで強くない事は知っている。だが俺の魔力はゼロなはず。

 なのに戦えることが証明された。


 ……やれる。



 それから俺たちは森の中で何度かゴブリンと遭遇した。

 トンカチでそのまま直接攻撃も出来るのではと思い殴ってみたが、たいしてダメージは与えられなかった。

 つまり、呪いを与えることが俺の攻撃方法なのだろう。


 そして何よりも驚いたことは、イヴが強かったことだ。


「アディル様、今です!」

「ああ! 任せておけ!」 ――コンコンコンコン。


 ゴブリンの中に素早い個体がいたのだが、その時、イヴが剣を貸してほしいと言って、前に出て戦ってくれた。

 

 ダークエルフは魔法の使えないエルフ。


 つまり俺と同じで魔力ゼロのはずだ。

 それでも凄まじい動きだった。

 本来エルフは身体が弱く、力がない。その代わり魔法に特化しているのだが、ダークエルフはもしかすると真逆なのかもしれない。


 戦いながら王都へ向かい、ようやく森を抜けた。


「何とか到着したな。イヴ、大丈夫か?」

「はい! アディル様が守ってくれましたから」

「いや、イヴのおかげだ。俺自身戦うことはできても、隙ができてしまうからな」


 確かに俺の呪詛は強いかもしれないが、一人では難しいこともわかった。

 もしイヴがいなければと思うとゾッとする。


 それに俺のコンコンもかっこいいと言ってくれる。

 

 とはいえ、まずは腹ごしらえだ。


 崖を降りればすぐ王都、胃袋が何か欲しいと叫んでいる。

 そして冒険者の登録を――。


「――アディル様!」

 

 だがそのとき、イヴが叫んだ。

 振り返ると、後ろには魔狼がいた。


 ゴブリンよりも強く、そしてすばやい個体だ。


 イヴは魔物の気配に鋭いらしく、森の中でも彼女のおかげで不意打ちを食らう事はなかった。

 

 俺は息をするかのように、五寸釘と藁人形、そして呪いトンカチを出現させていた。


 昨日までの俺は魔物と戦えるのか、冒険者としてやっていけるのかと不安を抱えていた。だが今は希望で溢れている。


 イヴは何も言わずにすぐに剣を構え、俺の前に立つ。

 彼女はとても頼りになる。


「ガルルルルゥ!」

「――お前、呪われる覚悟はできてんだろうな?」


 お、今のいいな。

 これからの決め台詞はこれにしよう。

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