餌に食らいつく

 俺たちは日常を取り戻しつつあった。


 違うところといえば、女子大生失踪事件が連続殺人事件としてニュースになり、大学にもワイドショーのクルーが大勢取材に来ていることくらいだ。

 誰もがこの事件をセンセーショナルに騒ぎ立て、被害者の彼女たちの日常生活を面白おかしく書き立てていた。


 彼女たちのことを知らない輩たちが、「娼婦、殺されて当然」という心無い言葉をネット上に写真と共にばら撒いた。それがあっという間に拡散され尾ひれをつける。

 俺たちの心は否応無しにダメージを喰らい始めていた。


碧海あくあ、実はさ」

「うん?」

「雪乃のアカにさ、同じ奴がしつこくアクセスしてるんだ。この1週間ほどだけど、コメントもなく足跡だけ残してくんだよ。なんかキモくないか?」


 斗真と俺は、講義ルームの一番後ろの席を陣取ってそんな話をしていた。今は心理学の講義中だ。この授業は意外と人気があり、多くの生徒で席が埋まっていた。人気といっても、出席していれば単位が取れるという噂があるからだろうな。


「斗真、どんな奴なんだ? 名前とかプロフィールとかわかるんだろう?」

「あぁ、でもこっちからアクセスするのもさ…。もし犯人だったら、怪しまれるかもしれないだろ? 俺、文章力ないし」

「気になるな」

「だろ?」


 俺は斗真のスマホを覗き込み考える。ミクちゃんファンが食いついたのか、それとも神々廻ししべなのか…。


「守屋さんたちに相談してみよう。斗真、取り合えず『Hana』からログアウトしとこう。念のため」


 雪乃のアカにアクセスしているアカウント名を、俺は如月刑事に送った。


「『UNICORN』って、お伽噺とぎばなしかよ」

「だな。ログアウトしたよ」


 退屈な講義を聞きながら、俺たちは奴を追い詰めるために、やるべき事が見つかった気でいた。

 


* * *


【東京郊外某所】


未来ミク…」


 男は数あるモニターを指でなぞる。そこには未来ミクの様々な角度、表情の画像が写し出されていた。


「ママ…やっと見つけたよ。僕たちの理想の女性ヒト未来ミクは生きていたんだ」

『しっかりしろ、空! 未来ミクはお前が殺したんだろ? だから俺は、お前のために理想のミクを作り上げてきたんじゃないか』

「いや、これは未来ミクだよ。僕にはわかる。今度こそ、逃がさない。僕たちだけのモノに」


 男が暗い部屋に一人、モニターの明かりの中に佇んでぶつぶつ話をしている。モニターの明かりで男の顔はさらに不気味に浮かび上がる。


『俺はこの女に興味はない。惹かれるパーツも持ち合わせていないようだ。俺は他を当たる、好きにしろ』

「ありがとう、ユニ。今度こそ永遠に、美しいままでいられるように、君にも気に入ってもらえるようにやってみるよ」


『今度はどうするんだ? あ、何も言わなくていい。俺は知らないことにするよ。お前の気に入ったパーツがあれば、俺を起こしてくれ』

「あぁ。ユニ、そうするよ」


 男はスナックを片手に満足そうな笑みを浮かべた。



* * *


「ただいま」

『お帰り! ボクちゃん』


 このやり取りにも大分慣れたな、と思う。「お帰り」っていう言葉で疲れや迷いがぶっ飛ぶ気がする。


 未来ミクちゃんは相変わらず定位置でスマホをいじっていた。俺が出掛ける前に用意したレモネードとポテチをエンドレスで食べていたらしい。


 この前「何か食べたいものある?」って聞いてみたら、オムライスをねだられた。でも俺に料理センスがあるわけもなく、ぐちゃぐちゃな卵載せご飯が完成し、それを二人で食べた。未来ミクちゃんは満足していたみたいだから、よしとしよう。


「ねぇ、未来ミクちゃん。例のアカウントに最近アクセスがあるんだ。『UNICORN』っていう奴らしいんだけど」

『ユニコーン?』


 冷たいレモネードを片手に、俺も定位置に座りながら斗真から聞いた情報を共有する。未来ミクちゃんなら、神々廻ししべかどうかわかるかもしれない。奴がよく使うニックネームってこともある。


『ユニ……』


 未来ミクちゃんがトントンと顎を叩きながら考えている。マジ可愛い。


『うーん』

「あ、いいよ。無理に思い出そうとしなくて」


 そうなのだ。未来ミクちゃんに思い出してもらおうとして、俺は後悔をした。未来ミクちゃんは、困ったことや辛いことを抱えると…血だらけになり崩れていく。人間の原型をとどめられず、スライムのようにぐにゃぐにゃ音を立てはじめるのだ。

 今の可愛らしい未来ミクちゃんでいてくれ、と心から願った。その状態の未来ミクちゃんは、手が付けられなくなり、実はかなりめんどくさい。


 拗ねた彼女をなだめるって、こんな感じなのか? 勉強になります…。


『ありがと、ボクちゃん。それとごめんね』

「何が?」

『ううん、何でもないのだ』


 そう言うと未来ミクちゃんは、猫のように俺の横で丸まって小さくなった。最近、疲れるのか姿を見せないこともある。省エネなのか、姿を見せ続けるのも疲れるのかもしれない。


 未来ミクちゃんの寝顔を見ていると、ピンポーンとインターフォンがなった。


「入るぞ」


 ドアの開く音と共に、聞き覚えのあるダミ声が聞こえた。


「守屋さん、どうしたんですか?」

「近くまで来たからな」


 そう言うとズカズカと大きな体の守屋刑事が、部屋に入ってきた。そんな理由だけで顔をだすだろか?


「これから守屋さんに相談に行こうと思ってたんです。何かありましたか?」


 俺はドリップコーヒーの準備をしながら尋ねてみる。これから斗真も来るし、コーヒーは少し多めに作ろう。


 部屋の中にコーヒーの良い香が広がった。


「あぁ、メールは見た。今、その『UNICORN』のアカウントの開示を運営会社に問い合わせようとしている」

「そんな…、奴自身が運営者だったら?」

「だよな」


 淹れたてのコーヒーに口をつけ、疲れきった顔が俺をみる。


「バカでもわかるよな」

「じゃぁ」

「必死に止めたさ。だがな、神々廻ししべ 空という人物は、戸籍上存在しないんだ。それを探すには、正式に情報開示するしかない。という上の考えもわかる」


 どうやら、守屋刑事が興奮して話していたこの秘密の行動が、大声過ぎて警察内部に知れ渡ったということらしい。大の大人が何してくれてるんですか。


 それにしても気になる。


神々廻ししべって珍しい名前ですよね」

「あぁ、日本中探しても数名だな。もちろん全員連絡は取れた。偽名ってこともあるが」


 そうか、捜査は難航してるってことだ。

 未来ミクちゃんが隣で首を振っている。


『空は実在してるよ…』


 すごく寂しそうな顔で彼女は呟いた。


 ピンポーン。


碧海あくあ~」

「お邪魔します」

「あれ? 如月さんも?」


 居場所がなくなったのか? 予期せず如月刑事も大きな荷物を抱え、俺の部屋に現れた。

 斗真と如月刑事、そして守屋刑事と未来ミクちゃん、俺。



 役者が揃った。

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