未来ちゃんの想い

 全てが終わった。

 

 あの白骨遺体の身元も判明した。『Hana』のアカウントの未来ミクという名前が独り歩きしていた。

 事件は猟奇殺人と報道され、バーチャルモデルのミクちゃんも日々のワイドショーで紹介されるほどだ。


 俺は病院の中庭でリハビリの時間が来るのを待っていた。いい天気で、病院内の時間はゆっくりと別次元で動いているようだった。


「もう歩いていいんだな」

「あぁ、もう完全復活だ。斗真…いろいろありがとうな」

「はは、それ、何度目だ?」


 俺たちは冷たいレモネードを飲みながら、笑い合った。このやり取りが妙に心地いい。


「聞いていいか?」

「うん?」

「お前と一緒にいた例の幽霊って、神々廻ししべの被害者、あの白骨の娘だったんだろ?」


 斗真の直球の質問に、戸惑いながらも俺は頷く。


「あぁ、お前の言う通りだ。彼女とはあの公園で出会って、ずっと一緒だった」

「まだ側にいるのか?」

「いや…」


 あれから未来ミクちゃんは現れなくなった。闇に取り込まれたはずはないのに。俺の前から消えたんだ。


「彼女の名前がわかったらしい」

「そうか」

「興味ないのか?」


 斗真の問いに、何て答えていいかわからない俺がいた。俺は未来ミクちゃんを今でも探している。


「あるよ。彼女は自分を未来ミクって名乗ってた」

「うん」


 俺を『ボクちゃん』と呼び、いつも可愛らしい瞳で俺を見ていた。陽キャな幽霊なんて初めて見たし、彼女はいつも笑っていた。今どこにいるんだろう。


「彼女の名前は、岩崎 未来みらい。ミクって呼ばれていたらしい」

未来みらい…」

「白骨はスマホを握っていて、そこから色々紐解けたって、如月さんが言ってた」

「そうか」


 それで、未来ミクちゃんは常にスマホをいじっていたわけだ。手向けられたものは触れるって言ってたな。


「それでだな。お前に頼みたいことがある」


 急に目の前に影ができたかと思ったら、聞き覚えのあるダミ声が聞こえた。


「守屋さん」

「元気そうだな」


 いや、まだ痛みますけど、と思いつつ俺は守屋刑事と未来ミクちゃんの関係を理解していた。だからお願いされることも容易に想像ができた。


 未来ミクちゃんの子どもの頃の思い出に、若かりし守屋刑事の姿を見た。未来ミクちゃんが『見たことがある』と言っていたことも頷ける。


「弥勒にも頼んだんだがな、アイツの…娘の納骨をな」


 守屋刑事は頭をポリポリ掻きながら、そう切り出した。


「驚かないんだな」

「はい。未来みらいさんはずっと俺たちと一緒にいました。あの時も…」

「そうか。俺にもお前と同じように見ることができたらな」


 守屋刑事が寂しそうに呟いた。

 そう、未来ミクちゃんは守屋刑事の娘だった。幼き頃両親が離婚。その後神々廻ししべの家に住み込みで働いていた母の元、当時の空と出会った。


 複雑な家庭環境の神々廻ししべ 空は、戸籍も持たず、母親と二人…屋敷に囲われてたらしい。

 そんな空に彼女は同情し、いつしか恋仲になっていった。


未来みらいから、連絡をもらってな。会う約束をしていたんだ。母親のことだと思って、俺はそんなに重要視していなかったんだ。『そのうちな』って、まともに取り合ってやらなかった」

「懺悔ですか?」

「まぁ、そうだな。俺は未来みらいが産まれてからも、ほとんど仕事を理由に家に帰らなかったからな。被害者の写真を見ても気づかない、ダメな父親だ。せめて、供養をしたい」


 真面目な顔で守屋刑事が頭を下げる。


「止めてください。それは弥勒義兄に頼んでください」

「お前にも見送って欲しいんだよ」


 そう言う守屋刑事は、刑事ではなく父親の顔をしていた。「俺たちも同席しようぜ」と斗真も言う。


 俺は頷いた。


 未来みくちゃんに会えることを期待して。


 穏やかな風が、俺の頬に触れた気がした。

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