サヨナラはあっけなく

「来てくれたんだな」

「守屋さん、ここ俺の実家なんで」


 俺たちは今、清瀧寺の庭にいた。

 弥勒義兄の穏やかな声、線香の香が俺たちを優しく包み込む。


未来みらいはお前に会えて良かったな」

「そうでしょうか」

「少なくとも、俺はそう思う」


 守屋刑事は空を見上げ、落ち着いた声でそう言った。その横顔はどことな未来ミクちゃんに似ていた。


神々廻ししべはどうしています?」

「あぁ、精神鑑定中だ。アイツの中には、複数の人格が存在していてな。まぁ、難航してるよ。俺も直接話したが、訳がわからないことばかりだ」

「参考になるかわかりませんが、未来みらいさんがアイツの事、教えてくれました」


 俺は慣れないスーツを正しながら、未来ミクちゃんが見せてくれた思い出をなぞる。


「彼女は日々変わっていく神々廻ししべの異変に気づいていました。おそらく最愛の母が亡くなった時、異常性は最高潮に達したのだと思います。『ユニ』という人格がいつ誕生したかまでは分かりませんが…。そしてそれからというもの、神々廻ししべ 空は必要以上に未来みらいさんに愛を求めた。それを彼女は守屋さん、あなたに相談をしようとしていた様です。きっと近い将来、奴が犯罪を犯すと思っていたのかもしれません」


 守屋刑事は何も言わず、じっと俺を見つめていた。


「そしてあなたは、ずっと彼女を探してたんですね。だから女子大生失踪事件に興味を持った。違いますか?」

「さぁな」


 図星のようだ。

 話はこれで終わり、と言わんばかりに守屋刑事はポケットを弄る。そして何やら取り出した物を俺に見せた。


「これは、アイツが身に付けていた物だ。俺が20歳の誕生日に贈ったんだが、うんともすんとも連絡がなかったから、俺には祝うことも許されてなかったんだな、って思ったもんだ」

「これは?」

「お前が持っておいてくれ。その方がアイツも喜ぶと思う」


 それは、クロスのチャームがついたネックレスだった。そう言えば、未来ミクちゃんの胸元にこれが輝いていたことを思い出し、顔が赤くなるのがわかった。


「守屋さーん、弥勒さんが呼んでます!」


 斗真の声が聞こえた。



『ボクちゃん』


 守屋刑事が去った後、俺は未来ミクちゃんの声を聞いた。幻聴なのかとも思ったけれど、目の前に未来ミクちゃんが現れたのだ。いつもと変わらずニコニコした笑顔だった。


未来ミクちゃん」

『会いたかったかな?』


 俺は何も答えられなかった。未来ミクちゃんに会いたかったに決まってるのに、気の利いた言葉が出てこない。


『う〜ん、最後までボクちゃんは女の子の扱い0点だね』

「いいんだよ。俺はこれで」


 未来ミクちゃんが俺の側までスーッと近づいてきた。


『ありがとう。それを伝えたかったの。ほら、体も見つけてもらったし、そろそろ旅立たないと乗り遅れちゃうからね』

未来ミクちゃん、俺」


 俺、未来ミクちゃんとこれからも一緒にいたい。俺はその言葉を飲み込んだ。伝えるべきじゃないって知っている。残された人は心の中で彼女を想い続ければいい。


『しーーっ。それ以上は言わないで。私も旅立ち辛くなるから』

「あぁ」


 俺はそっと未来ミクちゃんの手に触れる仕草を見せる。今日は彼女に触れることはできなかった。


「お父さんに伝えておきたいことある? 守屋さんもずっと後悔していたみたいだよ」

『うん。知ってる。あの被害者の写真を私たちに見せてくれた時、わかったよ』

「そっか」


 俺は気になっていた事を、思い切って尋ねた。


神々廻ししべのことは、もういいのか?」


 少し驚いた表情を見せた未来ミクちゃんだったが、少し考えた後にこう続けた。


『うん。もう大丈夫。あとは彼自身が自分で考えて回答を出す番だよ。警察に捕まったのであれば、被害者が出ることもないでしょ?』

「そうだな」


 未来ミクちゃんは、空を見上げた。だんだん彼女の輪郭が薄く景色に溶け込んでいくのがわかる。もうすぐ彼女は旅立つのだ。


『あのね、ボクちゃん。ううん、碧海あくあくん』

「えっ?」

『大好きだよ。長生きしてね』


 俺は初めて名前を呼ばれた気がして、びっくりした。俺の名前知らないんじゃないかと思ったくらいだったから、すごく嬉しくなった。


「な、なんだよ。それ」

『ありがとう。斗真くんにもよろしくね。彼を大事にしないとダメだよ。約束」


 なんだなんだ? なぜここに斗真の名前が出るんだ? 俺は消えゆく彼女にツッコミを入れる。


『ふふ、碧海あくあくんはね、私だけじゃない沢山の人を救ってる。そのうちわかるよ。だから元気でね。サヨナラ…』


 そう言うと、彼女は風と共に小さな粒となり消えていった。


「なんだよ。俺に何も言わせないつもりかよ」


 俺は景色が滲んでいくのを自覚し、空を見上げた。もう二度と会えない彼女の事を想い、涙していた。



* * *


「よ、お二人さん」


 俺と斗真が駅に向かって歩いているところ、吹っ切れたように爽やかなダミ声が聞こえた。守屋刑事が新品の喪服姿で後ろから歩いてきたのだ。


「守屋さん、もう弥勒義兄との話は済んだんですか?」

「あぁ〜、お前たちも帰るのか? 碧海あくあはここん家の子だろ?」


 寺ではゆっくり休めないんで、と俺は三度説明をする。


「そうだ、神々廻ししべの件、余罪もありそうなんでちゃんと調べてくださいよ」


 俺は守屋刑事に釘を刺す。学くんの件もうやむやにしてはならない。


「あぁ、わかったよ。また何かわかったら連絡してやる」


 俺たちはいつの間にか並んで歩いていた。


「で、お前たち。これからどうするんだ?」

「まだまだ学生なんで、勉学に勤しみますよ。な、斗真」


 話しかけられた斗真の目がキラキラしている。なんだ? 何か悪いこと考えている目だ。


「俺たち、探偵業を始めようと思うんです」

「俺たち?」


 斗真の勢いが止まらない。


「な、碧海あくあ。未解決事件とか、困っている人を助けるっていうのはどうだ?」

「あのなー」

「おぉーいいじゃないか。仕事なら、どんどん回すぞ」


 俺のことなどお構いなしに、守屋刑事と斗真が意気揚々と会話を進めている。


「いえ、結構です」

「そう言わずに〜」


 俺たちはそんなくだらない話をしながら、並んで歩いた。

 全てが解決したわけじゃない。でも一人の女性を救えたんだって、自信を持って今なら言える。


 俺は空を見上げ、ポケットの中のクロスを握り締めた。






END


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

霊視探偵 碧海 の事件簿 ~女子大生失踪事件!と怪しい彼女~ 桔梗 浬 @hareruya0126

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ