終わらない物語

時は来た

 ブッ、ブーッ。


 如月刑事のダミー用の携帯が鳴った。『Hana』からのメッセージ通知だ。俺たちは狭い部屋で顔を見合わせた。


「如月、奴からか? 今度はホンモノだろうな」


 守屋刑事の疑いのこもった声が部屋に響く。こんなに狭い部屋なんで、大声出さなくても聞こえるって。俺は抗議の目線を送る。が、当の本人は全く気にしてないようだ。


「前回はかすりもしない、奥手でひ弱なオタクだったろ?」

「そこまで酷くは…、まぁ、いたって普通の男性でしたね」


 如月刑事は過去にDMのあった人物と、実際に会って話をしている。これで何人目だろう。今のところハズレばかりだった。


 それにしても、ウィックを着けて化粧をした如月刑事は、意外と可愛いらしいということがわかった。女は化けるって本当なのだ。


「メッセージは何と? 『UNICORN』ですか?」

「はい。『あの場所で今夜』それだけです」


 如月刑事はスマホのメッセージを開き、キョトンとした顔をしている。


「なんだそりゃ?」

「会いたいってことじゃないですか?」


 斗真も意味がわからない、という顔をして俺をみる。俺だってわからないさ。

 そう言おうとした時、俺は服の袖を引っ張られた様な気がして振り向いた。


 そこに未来ミクちゃんが、不安そうな顔で俺を見つめていた。


『それ…空だと思う。私を探してる』

「なんでそう思うんだ? あの場所って?」


 俺の呟きはうまい具合に斗真や守屋刑事の発した質問に、質問で返すような形になった。


「だって、碧海あくあ。このアプリはそういうモノだろ?」

「あ、ごめん。別にお前の話を否定はしないよ」

「確かに、あの場所ってどこだ?」


 守屋刑事が珍しく考え込んでいる。


「面倒くせぇ、いつもの場所って? って聞いてみれば良いんじゃねぇか?」

『ダメ!』

「そ、それは…」


 さすがに如月刑事も難色を示した。


「もし、これが神々廻ししべだったとしたら、ミクちゃん似の画像に惹かれてコンタクトを取ってきたのだとしたら」

「あの場所って、あの身元のわからない女性との思いでの場所…ですね」

「です!」


 皆の顔に輝きが戻った。が…。


「あの…。盛り上がってるところ悪いんだけどさ、身元もわからない、神々廻ししべに至っては存在すらもわからないっていう二人の思い出の場所をどう辿るのさ」

「……」


 斗真のもっともな発言が皆の士気を下げる。いや、そうなんだけど、俺たちには未来ミクちゃんがいる!

 俺は自身を持って未来ミクちゃんの方を振り向いた。


『う~ん』


 えっ? わからないの? ちょっと、思い出してよ…。


「こっち、こっち」


 俺は未来ミクちゃんをキッチンスペースに招いて、コーヒーを入れ直す。

 守屋刑事たちにはまだ、未来ミクちゃんのことは話していないし、話すつもりもなかった。完全に思い出せない彼女をこれ以上苦しめたくない。


「何か心当たりはないのかい?」

『うーん…』


 未来ミクちゃんのパーカーが血に染まりはじめたその時、斗真が興奮気味に叫んだ。


碧海あくあ、これって公園の噴水だよな」

「「「えっ?」」」


 俺たちはモニターに映し出されている未来ミクちゃんの写真の右端に、微かに噴水の縁の彫刻がある。


「斗真、お前…凄い!」

「いや…」


 照れる斗真を横目に如月刑事が「画像解析を確認します」と言って署に電話をかけていた。


『ボクちゃん、お友だちが言ってることは当たりかも。だって私、ずっとここで誰かを待ってた』

未来ミクちゃん…」


『待ってるね。ボクちゃん』

「えっ? 何?」

『そうお返事してみて。空はきっと来る』


 そう言うと未来ミクちゃんは、スーっと煙のように消えてしまった。


 弥勒義兄の数珠のせいじゃない。未来ミクちゃんは自分の意志で消えた。俺は何故かそう感じていた。


「守屋さん、浅野と話せました。その場所、確かに候補の1つとして上がっているそうです。最終確定はまだの様ですが」

「よし、それだけ分かればやってみる価値はあるな」


 俺たちは皆守屋刑事の言葉に頷いた。


「で、何て返事するんだ? メッセージで奴を必ず引きずり出すぞ」

「そうですね」


 如月刑事がスマホを見つめ真剣に考えている。「待ち合わせ時間どうします? とか?」と言いながら、文字をうっては消してを繰り返している。


「『待ってるね。ボクちゃん』でお願いします」


 皆が俺に注目しているのがわかる。気まずい…。


 きっと、奴は未来ミクちゃんにそう呼ばれていたんだと思う。だから彼女は俺のこともそう呼んでいたんだ。


「ボクちゃん?」

「如月さん、お願いします」

「え、えぇ。分かりました」


 守屋刑事が俺たちのやり取りを、刑事の眼差しで見つめていた。


 今夜、奴は必ず動く。

 奴を止める。俺は、未来ミクちゃんの願いを叶えるんだ。

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